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雇用と土下座。 その7

 目が覚めたミッツの目に飛び込んできたのは、腕を組んだ姫と、申し訳なさそうに小さくなっているマリル。

 頭はぼうっとしていたが、状況は説明されなくともミッツはなんとなく察していた。

 

 ミッツは落ち着いて、ひとつ(まばた)きすると深く息を吸い込んだ。

 軽く拳を握ってみて、体が動くことを確認する。

 そうであれば何も問題は無い。


 ミッツは直ぐに行動に移った。

 口元を歪ませ左頬を引きつらせながら、思い切り申し訳なさを滲ませた目を、縋るようにマリルに向ける。

 それで終わりでは無い。そのまま、流れるようにやや腰を引きながら、一気に後ろに数歩下がる。

 そして、両膝を固い地面に打ち付けるように落とす。グリーブが膝まで保護するタイプだったため、大きな音が響き渡った。

 マリルと姫はギョッとしたが、ミッツは止まらない。

 ささっと、右手、左手と順番に床に着ける。この時、両手は美しいカタカナのハの字を描き出す。

 マリルはキョトンとした顔でそれを見ている。

 因みにここまで約3秒間、ミッツは一切マリルから視線を切らない匠の業。

 一呼吸置いて、床に触れるギリギリまで、がばっと勢いよく頭を下げる。

 その余りの勢いは、頭髪を乱す。

 一見荒々しき動作だが、真横に張った肘も、頭から尻までの姿勢も、ぴっしりと一直線に保つ繊細で精密な所作。


「申し訳ない!」


 究極奥義、土下座。

 敢えて屈辱的な姿を見せ付けることにより、相手に許してやらないとという慈悲の心を強制的に引き出すアグレッシブな謝罪。

 ミッツは大きな勘違いをしていた。

 姫が怒るのも仕方がない。

 土下座は、しでかした事の大きさに合わせて頭を下げる時間が変わる。

 なのでミッツは、かなり長い時間この姿勢を貫くつもりだった。


「あ、あの先輩、頭をあげてください」


 沈黙とミッツの異様な格好に耐えきれなくなったか、マリルが謝罪を受け入れる言葉を吐き出す。

 だが、直ぐに頭を上げてしまうと土下座の重みが薄れてしまう。

 なのでミッツ、これを華麗にスルー。


「本当に、頭を上げてください」


 続けざまの2回目。だが断る。

 ミッツは静かに頭を振る。


「私、割とよく間違えられるんで気にしてませんから。そりゃあ少しショックでしたけど」

「本当に……申し訳ない」


 腹よりも更に下から絞り出すような声で、謝罪の倍プッシュ。

 それだけでなく、ぐりぐりと額を地面に押し付ける怒涛のコンボ。


「ね、先輩。もう頭を上げてくださいよ。お願いします」


 マリルが俺の肩を持ち上げようとした。

 それに併せてミッツは力なく立ち上がり、真っ直ぐになろうとしたところで蹌踉めく。

 この時も目に反省の色を浮かべ、マリルへの縋る目つきは忘れていない。


 現状、自分の方が有利に事を進んでいると、ミッツはマリルの表情から確信。


「先輩の気持ち伝わりました。ほら、大丈夫ですか? 膝とかおでこに砂がついてますよ」


 マリルは手を伸ばし、ミッツの額の砂を払う。

 続いて、跪き膝も払った。


「ありがとう。本当にすまない」


 もう土下座は成功しているも同然だが、油断は禁物。

 ここで気を抜いてしまうと、大げさな演出をした謝罪だったとバレかねない。

 ミッツは一切の油断なく、唇を噛み締め視線をマリルから逸らす。


「やっぱり髪型の所為なんですかね。戦闘の邪魔になるので短く揃えているんですが」


 髪型も勘違いした原因ではあるのだが、鎧が完膚無きまでの男物。それが、ミッツにマリルを男だと信じさせていた最大の要因。

 他の女性冒険者の鎧の胸部は、おっぱいが入るスペースのあるデザインだった。マリルのように完全に真っ平らな鎧の中におっぱいが入っているなんて、誰も予想できない。

