コード046 仕組まれた歓迎ーsideレクスー
「お、おい! アンタ! あの裸身大丈夫なのかよ!?」
後ろを振り返りながらカムイが声を荒げるが、俺はチラリと視線を向けただけで、すぐに前に戻した。
「従順な番犬がいるからな。心配いらねぇよ」
猟犬の戦闘能力の高さは、戦った俺が一番よく理解している。ウルフやジャッカルみたいな場所なら、大抵のことはアイツ一匹で片がつく。
「番犬って……あの、ネジがぶっ飛んでそうなのが? つぅか、オーバースペックしてないのかよ。あれで」
「さぁな。壊れる前に終わるだろ……おっと」
危ねぇな。上からギアが大量に降ってきやがった……ヴィクの仕業だな。
降り注ぐスクラップを縫うようにハンドルを切り、地下ネットワーク施設の入り口を左目のギアで捉える。
「舌、噛むなよ」
「は?」
右腕のギアを前方に向け、数発叩き込む。金属が歪み、扉にヒビが走った。そのままスロットルを開け切り、入り口へ突っ込む。
「うわっ!」
扉が弾けた。直後、背後で爆炎が上がる。
……アイツ、派手にやってんなぁ。
小さく息を吐きつつ、そのままバイクで坂を滑り降りていった。
しばらく走ったところで、バイクを止める。
「降りてくれ。こっからは徒歩だ」
カムイが降りたのを確認して、俺はハンドルに手をかけた。
盗難防止……って言っても、俺は詳しくねぇんだよな。
ヴィクがどこを弄ってたか思い出しながら、適当に触ってみるが──
「何やってんだ」
呆れた声が飛んできた。
顔を上げると、カムイが片手を軽く払う。すると、空中に淡く光るキーボードが展開された。
指先を滑らせるようにカムイが何かを素早く打ち込むと、目の前のバイクがすっと輪郭を失い、空気に溶けた。
「偽装ホログラムだ。これでバレないだろ」
「ヒュー。さすがコブラ。いい腕してるね」
「そんな旧世代的な処置してる方が驚きだ」
即座に毒が返ってきて、肩をすくめる。
「それで、依頼主様。足に自信は?」
「あると思うか?」
「正直でいいね」
さて、どう突破するか……と考えたところで、カムイが少し先で足を止め、その場にしゃがみ込んだ。
再びキーボードが展開され、今度は電子画面も空中に浮かぶ。
「……何してんだ?」
「余計な揉め事はごめんだからな」
イラついたまま指を走らせること数秒。
「……チッ」
短く舌打ちして、立ち上がった。
「どうした?」
「中央に直で入ろうとしたら、親父のシステムに弾かれた」
「突破は?」
「無理。だから最短ルートの警備だけ落とした。何もなけりゃ、そのまま行ける」
「頼もしいね」
軽口を返しながら、一歩踏み出す。そのままカムイの案内の元、目的地に向かって歩き出した。
そうして歩くこと数分。俺たちの足音しか響かない空間に違和感を覚える。
……妙だな。外はあれだけ騒がしいってのに、こっちは静かすぎる。
外の騒動が起きてから結構な時間が経っている。
奴らも馬鹿じゃない。独自のネットワークがおかしいなら、絶対にこの地下施設に人を送るはずだ。それなのに、ウルフの連中が一人もいないのはおかしい。
俺は歩幅をわずかに落とした。
「どうした?」
前を行くカムイが振り返る。
「……いや」
視線を横に流す。通路の壁。配線。監視用のレンズ。
……全部、生きてるな。落ちてるはずの警備も、まだ息してやがる。
「全部、落としたんじゃなかったのか?」
「最短ルートだけって言っただろ。弄りすぎてバレたら意味ないだろ」
カムイは苛立ったように吐き捨てながら、数歩進む。けれど、曲がり角を抜けた先で足を止めた。
「……ちょっと待て」
「なんだ?」
「おかしい」
短い言葉だった。
だが、さっきまでの苛立ちとは違い、明らかに焦りの色が滲んでいた。
カムイは再びキーボードを展開させる。指先を滑らせ、先ほどよりも速度が一段と上がっていた。
