コード049 見えない介入ーsideレクスー
「……こういう時は頼もしいな」
俺はジャグナスの巨体が横に流れる姿を見ながら、猟犬の動きも追う。
速ぇ……が、見えないわけじゃねぇ。
「ハッ、いいねぇ……!」
ジャグナスは蹴り飛ばされながらも、楽しそうに拳の矛先を猟犬に変えた。
猟犬とジャグナスは、笑い合いながらお互いを殴り合っている。
……コイツ等、ほんとイカれてんな。
二人の様子にうんざりしながらも、猟犬を一瞥する。
猟犬は戦闘においては優秀だ。スピードも、パワーも並みのギアとは桁違い。それを処理できる脳のスペックも、元々の戦闘センスもいい。
だが、経験が浅いせいか単調な攻撃が多い。慣れてしまえばどうとでもない。現に、接戦しているようにみえてジャグナスに踊らされている。
俺は戦況を見極めながら、深く息を吐いて自身を落ち着かせた。
今はヴィクがいる。さっきまでのみっともねぇ姿を晒す訳にはいかねぇ。
俺はジャグナスと猟犬の攻防を観察してタイミングを見計らう。
──行くなら今だな。
ジャグナスと猟犬の間に踏み込み、間合いに入る。右腕の駆動を一段上げると、軋むような反応音が骨に伝わった。
ジャグナスの懐に潜り込み、顎を狙って打ち上げる。
「軽いなぁ! 便利屋ぁ!!」
マジでかってぇな! おい!
勢いのまま右腕の攻撃モジュールから射出ユニットを展開させたが、そのまま掴まれそうになる。
クソッ! 至近距離でぶち込もうと思ってたのに!
反射的にギアを逆転させ、負荷を逃がす。掴まれる前に腕を引き剥がして、距離を取った。そして、牽制するように弾丸を打ち込む。
「嫌になるね、ホント」
まるで、都市の防壁にでも攻撃してる気分だ。
「ちったぁ喰らえっての……」
「どうしたぁ! テメェ等の攻撃はそんなもんかよぉ!!」
……今のところ、まともに通る攻撃ができんのは猟犬しかいねぇ。上手いとこ使いたいもんだが、下手すりゃ俺もアイツの攻撃に巻き込まれちまう。
使うにしても、なるべくヴィクを遠くにやらねぇと。
そう思いながら、ヴィクの方へ視線を持っていく。
「……?」
すると、何かが引っ掛かかった。
……なんだ? この、変な感覚は。
周囲を見渡しても、不自然な物はない。猟犬も相変わらず本能のままジャグナスを攻撃している。俺も距離を取りつつ攻撃しているが、その動きにおかしな点はなかった。
なのに、何故かヴィクを見ると妙な違和感を感じる。
なんだ? 俺は何を見落としている?
罠らしき物はないし、怪しい気配もない。ヴィクだってずっとあそこで──
「! まさかっ……」
そうか。ヴィクが、最初の位置から全く動いていない。
激しい戦闘で瓦礫や銃弾が飛び交っている。俺はヴィクに当たらないよう計算しているが、奴等がそこまで気を配る訳がない。そうなれば、いつ巻き込まれてもおかしくないのに、ずっと同じ場所で戦いを見ている。
それを認識してから、猟犬の動きをもう一度よく見て確信した。
……これは、偶然なんかじゃねぇ。
アイツ、ヴィクに向かう軌道の攻撃だけは、無理やり身体で止めてやがる。
それを示すように、叩きつけられた瓦礫も、弾かれた衝撃も全部ヴィクとは逆方向へ流れていた。
「ヒャハッ!」
猟犬が踏み込み、床が割れる。音が遅れて追いかける。
ジャグナスの肩口が抉れていた。猟犬の腹部の装甲も割れている。
「いいねぇ! いい! 最高だ!」
「ヒャハハハハハッ!!」
ジャグナスも猟犬も笑っていた。お互いに傷を気にする様子もない。ギアの体とはいえ神経はある。なのに、むしろ歓喜している。
「おいおい、マジかよ……」
パッと見じゃ分からない。けれど、暴れるだけだった猟犬が、確実に変わり始めていた。
これが、ヴィクにとって吉と出るか凶と出るか……先は読めない。けれど……。
「これなら、やれる」
猟犬の動きに合わせ、同時に踏み込む。
