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Axion Gear(アクシオンギア)   作者: てしモシカ
第2章 連結編

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コード059 生体炉心

 レクスを先頭に私達は奥へ進んでいく。


 通路は緩やかに下へ傾斜していた。


 壁一面を走る冷却ライン。その隙間を縫うように、脈打つ神経束が這っている。


 視界に映る制御パネルには肉が埋まり、ドアの表面には生々しい生体組織が広がっていた。施設の中にいるはずなのに、まるで生き物の腹の中へ迷い込んだみたいだ。


 ……生体由来のギアを使用しているのなら、あながち間違いでもないか。


「胸糞悪い」


 私が吐き捨てると、レクスは小さく肩を竦めた。


「ま、気分の良い場所じゃねぇのは間違いないな。趣味の悪いインテリアだ」


 そんな軽口を叩きながらも、レクスの視線は油断なく周囲を走っている。


「……人の気配がしねぇな。警備が緩いにしてもほどがある」


 そう呟きながらレクスは床へしゃがみ込み、冷却液に混じった黒く薄く広がった液体に触れた。


「……血か?」

「違う」


 私も同じように隣にしゃがみ込み、その液体を観察する。


「液状化したナノマシンの残骸だ」


 指先へ付着した黒い液体が、ぬるりと糸を引く。


「本来は自己修復用だ。ギアや神経接続の補助にも使われる」


 けれど、と続けながら私は眉を顰めた。


「こんな壊れ方、普通はしない」


 レクスが指先を軽く振り、黒い液体を払い落とす。


「つまり、まともじゃねぇってことか」

「あぁ。しかも、こんな量が溶け出してるって事は、何かを修復し続けてる」

「……中にいるのが化け物だけなら良いんだけどな」

「…………」


 私はレクスの言葉に何も返せなかった。ただ、悪い予感だけがヒシヒシと肌を刺した。


 冷却ラインを流れる液体音だけが、薄暗い通路に微かに満ちている。


 そんな静寂を破るように、「ヴィク!」と周囲の匂いを嗅いでいたゼヴィが駆け寄ってきた。


「どうした?」

「する! 旨い匂いする! 旨いの来てる!」

「来てる……?」

「っ、ヴィク! 下がれ!」

「がぁっ!」


 レクスの怒鳴り声と同時に、ゼヴィが低い姿勢のまま前へ飛び出す。


 乾いた銃声が通路へ響き、何もない空間から赤黒い液体が飛び散って壁面の神経束を汚した。


「な、なに!?」


 訳も分からずスタンガン銃を構えていると、ジジッという不快なノイズ音と共に空間が歪んだ。その奥から黒い装甲が姿を現す。


 全身を走る赤い発光ライン。そして、レクスの右腕ギアと酷似した構造。


「……随分な挨拶だな」


 感情の乗らない機械音声が、私の鼓膜を刺激する。


「血生臭いのは……趣味じゃないって言ったろ?」

「お前は──っ!?」


 ノイズ混じりの視界が安定し、そこでようやく、私はソイツの姿を認識できた。


「……アックス」

「また会ったな。お嬢さん」


 私は唇を噛み締め、スタンガン銃を構え直す。


 隣でレクスが、小さく舌打ちする音が聞こえた。


 チラリと横を見ると、レクスは真っ直ぐアックスを捉えていた。


「……ヴィク、先行け」


 そして、続いて聞こえた思いがけない言葉に、否定が口から漏れる。


「何言ってっ!?」

「庇いながらじゃ動きづれぇ」


 レクスはアックスから視線を外さないまま、右腕のギアを展開している。


「……」


 反論したかった。けれど、何も言えなかった。


 戦闘において、足手纏いなのは分かっている。だから、ここに残るのは得策じゃない。でも──。