 いや、寧ろ何も入っていない、一切の膨らみもない大地だというのか……。


「先輩どこ見ているんですか? もしかして、胸ですか? 胸がないから女だって気付かなかったというのですか?」


 鋭い。全くもってその通り。

 ミッツは一瞬ちらりと視線をやっただけだが、マリルは間髪入れず問いただす。

 女性は胸への視線を敏感に感じるというのをミッツも聞いたことがあったが、それを証明するかのような感度。

 だけれども、そんな事実は絶対に口にしてはいけない。セクハラになってしまう。

 それは絶対に回避しなくては。


「ち、違う。マリルは身長も、そこらの男の冒険者より高いだろ。それに、整った顔立ちは美人っていうより美形だから勘違いしたんだ」

「それなら……良いんですが……。本当ですよね?」

「本当、本当だって。俺がそんな軽薄に見えるか? この目を見てくれ」


 言われるがままに、じっとミッツの目をマリルが覗き込む。

 必要以上にきりりとした表情を作るミッツは、内心冷や汗が止まらない。


「先輩は嘘をついているように見えません」


 ほっとしたような笑顔を、マリルが見せる。

 ミッツの言い分は受け入れられたようだ。これで、セクハラの危機は去った。


「自分でも、少しだけ小さいかなって分かっていますよ。でも、そうでもないですよね?」

「ミッツは、おっきーおっぱい好きなの?」

「さー、俺は女性の胸は大小それぞれに良さがあって、どちらにも貴賎なしだという考えですから……」


 しかし、ミッツの内心は『マリルの胸は、少しでは済まされないない程度に小さいと思うが、マリル本人は現実が見えていないらしい。これからも、マリルに胸の話は禁句だな』などと、そんなことを思っていた。


 しかしここで、ミッツはある重要な過ちに思い至る。


「畜生……」


 折角マリルが立ち上がらせたミッツだが、再び地面に崩れ落ちた。


「どうしたんですか、先輩」

「どうしたの、ミッツ」


 マリルは女騎士になった。

 あの時は女戦士で真っ平らだったわけだが、女戦士の触手攻めのシーンをちゃんと見ていなかったというのは、重大な過失。

 人として、男として、見過ごしてはならない光景を、ミッツは自分から手放したのだ。

 悔しさのため、ぎりぎりと拳を握りしめる。





 なんやかんやありながらも、仲間が増えた【黒髪姫の薔薇のお城】。

 小さくて可愛らしい、煌く黒髪の姫。

 美しく整った顔立ちの、銀髪の少女マリル。

 社畜の魂を内包したモンスターのミッツ。


 3人になったことで、今までよりも安定してダンジョンエナジーを稼ぎ続けることが出来るようになった。

 ミッツは、姫とマリルと手を取り合い、面白おかしく、そして楽しく。

 いつまでも末長く幸せに暮らしました。





 などという結末で終われることがないくらい、ミッツは自分の不運を理解していた。


 ミッツがマリルの触手責めを見逃した。と、嘆いてから数時間。

 マリルの荷物は、全て拠点にしていた宿屋から移動させた。

 マリルが言っていた通りそれほど荷物は多くなかったのだが、玉座のある部屋に放置しておいて良いものでも無い。

 そこで、多少厳しくはあるが改装に必要な500DEを払い、隠し通路の向こうに姫の部屋だけでなく、マリルの部屋も追加。ついでに、ミッツが作業しやすいように事務所も作成しよう、ダンジョンコンソールを姫に出してもらう。


「なんじゃこりゃー!」


 ミッツは叫んだ。

 力の限り叫んだ。

 実際には心の中で叫んだだけで、声には出さなかったのだが。

 とにかく、ミッツはそこに表示されていることに驚愕した。

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