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AIDMAの法則。その4

 そんな風にミッツが姫と蜜月の時間を過ごしている時、1階では――

連れてこられた一般人達は、右へ左へ走り回っていた。


「やったー! 金貨だー!」

「こっちも出たぞ」


 そんな声に触発されて、次こそは俺達もと追いかけ回す。


「このコイン、聞いてたよりも強いけど何とかなるな」

「そりゃ、おめぇ……あんな立派な鎧を着た冒険者様なんだから、俺らと感覚が違って当然だろう」

「違ぇねえ。でも、あの方はどうして俺らにこんな良いところを教えてくれるんだろうな?」

「そりゃー、あれだろう。神様の使いなんだろうよ」

「ありがてぇ。ありがてぇ」


 あらゆる知識、あらゆる技術――言語すらが神から与えられる。

 必要なものは、すでに用意されている。

 自分で生み出すことなどしないし、そんな必要がない。

 だから発明など生まれないし、発展などしない。

 そんな世界でも、情報と経験――この2つだけは、自分で手に入れるしかない。

 なので、稼ぎやすい場所や知られていない神殿や祠というような情報は、本来隠すべき財産なのである。

 そんな貴重なものをぽんと、対価を要求せず(・・・・・・・)に与えてくれたミッツは、

彼らには神の使いのように映っただろう。


 だが、ミッツはモンスターだ。


 彼らは気付いていない。

 自分たちが、このダンジョンの生贄として連れてこられたことに。

 慈悲深いのは、全てを差し出させるのではなく、僅かばかりを支払わせる算段だということか……。

 それすらも、継続的に通わせる為の計算だとすれば、やはり無慈悲なのだろうか。


 其処彼処で、小さなコインを殴りつける男達。

 その景色を姫の元から戻って来たミッツは見ていた。

 時には細やかな反撃を受けるが、大事には至らない。

 複数に襲い掛かられればきっと無事ではすまないが、一般人という持たざる者、弱いものの知恵――本能といえるかもしれない其れが、集団で事に当たらせる。

 依って、今は誰一人殺されていないという状態を維持出来ていた。

 だが、そんな成功体験が積み重なってくると、感覚が麻痺してくる。

 慣れとは本当に恐ろしいものだ。


「仕事も、入ったばかりの新人の時より、1人でする仕事に慣れて来た頃の方が大きい失敗するんだよな」


 6人だった集団が3人の2組に、中には1人で【跳び掛かる硬貨(クリーピングコイン)】と対峙するものまで出て来た。

 どうやってこの一般人からダンジョンエナジーを回収するか、要はどのようにして戦いを挑むかということを考えていたミッツ。

 集団で戦われていたままでは良い案が浮かばなかったが、こうもバラバラになってくれれば何の事は無い。


「調子はどうですか?」

「あ、冒険者様。ありがとうございます。お陰様で、こんな僅かな時間でこんなにも――」


 ミッツに声をかけられた、襤褸を頭から被っただけの見窄らしい男は、汚らしく黒や茶色に汚れた歯を剥き出しにして、ニッと笑った。

 その手には、金貨1枚と数枚の銅貨。

 ドロップ運に恵まれた彼が得ている報酬は、一般人の一家庭が1日で稼ぐ金額より確かに多い。

 このまま普段働くのと同じ時間だけここで狩りを続ければ、駆け出し冒険者程度には稼ぎ出すことも難しくないかもしれない。

 だが、この男も運がなかった(・・・・・・)