 以前、アックスと対峙した時……レクスの様子は明らかにおかしかった。それを見ていた私に、レクスを一人残して行く選択なんて、できる訳がなかった。


「……相手の出方が分からない。もっと慎重になるべきだ」

「安心しろ」


 なのに、そんな私の考えを見透かしたみたいに、レクスは小さく笑う。


「もう、あんなヘマしねぇよ」

「レクス……」

「それに、俺らの目的は別にあるだろ?」


 そう、レクスに諭されるように言われ、視線を反らす。


「……分かってるよ」


 私たちの目的は……アクシオンギアへ繋がる情報を見つけること。そして、ローガンさんを狙う奴らの尻尾を掴むことだ。


「……作戦は、覚えてるよな?」

「あぁ」


 私の問いにレクスは口元を吊り上げると、右腕のギアの攻撃モジュールを起動させた。


「死ななきゃオーケーだ!」


 レクスがアックスへ切り掛かり、火花が散った。その隙を突き、私はゼヴィと共に通路の奥へ走り出した。


「ゼヴィ!」


 私の呼びかけに反応したゼヴィは、私を持ち上げる。


「連れてけ!」

「分かった」


 そして、ゼヴィは私を抱えたままスピードを上げていく。


 背後で、レクス達の戦闘音が遠ざかっていく。


 振り返りたい衝動を押し殺しながら、私はこの先に待つモノへ意識を向けた。



   ◇ ◇ ◇



 レクスを置いて先へ進むと、すぐに周囲の暗がりが蠢いた。


 脇道や配管の隙間から、私たちの邪魔をするようにヒトだったモノ達が這い出してくる。


 赤黒く変質した肉体。膨張したギア。まともに機能していないはずの脚を引き摺りながら、それでもこちらへ殺到してくる。


「……当然のようにオーバースペック体かよ」


 数があまりにも多い。いちいち相手にしている暇はない。


「ゼヴィ、そのまま進め」


 私はゼヴィに背負われたまま、改造スタンガン銃を前に向ける。


 過負荷モードに変えると、銃身周囲のコイルと配線が発光し、低い唸り音を発生させた。


「これでも、くらえ!」


 引き金に指をかけると、内蔵されていた電極弾が弾き出される。


 着弾と同時に迸った高圧電流が、群がるオーバースペック体をまとめて焼き払った。


「っ!」


 直後、銃身からバチバチと激しい火花が散る。


 握っていた腕に凄まじい反動が走り、痺れるような痛みに思わず顔を顰めた。


「ぐっ……!」


 過負荷に耐えきれなかったのか、露出していた配線の一部が焼き切れ、焦げ臭い匂いが鼻を突く。


 銃身周囲のコイルは赤熱し、冷却ファンが悲鳴みたいな高音を鳴らしていた。


「クソっ、やっぱ一発が限界か……!」


 でも、止まってる暇はない。


「ゼヴィ! 駆け抜けろ!!」

「ヒャハハハハハッ!」


 ゼヴィは迫り来るオーバースペック体の間を、獣みたいな速度で駆け抜けていく。


 感電したオーバースペック体達は痙攣し、焼け焦げた臭いを撒き散らしていた。けれど、全てが止まった訳じゃない。


 炭化しかけた腕が床を掻き、倒れていた個体が不自然な動きで再び身体を起こす。


「……チッ」


 しかも、脇道の奥からは新たな足音まで響き始めていた。


 伸びてきた腕を掻い潜り、膨張した肉塊を壁蹴りで飛び越え、そのまま通路の奥へ突っ込む。


「前!」


 私が叫ぶと同時に、ゼヴィは閉まりかけていた隔壁へ肩から突っ込んだ。


 鈍い衝突音。歪んだ扉が強引に押し開かれる。


 その先で、空間が一気に開けた。


「……なんだ、ここ」


 思わず息を呑む。


 そこは、施設の奥に隠されていた巨大な空間だった。


 天井まで届く無数の冷却ライン。血管のように張り巡らされた神経束。壁一面を覆う赤黒い生体組織。


