コード060 狼と胡狼ーsideローガンー
俺はエリオンとの通信を切ると、展開していた電子画面を閉じた。
通信を行っていたのは、会合場所から数ブロック離れた監視ポイントだ。
ジャッカルの監視網の内側で長々と通信するほど間抜けじゃない。長く繋げば足が付く可能性がある。必要最低限の情報は渡した。続ける理由はない。
俺は擬装ホログラムを再起動してから会合場所へ戻り、裏口から店内へ入った。
薄暗い店内には、安酒と薬品の臭いが重たく淀んでいた。スピーカーから流れる古いジャズも、この場ではノイズでしかない。
雑談する声は聞こえる。だが、誰一人として気を緩めてはいなかった。笑っていても、全員が互いの射線に入らない位置を取って警戒している。
それもそうだろう。最奥のボックス席ではジャッカルのボス、カリム・タズナールと、ウルフのボスであるジャグナス・ロークが向かい合っている。
アンダーズを牛耳る獣が二匹もいるのだ。神経を張るなという方が無理な話だ。
俺は自然な足取りで近づきながら、奴らの背後にいる護衛へと視線を向ける。
……ジャッカル側はブラッドギア装着者が六人か。
瞳孔は開き切り、こめかみには赤黒い神経ラインが浮かんでいた。視線は定まらず、指先は痙攣するように震えている。まともな精神状態ではないのは明らかだった。
対するウルフ側は二人。どちらも重装型コンバットギア持ちだ。
数ではなく個々の性能、というわけか。一歩踏み込めば即座に殺せる位置を取っている。
俺は気配を完全に消し、奴等の声が鮮明に聞こえる位置まで近づいた。そして、始まりを待つ。
「よぉ」
先に口を開いたのはジャグナスだった。
「随分と、死に急ぐようになったなぁ」
「ハッ」
ジャグナスの挑発を、カリムは鼻で笑う。
「ノコノコと敵地に現れた奴に言われたかねぇな」
「敵地?」
ジャグナスは酒瓶を掴むと、そのまま喉へ流し込んだ。
「俺の後ろをくっついてた犬が、よく吠えたもんだ」
「今なら噛み殺せるぜ。試してみるか?」
「テメェじゃ無理だな」
空になった瓶が、ジャグナスの指先でカラカラと転がった。その直後、ジャッカル側の護衛達が僅かに身構える。
……殺気に反応したか。
「部下に薬キメさせるなんざ、底が見えてる」
「便利だからな。吠えるだけの馬鹿より扱いやすい」
カリムは背もたれに深く身体を預けながら、酒を煽る。
「てめぇんとこの犬共は、腹減らすと飼い主まで食うだろ」
「だから躾けんだよ」
ジャグナスの口角が僅かに吊り上がるが、目は笑っていない。
「弱ぇ奴は死ぬ。暴れる奴は潰す。そんだけだ」
「相変わらず脳筋だな」
「その脳筋に尻尾振ってたろ」
「そんで腹ぁ食い破った」
空気が変わる。
ジャッカル側の護衛が腰へ手を添え、ウルフ側では重装ギアの駆動音が小さく唸った。
ブラッドギア装着者達の呼吸は荒く、興奮を抑えきれていない。いつ暴れ出してもおかしくはなかった。
逆にウルフ側は冷静だった。引き金に指を掛けるでもなく、確実に殺せる間合いを維持している。
……ウルフの方が明らかに手練れだ。もしここで撃ち合いになれば、分が悪いのはジャッカルだろう。
「忘れたわけじゃねぇだろ?」
「おしめの変え方も分からねぇガキが。偉くなったもんだな」
「ついでにあんよも上手になった。見せてやろうか?」
……ジャグナス、何を考えている。
俺は込み上げる溜め息を押し殺す。
散々目的は時間稼ぎだと伝えたはずだ。なのに五分も経たず殺気を飛ばしあっている。
これだから感情に振り回される連中は見ていられない。
最悪の場合に備えて、この場を強制的に流す準備はしてある。……が、使わずに済むならそれが一番だ。
俺は自身の介入の必要性を測りながら、無音でギアを起動させた。
「……まぁいい。こんな下らねぇ話をしにきたワケじゃねぇ」
けれど、俺が動く前にジャグナスが仕切り直すように口を開く。
「ブラッドギア。どういうつもりだ?」
「……」
カリムは答えない。
スピーカーから流れる古いジャズだけが、やけに耳についた。
「ウルフ区画で好き勝手やってくれたらしいな」
「商売だ。テメェに指図される筋合いはねぇ」
「商売、か」
ジャグナスが肘をつく。
「派手にやってくれたじゃねぇか。俺のシマでオーバースペック体まで出しやがって」
「力を欲しがる馬鹿はどこにでもいる。てめぇの区画なら尚更だと思うが?」
カリムがそう答えると同時に、ジャグナスの目付きが変わる。
「……口が回るようになったな」
「あぁ。俺が勝手に流通させたワケじゃねぇ。てめぇんとこの馬鹿が勝手に買い付けに来ただけだ」
「手口もお利口になったじゃねぇか」
ジャグナスは椅子に深く座り直し、手遊びを止める。
「クロウの事もそうだ。テメェらしくねぇ」
「利益に見合った合理的考えだろ?」
「昔のテメェなら、筋通す前に噛み付いてたろ」
「ボスやってりゃ嫌でも変わる」
「……なるほどな」
そこで初めて、ジャグナスは酒瓶から手を離した。
ゴトッ、と重たい音がテーブルへ響く。
「テメェ、そういうのが死ぬほど嫌いだったろ」
「何が言いてぇ」
「工場地帯で腕飛ばした時もそうだ」
ジャグナスはカリムを真っ直ぐ見ながら続ける。
「……昔のテメェは、ガキ庇って腕飛ばすような馬鹿だったろ」
「……」
「そんで、まともなギア付けりゃもっと上がれるっつったのに、何を引きずってか錆びたスクラップを巻き付けたまま暴れやがって……」
返事がない。
いや、違う。返しが妙に遅い。まるで、一度答えを探してから喋っているみたいだった。
「ウルフの回収屋を名乗る命知らずが、そん時のガキだった時はびっくりしたぜぇ?」
先程までの挑発的な空気とは違い、ジャグナスは獲物の臭いを嗅ぎ当てた獣みたいに、視線だけでカリムを探っていた。
「テメェ……──誰だ?」




