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Axion Gear(アクシオンギア)   作者: てしモシカ
第2章 連結編

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コード053 不安な時間ーsideレクスー

「ゼヴィ!!」


 朝っぱらから、一階の方から怒鳴り声が聞こえた。


 ……なんだ?


 欠伸を噛み殺しながらベッドから起き上がり、そのまま部屋を出る。


 あの猟犬、今日は何をやらかしたんだよ。


 そう思いながら階段を下りると、作業部屋の前で膝を抱えて座る猟犬の姿があった。捨てられた犬みたいにしょんぼりと肩を落とし、俯いている。


 状況的には作業部屋から追い出されたようだが、これは放っておいてもいいやつだなと判断した俺は猟犬の前を素通りし、顔でも洗って眠気を飛ばそうと洗面所へ向かった。


 さっと身支度を済ませ、緊急の依頼に備えて武器の手入れでもするかとガレージに入ると、また猟犬が視界に入った。


 ……作業部屋の前にいないと思えば、ここか。


 まだ落ち込んでいるのか、ヴィクがよく使っているソファの前の床に座り込んで、今朝と同じように膝を抱えている。


 別に害はねぇし無視しとけばいいかと、机にボロ布を敷いて銃をバラし、並べたパーツを順番に油で拭き上げた。





 全ての装備の手入れを終えたが、猟犬はまったく動かなかった。ソファの側で、ずっと同じ姿勢のまま微動だにしない。時折ソファの匂いを嗅ぐが、それだけだ。


 いつもなら、そろそろヴィクが来そうなタイミングだが……まだ来ないって事は相当怒らせたな。


 何をやらかしたのかは知らないが、このまま放置しておくとヴィクの機嫌がもっと悪くなるかもしれねぇ。


 深く関わる気はねぇが……面倒になる前にどうにかするか。


 頭をガシガシ掻きながら距離を取って、ソファに腰を下ろす。


 噛まれでもしたら洒落にならねぇと、念の為に引き金に指をかけた。


「おい」


 声を掛けるが、猟犬は反応しない。


「おいって」


 もう一度呼ぶが、膝に顔を埋めたまま動かない。


「はぁ……」


 思わずため息が漏れる。


 ヴィクにしか従わないのは知っていたが、さすがに露骨すぎんだろ。……さて、どうしたもんか。


 コイツが食いつきそうな話題でも探すかと思考を巡らせる。


「……あー、その。なんだ……ヴィクを怒らせたんだろ? ヴィクが怒らないやり方、教えてやるよ」

「!」


 ヴィクという単語を出せば少しは反応するかと思って振ってみたが、想像以上に早い反応に呆れる。


 ホント、分かりやすい野郎だよ。


「が、その前に……お前、ヴィクに何した?」

「舐めた」

「……は?」


 一瞬、何を言ったのか分からず固まったが、一呼吸おいて言葉を選ぶ。


「……あー、と。何で舐めた?」

「ヴィクは旨そうな匂いがする。舐めたら旨いと思った。旨かった。でも怒られた。何でだ?」

「……なるほど」


 おい、こんなのどう言えばいいか分かんねぇよ。赤ちゃんはコウノトリが運んでくるとかそんなレベルじゃねぇよ。


 コイツは頭脳は五歳だが、見た目はヴィクと同じくらいか少し上の青年だ。さすがに舐めるのはアウトだろ。


 だが、そんなんどう教えればいい? ヴィクが整備した影響か、知能も少しずつ成長はしているが、それでもコイツには常識ってもんがない。


「取り敢えず、ヴィクを舐めるのはダメだ」

「何でだ?」

「ヴィクが嫌がるからだ」

「嫌がる……」


 嫌がると言っても理解できないのか、難しそうな顔で悩んでいる。


 ……どう教えたもんかね。


「例えばだ。俺がお前を舐めたら──って、嫌そうな顔すんな! 俺だって絶対ぇ嫌だわ!!」


 猟犬は、お前んな顔出来たのかよってくらい嫌そうな顔をしていた。心なしか少し距離を取られた気がする。


 するわきゃねぇだろ!!


