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Axion Gear(アクシオンギア)   作者: てしモシカ
第2章 連結編

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コード058 脈打つ配線

 ──3日後。


 ラッドスパンの空気は今日も煙たかった。


 私はライドくんのエンジンを起動させながら、ガレージのシャッターを見上げる。


 重たい駆動音を立ててシャッターが開いていく。その隙間から、薄汚れた棄却区(アンダーヘル)の景色が覗いた。


 配管から漏れる蒸気。スクラップ油の焦げた匂い。頭上では古い通電線が火花を散らしている。


 ……いつも通りの、汚い景色だ。


「よし……」


 私はゴーグルを下ろし、視界を閉じる。


 犬小屋を調査して見つけた怪しい場所。直接見てはいないけれど、碌な場所じゃない事だけは分かる。でも、そこにアクシオンギアに関わる何かがある。



 今度こそ、掴んでみせる。



「ヴィク」


 私がエンジンの調子を確認していると、後ろから声が聞こえた。振り返るとレクス。


 いつものボロいナノトレンチコートに、左腰には銃。右腕のギアは既に起動状態に入っているのか、低く駆動音を鳴らしていた。その後ろにはゼヴィもいる。


「準備は?」

「終わってる」


 レクスに聞かれ、私は腰の改造スタンガン銃を軽く叩いた。


 EMP手榴弾。予備バッテリー。即席スパイク弾。擬装ホログラム装置。使えそうな物は全部詰め込んだ。


「ゼヴィ」

「壊す」

「よし」


 ついでにゼヴィの調子を聞いていると、レクスは「頼もしいね」と言いながらライドくんの後部座席に跨がった。


「んじゃ、行きますか」

「……あぁ」


 レクスの言葉を合図にアクセルを吹かすと、ライドくんが排熱を撒き散らしながらラッドスパンの通りへ飛び出す。同時に、後ろでシャッターの閉まる音。


 廃液の臭いと排気熱が鼻を刺す。剥き出しの配管群の頭上を、輸送レールが唸りながら走っていた。その横をゼヴィが四足めいた低姿勢で駆け抜けていく。


 火花を散らす配管を蹴り、壁を跳び、こちらへ追いついてはまた前へ出る。そんな見慣れた光景を横目に、私は更に速度を上げた。


 すると、不意に後ろで電子音が鳴る。


「おっ」


 レクスが携帯デバイスを取り出し、空中に電子画面を展開した。


『聞こえるか』


 ノイズ混じりに映し出されたのは、ローガンさんだった。


「朝から怖い顔してどぉした。嫌なことでもあったか?」

『あぁ。貴様を見た』

「愛が重いね」


 軽口を叩きながらも、レクスは真面目な顔をしている。


『情報を共有する』


 ローガンさんの背後では、複数の電子画面とジャッカル区画の立体地図が展開されていた。


『予定通り、ジャグナス・ロークが動いた』

「お行儀よくしてるか?」

『今のところはな』


 ローガンさんは淡々と続ける。


『ジャッカル区画の警戒も上がった。市警(メカドッグ)も、それに合わせて配置を変えている』

「つまり、今が穴ってことか」

『そういうことだ』


 私はアクセルを開き、高架通路へライドくんを滑り込ませる。


 遠くに見える赤紫色のネオン群──ジャッカル区画だ。


『ただし、完全に空になった訳ではない』

「だろうな」


 レクスは肩を竦める。


『特に例の施設周辺は妙だ。ジャッカルの構成員だけじゃない』

市警(うえ)と繋がってるって線は濃厚か……」

『現時点ではな』


 電子画面越しに、ローガンさんの視線がこちらへ向いた。


『ヴィク』

「なんだ」

『今は個人的な感情は捨てろ。不要なミスを招く』

「……」


 私は答えない代わりに、アクセルを少し強く捻る。エンジンから熱が吹き出し、ライドくんが加速した。


「ま、コイツは考えるより手を動かす方が得意だからな」


 レクスがそう言って、軽く私の頭を撫でる。


「運転中」

「はいはい」


 私がゴーグル越しに睨むと、レクスの手はあっさりと離れた。


『……ルートは転送する。急げ』

「了解っと」


 呆れたようなため息とともに、通信が切れる。空中画面がノイズと共に消え、再び夜の風切り音だけが残った。


 私は前方を見据えたまま、ジャッカル区画へ向かって走り続けた。



   ◇ ◇ ◇



 ジャッカル区画へ入ってしばらくは、以前と変わらない光景だった。


 割れたネオンに違法ギアの看板と化学ドラッグの臭い。路地裏では誰かの怒鳴り声と殴り合うような音が聞こえる。けれど、奥へ進むにつれて喧騒は薄れていった。


「……随分静かだな」

「例の場所に近いんだろ」


 客引きの声は遠ざかり、代わりに増えていくのは監視の気配だった。


 頭上を這う太い通信ケーブル。建物同士を繋ぐメンテナンス通路。配管の隙間を走る冷却ライン。壁面には都市インフラ用端末が無数に埋め込まれている。


「……当然のように、市警(メカドッグ)御用達の物まで混ざってるな」


 所々に残るHCPDの文字に顔を顰める。


「アンダーファイブと市警(メカドッグ)がズブズブなのは今に始まったことじゃねぇだろ」

「そうだけど……」

「なんにせよ、目はローガンが潰してる。気にするだけ無駄だ。早いとこ通り抜けようぜ」


 ……レクスの言う事は正しい。気にした所でどうにもならない。


 私はゼヴィへ視線を向け、小さく手を振った。音を立てるなの合図。


 それを見たゼヴィは獣みたいに身を低くし、そのまま音もなく先へ走った。


 