 半端に上手く行ってしまったものだから、早々に一人で行動をしてしまった。

 稼ぎを独り占めしようと、欲をかいてしまった。


「危険だから下には降りないようにって言っていましたけどね。実は下には私の獲物がいるんですよ」

「そうなんですか、頑張ってください。冒険者様なら余裕ですよ」

「ありがとうございます。実際余裕だったんですけどね。この鎧も剣も、全てそのモンスターから奪ったものですし」

「へー。それは素晴らしいですね」

「でしょ。あなたもどうですか? この剣と鎧を手に入れてみませんか?」


 悪魔の囁き。

 1階での成功体験に依ってモンスターは倒せると認知させられ、地下1階への興味を持たされ、冒険者の装備という欲望に火を付けられた。

 ごくり。

 男は唾を飲み込む。


「ただ、1階の【跳び掛かる硬貨(クリーピングコイン)】と比べると強いので、私が弱っている個体を誘きだしますよ」

「え……良いんですか?」


 ここまでミッツから与えられた恵は信頼になり、不安を上回る。


「国だって冒険者を奨励しているでしょう。一人でも強い冒険者が出て来てくれることが、この世界の為なのです」


 欺瞞に満ちた言葉。

 だが、男には偽善と映らず、物語られるような清白な冒険者にしか見えない。

 だから、直ぐに了承を反す。


「では、行きましょう」

「あの、俺だけですか……」


 ちらりとミッツに視線を向け、問いかける男。

 この言葉は、一人で不安という意味ではない。

 人よりも上に立ちたい。

 その動物的な本能に抗えない。

 それでも、清らかな人の前で無様は晒す恥は掻きたくない。

 だからこれは、独り占めする気はないというアピール。


「あ、あぁ……あまり沢山で行くと、逆に見つかって取り囲まれるかもしれないですから。そうなると、私一人ではあなたを守りきれませんので」

「分かりました。では行きましょう!」


 ミッツは、そんな男の下心には気付いておらず、なんとか一人を誘い出そうとして――

 男は、ミッツのお墨付きが得られ、罪悪感から解放され――

――二人の思惑が奇妙な一致を果たし、階段を誰にも見られないように降りて行く。





――もしかして、俺はダンジョン業界にイノベーションを起こしたのではなかろうか。

――もしかしなくても、俺は異世界から来たチーターで間違っていなかったのではないだろうか。


 そんな浮かれたミッツの考えは、目の前の惨状を見て霧散した。

 気持ちを沈ませているのは、先ほど連れて来た男の成れの果てである。

 その姿は、左肩口から右腰までを袈裟懸けに切り離され、内臓がぶち撒けられている。

 そこから零れ出たどろりとした生血が、大きな血溜まりを形成した。

 立ち込める臭気と肉塊から立ち上る熱気は、吐き気を催す。

 このゲームのようなファンタジー世界では、人を攻撃してもバイオレンス表現なんてなく、最後は光に包まれて消滅し、その跡に墓石だけが残る。

 そんな甘い認識だった。


 現実を叩きつけられたミッツは、足元が崩れ、まるで宙に浮いているような前後不覚な感覚に陥っている。

 カチャカチャと鳴る、金属が小刻みに打つかる音。

 ミッツは自分が震えているのが分かった。

 しかし、その止め方は分からなかった。

 ずくずくと疼くような熱さに視線を落とすと、返り血でべったりとしていた両手。

 それを見て一層視界が狭くなり、周囲は黒いのか白いのか認識出来なくなり、音は消えた。

 呼吸も上手く出来ない。

 どのようにして、今まで呼吸をしていたのか思い出せない。

 何も考えられないのに、脳裏では繰り返し繰り返し振り返る。

 どこで間違ったか見つかるはずもなく。

 また、取り返せるはずもなく。


 軽い足取りで降りて来た。

 上機嫌に、兜を着けた。

 誘い出された【引籠もる剣士(ソードマン)】を装い、関節の曲がらないゾンビのように不恰好な形で男の前に姿を現した。

 兜を身につけただけで、さっきまで会話をしていた人間だと分からない。

 そんな馬鹿なことはないと、ミッツ自身も半信半疑だったのだが――ダンジョンで戦意を持って相手と対峙すると、相手が何なのか分かる。という、ダンジョンのルールというか特殊性は、見事に発揮されていた。

 戦隊モノのお約束のように声も体格も変わらなくても、顔が見えていないだけで正体は露見しない。

 その成功体験が、ミッツの心を大きくした。

 無双感を持った。

 目の前に立つ腰が引けた貧相な男を見て、笑いが溢れそうだった。

 腰に携えた鞘から【鈍の剣】を抜き、経験が無い(なり)にそれっぽい構えをとって、初めは好きなように男に殴らせた。

 すぐに殺してしまっては、悪い評判が立つと考えたからだ。

 強すぎては勝てないと思わせてしまう。

 良い評判の口コミに対して、悪い評判の口コミは4倍の速さで広がると言われているのだ。

 酷く冷静で、計算高く行動出来ていた。

 絶対に勝てる自信があったわけじゃなかったが、この男の攻撃では痛みを感じなかった。

 それに木の棒を振り回している男に対して、ミッツはなまくらとは云え、剣を持っているのだ。

 負ける道理がない。

 木が直接体に当たっているような不快感に耐え、頃合いを見計らい、男の大きく雑に振り回された攻撃に当たりながらミッツは剣を思いっきり振り下ろした。

 その結果、前述の様子となったのだ。

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