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Axion Gear(アクシオンギア)   作者: てしモシカ
第2章 連結編

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コード057 生きた監視システム

 ゼヴィが旨いのがあると見つめていたのは、都市インフラに接続された監視システムの端末だった。


 犬小屋の用途を考えれば不自然な物ではない。監視映像、巡回記録、周辺の生体反応。それらを集約する端末なら、ここにあって当然だ。


「レクス」

「あぁ」


 私が一歩前に出ると、レクスは後ろで気絶している市警(メカドッグ)に注意を向けつつも、周囲への警戒を強めた。


 私は整備用の手袋をはめ、ツールバッグから工具を取り出す。


 相変わらずプログラム関連は苦手だけど、物理的に開けて中身を見るだけなら話は別だ。


 接続を切らないように外装のロックを外し、端子を一つずつ浮かせていく。


「さぁて、ご開帳……おっ」


 カバーを外した瞬間、内部に走る通信ラインが見えた。


 ……これは、ギア用の神経ケーブルか?


 トップス規格の、それもかなり上等なやつだ。普通の通信線より信号の伝達が速く、ノイズにも強い。都市インフラに使うには贅沢すぎるが理屈としては分からなくもない。


 こんなもんに下手な端末を繋げば一発で逆探知される。だが、こっちには頼りになる情報屋様製のプログラムがある。こいつを使えばささっと必要な分だけ情報が抜き取れるはずだ。


「かなりいい奴使ってんな。まるで本物の──」


 そう言いかけて、指が止まった。


 何百回、何千回とギアをいじってきたからこそ分かる。



 ──これ、ケーブルなんか(・・・・・・・)じゃない。


「っ……!」


 手から外装カバーが滑り落ち、床に硬い音を立てて跳ねた。


「ヴィク!? どうした!」


 レクスが駆け寄ってくる。肩を支えられた感触はあったが、返事ができなかった。


 視線が、端末の内部に釘付けになっていた。


 半透明の保護チューブの中に収められているのは、人工神経ケーブルじゃない。


 細すぎる繊維が何本も束ねられ、湿った膜のようなものに包まれている。ところどころに、焼き潰されたような接続痕があった。


 ギアポートに繋ぐための人工素材じゃない。



 ──人間の神経、そのものだ。



「レクス……これ……」

「罠か?」

「違う……」


 震える指で、私は端末の内側を指した。


「これ、ギアじゃない」

「……は?」


 レクスの声が低くなる。


 私は喉の奥が詰まるのを感じながら、それでも言葉を絞り出した。


「本物だ」


 口にすると、より吐き気が込み上げた。


「脳に繋ぐための神経インターフェース……その生体側を、そのまま使ってる。人工ケーブルじゃない。誰かの頭から抜き取った、本物の神経束だ」

「ヴィク」


 私は端末の奥を見ながら、さらに血の気が引いていくのを感じた。信じたくなくて、震える指先でその束に触れる。


「しかも……一人分じゃない……」

「ヴィク、もういい」


 細い繊維が、いくつも、いくつも絡み合っている。無理やりまとめられているみたいに。


 理論上は、分かる。


 生体神経は、ギアとの同期において最も反応が速い。人工線よりも、信号の揺らぎを細かく拾える。脳に近いインターフェースを使えば、監視映像や生体反応の処理だって異常な精度になる。


 でも……そんなことを実際にやる奴がいるなんて思いたくなかった。だって、生体神経インターフェースを使うには──


「ヴィク。大丈夫だから、落ち着け」


 レクスの左手が私の目を覆う。


 そこでようやく、自分の呼吸が浅くなっていることに気づいた。


「どうすればいい?」

「これを、ポートに……」

「分かった」


 レクスは私の手から接続端末を抜き取ると、端末の空きポートに差し込んだ。


 私は何も言えなかった。


 端末の中で、神経束が微かに脈打っているように見えた。


 流れ始めた解析データを眺めながら、ゼヴィが言っていた言葉を思い出す。


 ゼヴィは旨い匂いがたくさんあると。


 ……じゃあ、コレ(・・)はいくつある?


 犬小屋はここだけじゃない。同じものが他にもあるとしたら。


 それは一体、……何人(・・)だ?


