Another perspective:来訪者
ミッツが姫に召喚される少し前。
始まりの勇者が建国したという【イーサヤハン帝国】の首都【キョートニオール】に一人の少年が訪れた。
訪れた――と言っても、門の外からやってきたわけでは無い。
人通りの少ない路地裏に、唐突に現れたのだ。
魔術師魔法8階位の【コーディ・スペシーモ】を使えば任意の場所への瞬間的移動が出来るとはいえ、それは同ダンジョン内でのみ可能なこと。
街の中で使うことは勿論、外から移動してくるなんていうことも出来ない。
道義的観点から使用を禁じているのではなく、神によって定められた規則。
なので、この少年が現れたところを目撃していた人がいたとして、誰かに話したとしても見間違いだとバカにされて終わるだろう。
幸いにして、そのような不幸な目に巻き込まれた者はいなかったのだが。
では、どのようにして現れたというのか。
現れた少年は首を動かし、長い前髪に隠された目で周囲を見る。
そして、なにかに納得したかのように小さく頷き、肩が小刻みに震える。
「……ははっ……くははっ……はぁーっはっはっ!」
少年は笑う。
まるで、何かから解き放たれたように。
一頻り笑うと、次はぶつぶつと独り言を口走る。
その様は狂気に近く、笑い声が聞こえてそちらを見た者も、思わず視線を逸らしたくらいだ。
「やった。やったぞ。僕は……いや、俺は異世界に転移出来たんだ。あの、Mr.スミスとか言った人は怪しかったけど、嘘じゃなかった!」
独り言から推察するに、ミッツとは方法は違えども、同じようにこの世界以外のところからやってきた少年らしい。
「ポケットに……、良し! 何か一つ道具を持ち込んで良いって言われて即決めした“スマホ”もちゃんとあるし、電源も入ってる。見た所、文明レベルも近代や未来ではないみたいだし、これで俺もチート主人公確定」
少年の周囲にある建築物は、柱は木材で土や草で出来た壁。
TVでちらりと見た、時代劇や過去の再現ドラマに出てきそうな家屋。
それを見て、彼は自分の望みが叶ったことを、先ほどの高笑いと同じようなテンションで思わず快哉を叫ぶ。
少年の年は15。
高校受験を控えた義務教育最後の年。
こんな所に飛ばされたことによって、彼は今までの努力が水の泡と消えた訳だが、とても嬉しそうだ。
それというのも、少年はまだ義務教育過程だというのに半ばドロップアウトをしていて、勉強なんて全くしていない。
毎日部屋に篭って、漫画にゲームにアニメにPC。
典型的な“ひきこもり”という奴だ。
親がそれを黙認どころか大体的に認めているお陰で、食事やTVは居間で家族と一緒。なので、完全なひきこもりという訳でもなかったが。
そんな彼だからこそ、異世界への転移なんていう常軌を逸した事柄を、あっさりと受け入れることが出来た。
それどころか、感慨無量といった喜び具合なのだ。
「まずはそうだな。ハンバーグかカレーでも作って、奇跡の料理人とでも呼んでもらおうかな」
その呟きの内容が少年自身にとって満足いくものだったのか、口元を緩めて人通りのありそうな方に歩いていく。
「異世界に行かないかとメールが来た時は驚いたけど、話に乗って良かった」
15歳というのは、帝国では成人を迎える年齢に達している。
それに、少年の背丈は同年代と比べると大きい。
それなのに、その少年の発想はあまりに幼く貧相であった。
肌ツヤが良いからそう見えるのか、研鑽や苦労を乗り越えたというような深みを感じない顔と同じく、脳までつるつるだったのかもしれない。
自分の想像がどれだけ不毛な物なのか、全く考えていないのだ。
少しでも考えれば、どれだけ無謀な試みなのか分かったはずなのに。
人通りに出て少し歩いたところで、少年は思い違いに気が付いた。
その切っ掛けになったのは、奇しくも自分が作ろうとしていた食べ物。カレーの匂い。
