雇用と土下座。 その6
見覚えのない空白のふた階層と、大人しくなったイケメン冒険者。
そのことについて返って来た答え。それは――
「なんかね、ダンジョンのランクを上げないと、これ以上“名前付き”を増やせないって。だから増やしたの」
――と、全体を正しく端的に返す姫。だが、ミッツにはいまひとつ伝わらなかった。
だからミッツは、大きな質問をした自分が悪いと、気になったことをひとつづつ質問する。
「えっとね……――」
初めに聞いたのは、3階層だったダンジョンが5階層に増えている理由。
しかし、返ってきたのは先ほどと大して変わらない『ダンジョンのランクを上げるためだよ』という答え。
「いったい何のために、ランクを上げたんですか?」
ダンジョンのランクというものも、ミッツは初耳だったが、それについては脱線しそうなため後に回す。
「それは、仲間を増やすためだよ」
「?」
「もー。分かってよミッツ」
「あの、先輩……。どうやら自分、モンスターになったようなのです」
イケメン冒険者からの告白。それを聞き、ミッツは姫の言っている意味を理解した。
質問の順番が悪かったのだ。ダンジョンの階層が増えたことは対処であって、目的じゃない。
姫が質問の意図を読んで答えなかったせいで、こんな回りくどい質問をするはめになった。
だが、ミッツはこのような不親切に慣れっこになってしまっていて、特に気にしない。
聞かれたことにしか答えない。勤めて居た会社は、そんな奴ばかりだった。
纏めると……――。
イケメン冒険者は姫により、人間からモンスターに変えられた。
しかし、名前付きのユニークモンスター“ネームド”の所属数は、ダンジョンのランクによって上限が増加する。
今まではランク0だったため、ミッツ一人しか所属させられなかった。
ランク上昇の条件はランクに依り違うが、ランク1にする条件は“ダンジョンを5階層にすること”。
なので、姫は階層を増やし、イケメン冒険者をネームドモンスターに変態行為で変態させて所属させたのだ。
そして、イケメン冒険者本人にも、モンスターに成っていることは伝え終わっている。
「なるほど、それで静かになっているのか……。説明されずに人間からモンスターに変わったんだ、それはショックだろう……」
最終的に自分が騙したことは棚に上げ、同情を見せるミッツ。
「あ、そうではありません……。姫さまの騎士になれたのですから、人間だろうとモンスターだろうと、自分にとっては些細な問題です」
その答えに、器が大きいと褒めるべきなのか、行きすぎた騎士バカと阿呆と罵るべきか判断に困る。
「では、なんでそんなに落ち込んでいるんだよ」
「それは……、その……」
考えなくとも、痴態を見られたので恥ずかしがっていることは明白だった。
だが口ごもり、そっぽを向いたイケメン冒険者を見てイタズラ心が顔を出したミッツは、しつこく質問を繰り返す。
本人の口から『恥ずかしかったからです!』と言わせるまでしたのは、完全にセクハラ。訴えられてもしかたがない行為に、ミッツは満足を覚えた。
人として最低である。
「と、遊んでいる場合じゃなかった。今はまだ勤務中だ。姫、こいつを連れてダンジョンエナジーを回収して来ます」
「分かったー」
「はい。自分は一体何をすれば宜しいのでしょうか?」
「それはちゃんと説明するから」
「お願いします」
イケメン冒険者を引き連れて階段を上るミッツは、ざっとダンジョンエナジーについて説明する。
「なるほど。侵入者を撃退すれば宜しいのですね」
「簡単に言えばそうだけれど、人間を殺すことに抵抗ないのか?」
「そうですね。ないと言えば嘘になるかも知れませんが、姫さまのダンジョンへの侵入者ですから、罰を受けて然りです」
ドライな返答。
恐ろしくあっさりと受け入れたイケメン冒険者に、やっぱりこいつは器がでかいのかとミッツは驚愕を表す。
単純に、深く考えてないだけかも知れないが。
とにかく、ミッツはイケメン冒険者のこの言葉を信じ、自分が誘導した一般人の対処を任せた。
上手く誘導出来そうにないというのが理由の大半だが、敢えて言う必要はない。
この騒動で優に半日が潰れているので、これ以上時間を無駄にする訳には行かない。
いざとなれば、いつも通りミッツが一人で業務を熟せば良い。
そう考えていたのだが、イケメン冒険者は見事な働きを見せた。
ミッツの言いつけ通り、圧倒的な戦力で屠るのではなく、程よく戦闘を行ってから倒す。
しかも、ミッツと違って戦闘の経験が豊富なため相手の動かし方が上手い。
師匠が弟子の力を引き出すような、修練にも似た動き。
これにより、戦った一般人は普段より自分が強くなったと錯覚したことだろう。