「ヴィク」


 不意に名前を呼ばれ、意識が引き戻される。


「終わったぞ」


 顔を上げると、レクスが端末の画面を軽く叩いた。そこには、私たちが欲しかったデータが表示されている。


 この端末群の情報が集約されているらしい、ジャッカル区画内の施設。この悍ましい物のコアが、そこにある。


「とりあえず、収穫はあったしこれでいいだろ。今日はもう帰ろうぜ?」


 レクスはそう言いながら、軽い調子で画面を閉じる。


「本番は3日後だ。今は考えすぎんな、もたねぇぞ?」


 そして、最後にわざとらしくウインクまでしてみせた。


「……あぁ」


 私は、そのわざとらしい仕草に少しだけ安堵した。



   ◇ ◇ ◇



 便利屋に戻ったが、ご飯を食べる気になれなくて作業部屋に籠った。


 でも、いつもみたいに作業に集中できない。工具を握っては置き、握ってはまた置く。


「っ、あぁ! もう……」


 ……こんなんじゃダメだ。切り替えないと。


 気分転換に外の空気でも吸おうと、廊下に出て屋上へ続く階段を登った。


 屋上へ出ると煙たい風が顔を撫でた。ラッドスパンの空気は今日も最悪だ。これじゃあ気分転換どころか、逆に体を壊しそうだった。


 そんなことを考えながらぼんやり景色を眺めていると、背後から扉の開く音がした。振り返ると、タバコを手にしたレクスの姿。


「おっと、先客か」

「レクス……」


 レクスはタバコを懐にしまうと、そのまま私の隣へ並ぶ。


「吸っていいのに……」

「気分じゃない」


 ……嘘つけ。


「どうした? 話なら聞くぜ?」

「知ってるか? それ最低の常套句だぞ」

「俺が使うと最高になる」


 また、いつもの軽口。


「ま、大方犬小屋の監視システムのことだろ?」

「……」


 レクスはいつもそうだ。


 こうして重くなりかけた空気を、無理やり引き戻してくれる。


「あまり気負うなよ。人間由来のギアなんざ珍しくもねぇだろ。臓器移植を生体ギア化してる奴もいるし、子供欲しさに子宮だけ外部ユニットで残してるケースだってある」


 うん、知ってる。


 人間由来のギアなんて、この街では珍しくもない。それぐらい、ちゃんと知っている。


「だからまぁ……まともな代物じゃねぇのは確かだろうけど、いちいち気にしてたらキリねぇぞ」

「違う」


 でも、違うんだ。今回のはそんな生易しいモノじゃない。


「ねぇ、レクス」


 あぁ、これほど自身の技術を恨んだことはない。


「どうして、アクシオンギアと関わりたくなかったの?」

「……」


 レクスは黙っている。話したくないという事だろう。


 でも、その反応で分かる。



 きっと、レクスも犠牲者(そちら)側だ。


 なのに、どうして……私の隣にいてくれるのだろう。


「今回の事も、アクシオンギアが関わってる……ゼヴィの鼻が、それを証明してる」


 ……どうして、私を責めないんだろう。


「恐らく、アレも……アクシオンギアの技術による物なんだろうね」


 ……どうして、お父さんとお母さんは、あんな物を作ってしまったんだろう。


「……あの端末、生きてるんだよ」

「は?」


 レクスは、何を言ってるんだという様に私を見る。


「生きた脳組織がないと、生体神経インターフェースは使えない」

「! まさか……」

「っ、あぁ……そうだよ」


 喉の奥が焼けるように熱かった。


「あの端末は! 生きた、複数の人間のキメラなんだよ!!」

「!」


 レクスが目を見開く。


「……アクシオンギアって、なんなんだよ」


 なんで、なんでこんなモノを作ったんだと、両親を恨みたくなる。


 自分の頭の中にも、同じものが埋まっていると思うと吐き気がした。


「どうして……」


 なのに、思い浮かぶのは温かい両親の笑顔だった。


 忙しい中でも、二人はちゃんと私との時間を作ってくれた。


「なんで……」


 記憶が戻る前、一人で眠れない夜には、いつも隣にいてくれた。


「おかあさん……」


 ギア以外のことはてんでダメな癖に、私が興味を持ったものには一緒になって夢中になってくれた。


「おとうさん……」


 誰かを救うために、寝る間も惜しんで走り回る背中を見て育った。


「こんなモノっ!!」


 涙が零れそうになるのを、必死に堪える。


「やめるか?」


 でも、不意に聞こえたレクスの言葉に思わず顔を上げた。


「お前の言うことが本当だったとして……コアを破壊したらどうなる?」

「それは……」


 あの端末が生きた人間の集合体なら、そのコアを壊したら、あの人たちは──


「死ぬんだろ?」

「……」


 私が視線を逸らすと、レクスは分かっていたと言わんばかりに小さく笑った。


「おそらく、3日後はソイツを壊すことになる。お前が無理に参加するこたぁねぇ」


 そう言いながら、屋上の柵へ寄りかかる。


「アクシオンギアの情報が欲しいなら、ちゃんと持ち帰ってくる。オリジナルがあるってんなら、俺がケリつけてきてやる」


 レクスはそこで一度言葉を切り、煙たい空を見上げた。


「今なら、まだ引き返せる」

「それはできない」


 私はレクスの提案を即座に断った。


 答えを待つような視線を受けながら、私もレクスと同じように柵へ寄りかかる。


「これは、私がやらなきゃいけない事だ」


 そうだ。これは私がやるべきこと。


 私には誰かを救えるような力なんてないし、救えるとも思っていない。


 ならばせめて……終わらせないといけない。


「私が壊さなきゃいけない」


 ソレを作った人たちの娘である、私の手で。


 それが、私にできる唯一の贖罪だ。


「それに……私の手は、もう汚れてる」


 誓ったはずなのに、人を殺す武器(ギア)を作るようになった。実際に、殺せと指示だってした。


リゼ婆といた時(むかし)みたいに綺麗じゃない」


 だから、このくらい全然平気だ。


「心配しなくても大丈夫」

「状況が違うだろ」


 レクスの低い声が返ってくる。


 横を見ると、レクスは珍しく真剣な表情をしていた。


「今までは、生き残るためだった」

「……」

「だが今回は違ぇだろ」


 その言葉に、胸の奥が僅かに痛んだ。


 本当に、レクスは──


「必要のないもんまで背負うな」

「優しいよね」


 私は柵から体を離し、数歩前へ出る。


「でも、本当に大丈夫だから」


 レクスは優しい。


 いつだって私に寄り添ってくれる。支えてくれる。手を伸ばしてくれる。


 ……私の事を、恨んでいてもおかしくないのに。


 だからせめて、安心させるように笑ってみせた。


 レクスの方こそ、余計な物を背負わなくていいと伝えたくて……。


 ──なのに、なんでかな。


 少しだけ、悲しそうに見えた気がした。




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