美味しそうなその匂いに釣られ、少年はその元を辿っていく。
辿り着いたのは見窄らしい屋台。
そこで売られていたそれは、香りだけでなく見た目もそのままカレー。
数十種類のスパイスを混ぜ合わせるカレーが、文化レベルの低そうなこの世界に無いと決めつけていた少年は、心臓を鷲掴みされたような衝撃と苦しさに襲われる。
ストレスに耐性のない少年は、直ぐ様そこから逃げ出すことしか出来なかった。
だが、逃げ出したところで意味など無い。
行く先々で、ラーメン、ケーキ、唐揚げ、どんぶり……。
少年が異世界で成り上がるために作ろうと考えた食べ物の悉くが存在していた。
しかも、どこも行列が出来ているほどの繁盛ではなく、それなりに客が入っているといった状況。
それは、その食べ物がそれほど珍しいものではないという証左。
神が知識を与えるこの世界に、まっとうな文化の進化というものはない。
0から10がいきなり発生するのが、この世界のスタンダードなのだ。
必要になったら考えるのではなく、教会で祈るだけで解決する世界にモノで対抗するのは難しいだろう。
そこまでのことを少年は知る由もないが、食べ物での成り上がりに難色が示されたことはなんとなく分かった。
「嘘だ……。そんなはずはない……。そうだ……あれは良く似た別の食べ物なんだ」
それでもその事実を認めることが出来ず、お得意の現実逃避で自分の殻に閉じ籠り、ご都合主義的な発想で心に平穏を齎そうと試みる。
「そうに違いない。食べてみれば分かる……。ラノベ買ったばかりだけど、まだ財布にお小遣い入っていたはず……」
ポケットを弄り、さっと顔が青ざめた。
「財布が……ない。どこかで落としたかな……」
今にも泣き出しそうな顔で、周囲を見渡す。
その行為に意味など無いのだが、そんなことにも気がつかない。
なにせ、持って来たものは“スマホ”一つなのだから。
それにもし、財布とお金が有ったところで使えるなんてことは無いだろう。
硬貨はそれなりの価値を認められるかもしれない。だが、紙幣はどうだろうか。
人物画と風景画の繊細さが、美術品として通用するのだろうか。それとも、食べ物と同じようにこちらでも大した物ではない恐れもある。
どちらにしろ、ここにないので論ずる意味すらない。
「どうしよう。お金ないのにどうやって生活すれば……」
ここにきて少年は、ようやく自分の置かれた状況が大変なものだと知る。
そんな基本的なことも考えずに、先ほどまで喜んでいたのにはとんと呆れる。
それは、お金のことだけでは無い。
成功のためのツールとして“料理”を選んだが、そもそも少年は料理など家庭科の授業でしかしたことがない。
レシピを頼りのスマホで見たところで、人が満足するような出来になるとは到底思えない。
それに、材料。どのようにして揃えるつもりだったのか。それから、調理設備の用意も謎だ。
それだけではない。頼りのスマホも本当に使えるのか試してすらいない。
電源が入っているのを確認しただけ。
携帯電話用の電波なんてないのだから、普段から使わない情報をどうやって手に入れるつもりだったのか。
インターネットから入手なんて、そんな生易しいこと出来るわけがない。
オフラインでも見れる漫画やラノベが数冊入ってはいるが、それだけでなんとかなる知識を得るのは難しいだろう。
それに、スマホの電源もあと数時間もすれば消えてしまう。
それから、少年は泣いた。人通りのある街路で、臆面もなくわんわんと。
希望に溢れたところから、一気に絶望に落ちたのだ。
甘えた考えをしていた少年に、これ以外のことをしろというのは無理がある。
こうして、何者かの悪戯で落とされた少年の異世界生活は、始まることなく終わりを迎えるだろう。
そんな彼を想って、何者かは今頃笑い転げているかもしれない。
いや、確実に、具に観察して笑い転げている。
それが彼らの、娯楽のひとつなのだから。