左右から圧をかけることで、ジャグナスの視線が揺れた。
その隙を狙い、猟犬が喉元に噛み付くように腕を振り抜く。猟犬の攻撃は避けられたが問題はない。
俺は奴の死角へ回り込み、右腕のギアから展開したブレードを高出力モードに変える。
──もらった。
「今のは効いたぜぇ!!」
ジャグナスの肘が猟犬の側頭部に叩き込まれ、猟犬が吹き飛んだ。
俺のブレードもジャグナスの腹部を貫いたが、奴は構わず体の回転を利用して俺を蹴飛ばした。
俺は攻撃を逃がすように力が加わった方に合わせて飛ぶ。壁に両足をつけて着地をしながら下を見ると、ジャグナスは地面に着く前に体勢を戻し、着地と同時に再加速して俺の方に向かってきた。
……マジもんの化物だな。
「もっと合わせて来いよぉ! 死ぬ気でなぁ!!」
チッ……今ので決めたかったんだが。
左目のギアから、限界を表す警告が出たが無視した。
今ここで引いても、状況はさらに悪くなる。なら、ウルフの区画らしく、ウルフのやり方で決着をつけるしかない。
「……泥試合になりそうだ」
覚悟を決めて、壁を蹴る。
「ちょおっと待ったあああああああ!!」
「!」
そうしてジャグナスを迎え撃とうとした瞬間、視界が白く滲み、輪郭が揺らんだ。
新手か?
咄嗟にジャミングを起動させるが、効果はない。
……擬装ホログラムによる視界ジャックか。
ジャグナスはこういった小細工を嫌う。だから奴じゃないのは明白だ。
ジャグナスも視界ジャックされているのか、踏み込んでは来ないようだった。猟犬も……動いてはいるが、攻撃をする気配はないみたいだ。
「おい! もうやめろ!! これ以上やったら洒落になんねぇんだよ!」
この声、依頼主か。
なるほどな。三人まとめて止めるには合理的だ。
数秒遅れて、視界を埋めていた偽装映像が剥がれるように消えていく。
視界が晴れた先で、息を切らしたカムイがこちらを睨んでいた。その後ろには、小さな女の子の姿。
「……あ?」
ジャグナスが眉をひそめ、俺も不審そうに場違いな子供を見ていると、カムイが突然その子供の襟首を引っ掴んで怒鳴り散らした。
「こんのクソ親父!! てめぇが余計なことしなけりゃこんな大事になってねぇんだよ!!」
……は? 親父?
俺が固まったのと同じように、ジャグナスも流石に面食らった顔をしていた。
「のじゃあああああ!? ちょ、ちょっと待つのじゃ! わしはほんの少ぉし気になって触っただけでのう!」
「その少しで区画ひっくり返ってんだろうが!!」
カムイは本気でキレていて、嘘ではなさそうだった。
……コイツが元凶か。
「テメェかぁ? ウチの地下ネット引っ掻き回した馬鹿は」
ジャグナスが不愉快そうに聞く。
女の子──いや、親父と呼ばれたソレは、カムイに襟を掴まれたままふんぞり返るように胸を張った。
「む。誤解じゃ。わしはただ、データを消してくれと依頼されただけじゃ。ここのネットに悪影響を及ぼすからとな。ただ……ちょおっと興味深いデータだったからのう。ほんの少し触って──」
「ややこしくなるから喋んな!!」
「のじゃぁ!」
カムイは怒鳴りながら、親父さんを思い切り殴った。
「暴力反対じゃあ!」
「今ここで縊られたくなきゃ黙ってろ!」
カムイは自身の頭をぐしゃりと撫でながら、内部投影型インターフェースを展開する。
「兎に角、これを見てほしい」
空中に幾つものウィンドウが開き、コードとログが重なり合う。その中の一つを引き寄せ、強制的に共有するようにこちらへ投げた。
「……これが、今回の発端だ」
表示されたのは、地下ネットのアクセス履歴だろうか? けれど、見ただけでは何がどうおかしいのか分からない。
そんな俺達の様子を見かねてか、カムイが指を払い、ログが再構成させた。
複雑に絡み合っていたデータが整理され、層ごとに分離された。書き換えられた箇所には明確な印が浮かび上がる。
「……これで分かるだろ」