思わぬ拾い物。ミッツもイケメン冒険者をそう好意的に判断するほどに。
そして夜になる。
一般人も夕食のため、徐々にダンジョンを後にする。
ミッツとイケメン冒険者は、モンスタースタイルで1階まで追い出しにかかる。
といっても、フルフェイスタイプの兜を装備しているだけのいつものスタイルだが。
イケメン冒険者の頭装備は、サークレットタイプだったので、姫から離れる時にダンジョンの【アイテム作成】で作成した。
ミッツ25日分の50DEという中々に手痛い出費だが、今の【黒髪姫の薔薇のお城】にとっては、初めのような致命傷にはならない。
因みに、ミッツの維持費はレベルが上がったことにより、1DEから2DEに増加している。
それに、作業を分担したことによって、半日の遅れ以上に取り返すことが出来たので問題ないだろう。
「おつかれー」
「お疲れ様です」
「お疲れ様でした」
一般人の追い出しを完了したミッツとイケメン冒険者は、姫の元に戻った。
本日の終礼を行うためだ。
普段ならダンジョンエナジーの報告をして終わりなのだが、本日は大きな変化がある。
「名前、何が良い?」
「名前……ですか?」
「そう名前。だって、長いでしょ?」
それを聞いたミッツは、確かにと頷く。
なんとかエリック太郎だったと記憶しているが、それも定かではない。
というか、間違っている。
「何が良いかなー。“マリル”っていうのはどう?」
「自分は、姫さまが決めたものであれば、何でも」
“マリル”。えらく可愛らしい名前だな。そんな女のような名前では、幾ら何でも可哀想だろう。
そう思ったミッツは助け舟を出す。
「太郎とかどうですか?」
「タロウ?」
「もしくはエリック」
「んー。あんまり可愛くない」
可愛い名前なのは、確信犯的行動だったらしい。
ミッツの挙げた候補に、姫は首を傾げる。
「先輩、ありがとうございます。しかし、自分はモンスターになって姫の騎士に就いたもですから、人間の家名やミドルネームは捨てようと思います。なので、姫さま。自分のことはこれから“マリル”とお呼びください」
「分かった。宜しくね、マリル」
本人がそれで良いなら、ミッツにそれ以上とやかく言う権利はない。
それに、イケメン冒険者の名前なんてミッツにとってはどうでも良い。
ただ、暫くは名前を呼ぶ時に吹き出さないように気をつけようと思ったくらいだ。
「先輩も、これから宜しくお願いします」
「あぁ、よろしく。マリル」
一際強調して名前を呼ぶ。
ミッツにとっては、それほど違和感がある名前のようだ。
だが、姫もマリル本人もそれには気がつかない。
なので、ミッツは文化の違いだなと納得することにした。
そうと決めれば、名前を受け入れてやるべきだろう。それに、仕事も非常に満足いくものだった。
マリルを仲間と認めた上で、進めるべき事案を口にする。
「マリル、今日からお前はどうするんだ? 寝床とか。何があるか分からんから、街で寝泊まりするのではなく、こちらに拠点を移した方が良いんじゃないか?」
別に出勤という形を取っても良いのだが、何が原因でモンスターとバレてしまうかも知れない。
それを危惧すれば、ミッツの言う通り、拠点を移すに越したことはない。
「そうですね。では、今から宿に荷物を取りに行ってまいります」
「一人で大丈夫か? 多ければ手伝うぞ」
「そうですね……。それほど多くはないのですが、一度は運びきれそうにありません。では、お願いしてよろしいですか」
「それくらい任せろ。結構力には自信あるからな」
「存じております」
「もー、何二人で仲良く喋ってるの! わらわ仲間外れにしないでよ」
決して仲の良い二人のする会話ではないのだが、姫にはそう映ったらしい。
口を尖らせて、拗ねる。
当然、二人はそんな姫に萌える。
そして、続けて姫は爆弾を落とす。
「そうだ。ねーマリル、今日はわらわと一緒に寝ようよ」
一片の汚れもない、純粋な言葉と表情。
「仰せのままに」
それに応えるは、我慢しきれず喜びが溢れた顔。
「ダメだ、ダメだ!」
堪らずミッツは大声を上げる。
そして、マリルの肩をぐっと自分に抱き寄せる。
「マリルは俺と寝ます。いえ、今日は寝かせません。やることがありますから」
嫉妬と、不埒な気配を臭わすマリルから、姫を守るための咄嗟の言動。
「あの、先輩……。それはどういうことですか……」
「それ、本気で言ってるの?」
マリルは困惑し、姫は言葉に棘がある。
「勿論です。マリルは俺の傍から離れさせません」
「ミッツの、バカーーーー――!」
その姫の声にはっとした時、ミッツの眼前にまで小さな拳は迫っていた。
瞬間、ミッツは自分の死を確信し、暗闇に包まれる。
意識を手放す前に聞いたのは、水風船を打つけられて破裂した音に似ていた。