 俺は片手で髪をくしゃりと崩し、またため息をついた。


「つまりだ。ヴィクもお前に舐められたらそう思うんだよ。だから止めろ」

「……ヴィクは……舐められるのが、いや」


 上手く理解させる事ができてよかったと、ソファの背もたれに体重をかける。


 そのまま懐に手を伸ばすが、目的の物が見つからない。


 ……あぁ、ヴィクの前じゃ吸わねぇから持ってねぇんだった。部屋に戻るのもめんど──


「じゃあ、どうしたらヴィクは舐めても怒らない?」

「……」


 そうきたか。


 無性にタバコが吸いたくなってきたが、ここは我慢だと自分を抑える。


 まぁ、そうだよな。コイツは旨いから純粋に舐めたいだけだもんな。その気持ちは分からんでもないが、それがヴィクなのが問題だ。食い物ならまだしも人間はダメだろ。


「ヴィクは旨そうな匂いがする。全身から旨そうな匂いがする。だから全部な──」

「待て待て待て待て」


 おい、ちょっ……これ、どういう意味だ? どんな感情で言ってんだコイツ。待て、お兄さんの処理が追いつかねぇ。


 ……いや、一旦落ち着け。常識で考えるな。冷静に、頭を整理しろ。


 コイツの言う『旨そうな匂い』ってのは、アクシオンギアのことだ。そう、そのはずだ。ヴィクの頭にあるアレだ。……ここまではいい。


 で、コイツは普段からそれに反応して、ヴィクの頭を嗅ぎたがる。……普通にアウトだが、理屈は通ってる。


 でも今、『全身から』って言ったよな……え? どういうことだ?


「……ちなみに、ヴィク以外に舐めたいって思ったことはあるか?」


 コイツはヴィク以外にも『旨そう』みたいな発言はしていた。だから、遠回しにソイツらにも同じことを思ったのか確認したかったんだが……。


「?」


 何言ってんだと言わんばかりに、猟犬は首を傾げる。


 ……おいおいおい。これは、まずい感じか?


 いや、待て。落ち着け、俺。冷静になれ。


 コイツにそういう意図はねぇはずだ。これまでの行動を考えろ。完全に獣だ。……いや、そういう意味じゃなくて、畜生的な方だ。


 人間的な感情は、ない。本当に、単純に旨そうな匂いがするから舐めたい。それだけの理由のはずだ。


 でも、もし。万が一……そういう人間的な感情が混ざってたとしたら?


「…………」


 いやいやいやいや! 気まずい気まずい!


 そもそもコイツはヴィクにとって──!!


「……それはそれでかなり不味いな」


 コイツが下手にヴィクにそういった感情を持ってしまったら……最悪、ヴィクの憎悪が爆発しかねない。


「こりゃ、早々に片付けるべき案件かもしんねぇな……」


 もしこの仮説が当ってんなら、ヴィクに向いたまま放っとくのは危険すぎる。無理やりでも、別に逸らすしかねぇ。






「ヴィク!」

「!? レクス、か。どうした?」


 作業部屋に入ると、ヴィクはきょとんとした顔で俺を見た。


 不機嫌、ではなさそうだな。


 チラリと作業台を見ると、俺には分からない複雑な機器が置いてある。


 ……作業に夢中になってただけか。これなら少しぐらい家を空けてよさそうだ。


「ちょっと依頼に行ってくる」

「また入ったのか? どっち?」

「ローガンだ。今回は猟犬も借りてく」

「! そんなに危険なのか?」


 ヴィクは不安そうに駆け寄ってくる。


「そういう訳じゃねぇよ。少し面倒そうなだけだ」

「それなら、いいけど……」


 俺はヴィクにコートを軽く掴まれ、大丈夫だと伝えるように左手で頭を撫でた。するとヴィクは、ぎゅっと唇を噛んでから顔を上げる。


「夕飯に間に合いそうにないなら、連絡してくれ」

「今日は何かあるのか?」

「……お前のツケの返済が終ったんだよ」


 そう言いながらヴィクは笑う。


「だから、今日はお祝いな」

「……あぁ」


 ……うん。悪ぃ、ヴィク。



   ◇ ◇ ◇



「ほぉら犬っころ! よりどりみどりだ!」

「きゃ〜! レクスぅ。来てくれたのぉ? 超久しぶり〜!!」


 甘えた声で腕に絡みついてくる嬢を軽くあしらいながら、猟犬を前に押しやる。


「え〜! 何この子ぉ。かぁわぁい〜い〜」

「……」


 猟犬の周りにも集まるが猟犬は顰めっ面のままだ。嬢に頬を突かれ、嫌そうに顔を逸らしている。


「……あ〜。悪いな、ソイツ。こういう場所に慣れてねぇんだ」

「何それ〜。初心で可愛い〜」


 さすがプロと言うべきか、かなり態度の悪い猟犬にも怖じけずに対応している。


 ヴァイパー区画の繁華街。昼間でも開いてて値段も安い。しかも美人揃いだ。


 この中なら、あの犬っころが気に入る嬢の一人や二人はいるだろう。


 よくよく考えりゃ、猟犬の周りにいる女はヴィクしかいなかった。他に目を向けるもんがなけりゃ、そういった感情がヴィクに向く可能性もゼロじゃない。


 なら、より綺麗所に身を置かせて矛先を逸らせばいい。


 ローガンにも口裏を合わせるように言っておいた。抜かりはない。後は楽しめば──いやいや、これはあくまでもヴィクのためだ。全然、全く、楽しもうとかそんなん考えてない。