異常な書き換え痕。何層にも重なった侵入経路。途中で意図的に消された痕跡。
素人でも、一目でおかしいと分かった。
「親父が触ったのはここだ。そして、元々仕込まれてたのはこっち」
カムイがウィンドウの一部を拡大する。
そこには、明らかに人為的なコードの塊が埋め込まれていた。
「……見りゃ分かるだろ。これ、ウルフのシステムじゃない。外から仕込まれてる。しかも、ごく最近な」
カムイは舌打ちしながら続ける。
「親父はそれに気付いて、ついでに最適化とか言って余計なことしただけだ。……結果的に、全部表に出た」
空中のログが書き換わる。崩壊した制御ライン。暴走した戦術AI。ドローンの挙動ログ等が表示される。
「放っておけば、もっとデカい形で破裂してた。逆に言えば、親父が触ったからこの程度で済んだんだ」
カムイが顔を上げると、ジャグナスは不満そうにしながらも、さっきまでみたいな殺気を少しだけ引っ込めていた。
「これ以上は、アンタ等側からの区画間の問題になる。分かったなら手を引いてくれ」
「チッ……せっかく面白くなってきたところだったのによぉ」
俺はジャグナスの殺気が落ち着いたのを確認してから、右腕の出力を落とした。
そして、猟犬も今は暴れてくれるなよと視線を向ける。すると、何もない空間に向かって噛みついたり、同じ場所に何度も食らいついては転げ回っていた。
それをヴィクに怒られ、猟犬はしゅんと肩を落として大人しくなる。
……猟犬はそのままか。いい判断だ。
「テメェらに依頼したのは誰だ?」
「……表向きはウルフからだ」
「へぇ?」
ジャグナスが面白そうに笑った。
……あぁ、そういうこと。
つまり、コイツらも嵌められた訳か。
「流石に怪しいから依頼経路をハックした。それで出てきたのがこのマークだ」
カムイが表示しているウィンドウの一つに、ロゴらしきものが現れる。
「三日月、か? いや……これは」
滑らかなはずの曲線が、微細に歪んでいる。拡大すると、縁がノイズみたいに揺れていた。
「出現時間は0.1秒以下。識別タグに近い。このウイルスが今回の元凶。そして、それを仕組んだ奴がいる」
カムイがさらに解像度を上げると、内部に淡い粒子が浮かび上がる。
コウモリの羽……? まさか──。
「テメェらの言い分は分かった。で? それでテメェらは無関係だって言い張るつもりか?」
ジャグナスは肩を鳴らしながら、ゆっくりとカムイを見下ろす。
「ここを荒らしたのは誰だ? テメェらだろうが」
……この流れは不味いな。
「俺の区画のネットに侵入して、システムを引っ掻き回して、ドローンも戦術AIも全部おかしくしやがった。外から何か仕込まれてたとしてもな……」
ジャグナスは目を細めながら、一歩近づく。
「実際にそれを暴いたのも、引き金引いたのも、全部テメェらだ。それが『たまたま』か、『誘導された結果』かなんざ知るか」
空中に浮かぶログへ顎をしゃくり、鼻で笑った。
「結果だけ見りゃ、テメェらが荒らした。それが全てだ」
「それは違っ──」
「待て」
カムイが言葉を遮るように入り、そのままジャグナスを見る。
「俺が証拠を持ってる」
「……テメェが?」
ジャグナスの目が、値踏みするような視線に変わった。
「信用ならねぇな」
「前にスクラップバザールでやり合った時だ。覚えてるだろ? その時に同じものを見た」
ジャグナスの視線がわずかに動く。
「あん時、ヴァイパーの幹部から依頼を受けていた。外飼いの蛇を追ってたんだよ。ソイツが持ってたデータに入っていた」
「……」
「因みに、ソイツはウルフの回収屋を名乗っていたんだが……」
俺は依頼の時、ローガンから渡された写真をジャグナスに向かって投げる。
「見覚えは?」
「……嘗められたもんだな」
ジャグナスは写真を一瞥し、ぐしゃりと握り潰した。
「必要ならその幹部様を紹介するが……どうする?」