 やがて、高架下の奥に古い監視塔のような建物が見えた。


 看板は剥がれ、外壁には錆びたHCPDの管理番号が残っている。だが、完全に死んだ施設って訳でもなさそうだ。


「あの場所にコアが……」


 壁面の隙間から細いケーブルが何本も伸びている。……犬小屋で見たモノのせいか、それは配線というより、血管みたいに見えた。


「怖気ついたか?」

「まさか。作戦は?」

「死ななきゃオーケー」

「分かりやすくて助かる」


 ゴーグルの倍率を上げて監視塔を観察する。すると、周囲にはフェンスと監視カメラが張り巡らされていた。


 更に正面入口にはジャッカルの構成員と市警(メカドッグ)が混じって立っている。


「格差を超えた仲良しごっこってか」

「だな。盛り上がりすぎて全員目ぇ逝ってるけど」


 瞳孔は開ききり、こめかみを這う配線のような血管が発光している。オーバースペックの症状だ。


「真の平等ってやつだな」

「クソみたいな平等だな」


 私はレクスの軽口を悪態で返しながら視界倍率を戻す。


「正面はあり?」

「自殺の話か?」


 レクスに私の提案をバッサリと切られ、ムッとする。


「見張りの立ち位置が妙だ。ありゃ、真正面から来る馬鹿を待ってる配置だ。俺達みたいなのを何回も相手してんだろ」

「じゃあどうすんだよ」

「監視の死角を通る」


 レクスはフェンス沿いを指差した。


「人間ってのは『見えてる』と思い込むほど雑になる」

「例えば?」


 レクスの視線が、高架下を走る冷却ラインへ向く。


「ああいう施設は熱を逃がす為のメンテ通路がある。警備が固い時ほど、そっちを雑にする奴等が多い」

「なるほど」


 私はレクスの言葉に頷きながら、腰のツールバックに触れる。


「ピッキングなら任せろ。私に開けられない扉はない」

「かっこいー」

「ヴィク」


 話がまとまった直後、ゼヴィに服を引っ張られた。


「……におう」


 眉を顰めながら振り返ると、ゼヴィの赤黒い瞳が監視塔ではなく別の方向を見ていた。


「ゼヴィ?」


 ゼヴィは地面へ鼻先を近づけるようにしながら、高架下の影へ歩いていく。


 後を追うと、そこには太い冷却ラインが何本も伸びていた。


「……こっから、旨そうな匂いがする」


 ゼヴィの視線の先。冷却管の隙間には、黒ずんだケーブルが束になって這っていた。 


「……お手柄だ」


 そう言いながらジャーキーを与えると、ゼヴィは嬉しそうに笑った。


 白い蒸気の奥、配管と配管の隙間に半分ほど埋もれるようにして金属製のメンテナンスハッチが見える。


 レクスは無言のまま周囲を確認すると、私の方を向いた。


「ヴィク」

「うん」


 私はライドくんを隠してからハッチ脇へしゃがみ込み、工具を差し込んだ。固定ボルトを外していくと、小さく音が響いた。


「……よし」


 ロックが外れ、重たい金属音と共にハッチが僅かに浮く。


 すると、内部から油とも血ともつかない臭いと生暖かい空気が漏れ出してきた。


 思わず喉の奥がひきつる。


「手でも繋ぐか?」

「ガキ扱いすんな」

「そりゃ失敬」


 レクスが先に狭いシャフトへ滑り込み、続いて私も中へ身体を入れた。


 最後にゼヴィが獣みたいな動きで音もなく降りてくる。


 狭いシャフトを抜けた先は、想像以上に広かった。


 冷却ラインと通信ケーブルが壁一面を走り、低い駆動音が絶え間なく響いている。


 床には薄く冷却液が流れており、ブーツの裏がぬめる感触がした。


「……最悪」

「同感だ」


 壁面の一部には透明な保護カバーが嵌め込まれていた。その内側を流れているのは、やはり黒ずんだ神経束だ。時折、痙攣するように脈打っている。


 私は立ち止まり、しっかりとその様を視界に納めた。


 両親の技術がどのように扱われているかを、自身の網膜に焼き付けるように。


 ……これが、両親の技術の成れの果てなのだと、自分に言い聞かせるように。


「……行くぞ」


 レクスの促す声に、私は無言で前を向いた。


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