「……ルートが違う」
「は?」
「ありえない……ここは分岐なんて──」
空中の画面に赤いラインが現れると同時に、言葉を止めた。
「書き換えられてる」
……そういうことね。
「なるほどな」
「なにがだよ」
「歓迎されてるってわけだ」
通路の奥でかすかな駆動音が鳴った。
……嫌な気配だ。
空気がわずかに重くなる。
「二度目はないって言ったはずだぜぇ?」
聞き覚えのある耳にまとわりつくような響き。俺は反射でカムイの服を掴み、後方へ引き寄せた。
「……下がってろ」
低く言い捨て、視線を前に固定する。
足音が近づいてくる。ゆっくりと、わざと聞かせるような歩き方だった。
「……おいおい。よりにもよってお前かよ」
一筋だけ伝う汗。暗がりの奥から、その正体が人工的な光に照らされた。
「そうだろ? 便利屋ぁ」
ジャグナス・ローク。
この区画の首領が、俺たちを待ち構えていた。
「……っ!」
考えるより早く、左手がホルスターに伸びていた。同時に、ジャグナスの拳が目の前に迫る。
「チッ!」
半歩だけ体をずらし、拳をいなす。頬を掠めたが、そのまま踏み込み、銃口を頭へ突きつけた。
乾いた音が響く。
「ハッ!」
ジャグナスは笑いながらのけぞり、弾丸が空を裂いた。
外したか。
次の瞬間、視界が跳ねた。振り上げられた足が迫る。
咄嗟に腕を上げると、重い衝撃が骨の奥まで響いた。
そのまま後ろへ滑るように距離を取る。靴底が床を擦り、そこで止まった。
視線を上げ、いつでも攻撃できる態勢に構える。
「……相変わらず、無茶苦茶な野郎だな」
「テメェもなぁ、便利屋ぁ」
ジャグナスは肩を回しながら笑う。まるで準備運動でもしてるみたいに。
「それで、何しに来た? ウルフの上級戦闘員になりにきたってのなら歓迎してやるが……」
ビリビリと肌に伝わる圧迫感。
「そうじゃねぇんだろ?」
ここで答えをミスれば終わりだ。俺はともかく、カムイが死ぬ。
「敵対するつもりはない」
「判断するのは俺だ」
短く切り返され、俺はカムイに視線を送った。
「……依頼主は俺だ」
カムイが口を開く。掠れた声だった。
「親父を止めに来た。放っておけば、アンタらの方が被害を被る」
「……ほう」
ジャグナスの目が細くなる。
「テメェの身内が荒らしてるってわけか。で、責任はどう取る」
「知らないね」
カムイは、ジャグナスから視線を逸らさずに答える。
「親父の責任は親父に取らせる。俺はただ、区画間で余計な摩擦を生ませないためにきた。それだけだ」
ほんの一瞬、空気が止まった。
「……面白ぇ」
ジャグナスが低く笑う。けれど、すぐに表情が変わった。
「が、ダメだ。腹の虫が収まらねぇ」
だろうな。コイツがそう易々と引くわけがねぇ。何かしらの条件をつけてくるのは想定内だ。
「テメェの事情なんざ関係ねぇ。荒らされ損で帰すわけにはいかねぇな」
ゆっくりと視線がこちらに向いた。
……俺か。
面倒じゃなきゃいいがな。適当な依頼なら難なく終わらせ──
「代わりを置いていけ」
「……あ?」
「テメェんとこの……ヴィクっつったか?」
ブチリ、と何かが切れる音がした。銃を握る手に力が籠る。
「いい女だよなぁ……知識、技術、技能。テメェんとこで使いつぶすにゃ惜しいブツだと思わねぇか?」
「……面白くねぇ冗談だ」
気づけば銃口は上がっていた。
「アイツは『モノ』じゃねぇ」
依頼も、立場も……全部どうでもいい。
「お、おい!」
「へぇ?」
……あぁ、ヴィクがここにいなくてよかった。
「随分と腑抜けた野郎になっちまったと思ってたが……」
アイツにはこんな面──
「まだ、そういう目ができたんだな」
見せられねぇからな。
「交渉は決裂か」
心底嬉しそうに嗤う奴に向かって、躊躇なく引き金を引いた。