 そして、その中心。


 巨大な肉塊のようなコアが鎮座していた。


 何十、何百もの脳が縫い付けられ、絡み合い、まるで一つの生き物みたいに脈動している。


 濁った神経液が管を通って流れ込み、コア全体がドクン、ドクンと不気味に脈打っていた。


「……っ」


 生理的嫌悪感に、喉の奥が引き攣る。


「旨そう……」

「ゔっ!」


 涎を垂らすゼヴィを横目に、私は込み上げてきた吐き気を無理やり飲み込んだ。


 ……落ち着け。冷静になれ。この程度で止まるな。


「……下ろせ」


 ゼヴィは従順に膝を折ると、私の足を床へ着かせた。


 私はフラつきそうになる身体を無理やり踏み止めながら、一歩ずつそのコアへ近づいていく。


 とにかく情報だ。情報だけは絶対に持ち帰らないと。


 生体組織に侵食された制御パネルへ触れ、解析を開始する。


 黒ずんだ神経束が脈打つ度に、指先へ震動を返してくる。


 激しい嫌悪感に襲われるが、ここまで来て止まる気はなかった。


 私は表示された認証ロックを解除しながら、更に深部データへアクセスを──。


「ぎゃはっ」

「ヴィク!!」

「!?」


 けれど、パネルを操作していた時、背後で激しい金属音が炸裂した。


 壁面へ何かが叩きつけられ、配管が軋む。


 反射的に振り返ると、そこでは、ゼヴィと荒々しい雰囲気を纏った男が真正面からぶつかり合っていた。


 嫌な金切音を鳴らしながら、鍔迫り合うみたいにギア同士が軋んでいる。


 アイツは……っ!? アックスと一緒にいた傭兵か!?


「前よりいいの着けてんなぁ!? 面白れぇの!!」


 ザイラス!!


「俺様と遊ぼうぜぇ!!」


 ザイラスが笑いながら蹴りを叩き込む。だが、ゼヴィは身体を僅かに滑らせるようにして回避した。


 次の瞬間には床を蹴り砕きながら、真正面から突っ込む。


「ぶち壊す」


 けれど、ザイラスは振り下ろされた拳を愉快そうに受け止める。


「たまんねぇよなぁ……ギアが悲鳴を上げる音……ゾクゾクすんよなぁ!」

「ぶっ壊す!」

「……?」


 ザイラスは心底楽しそうに笑っている。けれど、ゼヴィは違った。


 いつもみたいな無邪気さがない。赤黒い瞳が、獲物だけを真っ直ぐ見据えている。


「……ゼヴィ?」


 激しい戦闘音を聞きながら、私は眉を顰めた。


 いつものゼヴィなら、壊し合いを前にもっと嬉しそうに笑う。さっきまでも、敵を叩き潰してはしゃいでいたし、コアを前にした時なんて飛びつきそうな勢いで涎まで垂らしていた。


 なのに、今のゼヴィから感じるのは、妙に冷えた殺気だけだった。


 ……ふと脳裏を過るのは、以前、ゼヴィがぽつりと漏らした言葉。


 ──『ザイラスはうまそうな匂いがした。壊し合いも楽しかった。でも、楽しくなくなった……なんでだ?』──


 やはり、あの時に何かあったのだろうか。


 ……いや、今は考えるな。


 私は意識を無理やり制御パネルへ戻し、生体組織に侵食された端末へ指を走らせる。


 だが、ロックが硬い。認証を一枚剥がしても、その奥から別の防壁が顔を出す。


「あぁもう!」


 コレだからプログラミングは嫌いなんだ!


 アクシオンギアを使うか? いや、敵が近くにいる。今動けなくなるのはまずい。


 私はツール鞄から、ヤクモ達に作ってもらったハッキング用データチップを引き抜き、そのまま端末へ叩き込んだ。


 直後、視界へ大量の解析ログが流れ込む。これで情報は抜けるはず。


 後は──


「……30分」


 私は施設全体を揺らすような衝撃を背中に感じながら、小さく呟いた。


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