 俺は両隣に花を侍らせ、酒を注がれながら猟犬を観察した。




 ──が、しばらく酒を飲んでいたが、猟犬はずっと不貞腐れた顔をしていた。


 おいおい、せっかく俺がクレジットを払ってやってんだから楽しめよと言いたい所だが、気にいる嬢がいないのなら仕方がねぇ。


 そう自分に言い訳しながら、ここにいねぇなら次だと頭を切り替えた。



 そうして、猟犬が気に入りそうな嬢を探して何軒か回ったが、あの犬っころはまるで反応しなかった。どころか、時間が経つほど機嫌が悪くなっていきやがる。


「……お前ね、少しは楽しめよ」

「フンッ」


 仕方ねぇ、ここが最後だ。


 そう思って入った店でも、猟犬の反応は変わらなかった。


「ねぇ、レクスぅ。今日はアフターしてくれるのぉ?」


 可愛らしく首を傾げながら語りかけてくる── 名前は……なんだったか。顔は見覚えがある。何度か相手してるはずだが……忘れた。


「また、レクスと熱ぅい夜を過ごしたいなぁ」

「あーっと、今日は……」


 さすがに今日は帰らねぇとまずい。そう思って口を開いた瞬間、猟犬が「おい」と声をかけてきた。


 やっと気にいる嬢が見つかったのかと顔を上げると、俺の期待とは裏腹に、猟犬の顔は顰めっ面のままだった。


「本当に、ヴィクはこれで怒らなくなんのか?」

「……ん?」


 一瞬、何を言われたのか分からなかったが、そういえば朝にそんな事を言ったなと思い出す。


「てめぇが言ったんだからな。こうすりゃヴィクが怒らないって」

「いや、それは……」

「えー? 何々ぃ? 何の話?」


 これは良くない流れだと口を挟もうとしたが、嬢に遮られる。


「ヴィクちゃんってだぁれ?」

「ヴィクはヴィクだ。旨そうな匂いがする。舐めると旨い」

「何それ〜! 恋人って事?」

「……コイビト?」


 おいおいおい! 余計な単語を覚えさせんな!


「コイビト、ってなんだ? コイビトは舐めても怒られないのか?」

「ちょいちょいちょいちょいちょーいっ!!」


 俺は嬢と猟犬の間に無理やり割って入り、物理的に会話を終わらせる。


「そんなんじゃ、ねぇから。いや、マジで違うから」

「え〜? なんかレクス必死じゃない? ちょっとジェラシ〜」


 俺の腕に抱きついていた嬢が、わざとらしく頬を膨らませる。


「ヴィクちゃんってそんなに良い女なの? 私よりぃ?」

「いや、全然」


 俺は真顔で否定する。


「──へぇ? それじゃあ、どんな子だ?」

「そりゃぁ……」


 俺はヴィクの姿を思い浮かべながら口を開く。


「年の割には色気ゼロの幼稚体型。ギアオタクですぐ暴走するし、すぐ不機嫌になるし、頑固で変なとこで真面目で面倒なガ──」

「へぇ〜〜〜……?」


 空気が凍った。


 後ろから聞き覚えのあり過ぎる声に冷や汗が流れる。


「どうした? 続けろよ」


 ギギギと錆びついたギアのような音を立てながら振り返ると、冷やかな目で俺を見るヴィクがいた。


「め、……面倒見の良いとっても可愛い女の子かなぁ〜」

「きゃー、うーれーしーいー」


 絶対思ってもねぇ!!


 完全に棒読みで喜ぶヴィクに、冷や汗が止まらない。


 何でヴィクがここにいるんだと視線を彷徨わせると、ヴィクの後ろで、片手をあげて「すまん」とジェスチャーをしているローガンがいた。


 う、裏切りやがったなああああああ!!


「随分と楽しそうだな。約束も忘れるわけだ」

「いやっ、あの……ちがっ」


 俺はチラリと時計を確認すると、思った以上に時間が経っていた。


 げぇ!? やっちまった!!


「ヴィク。これにはな、深い……そう、とんでもなぁく深い理由があって……」

「ゼヴィ」


 ヴィクは俺を視界にすら入れたくないのか、無表情のまま猟犬の方に顔を向ける。


「説明」

「舐めても怒られないって言われた。獲物に連れてかれた。女がいっぱいいた。獲物は楽しそうだった」

「おい待て言い方ぁ!! 違うから! 本当に違うから! お願い信じて! ヴィクちゃあん」


 俺は土下座する勢いで地面に手をついたが、ヴィクの汚物を見るような目は変わらなかった。


 これならスパナで殴られた方がマシなんですけど!?


「……ゼヴィ、帰るぞ」

「帰る!!」

「ちょっ、まっ! 俺も……」

「お前は来なくていい」


 ヴィクに手を伸ばすが、ピシャリと振り払われる。


「邪魔して悪かったな。ツケもないんだ。好きにすれば?」


 ──いや、だから!!


「違ぇって言ってんだろおおおお!!」


 そう叫ぶも虚しく、ヴィクは一度も振り返ることなく去っていった。




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