AIDMAの法則。その5
「大丈夫、ミッツ?」
「大丈夫です。仕事ですから」
姫の元に戻ると聞こえて来た鈴を転がすような声に、機械的に返す。
「そうなの? 残りヒットポイントが少ないから気をつけてね」
「大丈夫です。仕事ですから」
そう返答を繰り返した後のことは、よく思い出せない。
一人殺して、まだ手に肉を裂いた感触が纏わり付いた状態のまま、増えたダンジョンポイントを確認した。
手に入れたダンジョンポイントは、僅か12DE。
1階で【跳び掛かる硬貨】が回収したものも含まれるので、ミッツが殺した男のダンジョンエナジーだけではないことを考えると、あまりに少ない。
ミッツは手にしている小さな墓石に目を落とす。
男だった肉塊は、いつの間にか墓石に変わっていた。
血溜まりも、綺麗さっぱり消えていた。
墓石の傍には、お金が落ちていたので拾い集めた。
そのすべての行動は、まるで他人が行なっているかのようにミッツには感じられていた。
毎日追い込まれて、これ以上働けないと思っていたあの頃――とは言っても、まだ3日前の話――それと同じように、力無い目をただ開いて、やるべきことを無心に繰り返す。
その後も、インターバルを取りながら繰り返し繰り返し同じように人間を狩った。
それほど多くないが何人か分の墓石が集まったところで、それまで伸し掛かっていた身体と心の重みは感じなくなっていた。
それは、ミッツのレベルが上がり、姫のアドバイス通り受ける攻撃を減らした結果、HP――ヒーリングポイント。ダンジョンで受けた傷やダメージを元に戻す許容量。それは武具にも反映される――に余裕が生まれて来た結果。
人を騙す時には笑顔で、殺した後は呼吸一つで次に取り掛かる。
正しく作業として、淡々とこなす。
初めに感じた身も心も苛むあのどす黒い感情も、実はHP低下に於ける生体反応のようなものだったのではないかという考えが、ミッツの頭に浮かぶ。
そうであるならば、俺は完全に人間性を捨ててしまっていたのではないかと、ミッツは自分が恐ろしい存在になったと実感させられることになった。
連れて来た男達の半分くらいを作業的に刈り続けた結果、単独で活動している間抜けはいなくなった。
そこで漸くミッツは腰を下ろす。
腹の底から絞り出される溜息。
「お疲れ様、ミッツ」
「お疲れ様です」
「ほ、ほらほら見て。ダンジョンエナジーこんなに溜まったよ」
「561DE……」
稼いだダンジョンエナジーは202DE。
目標の、一日の維持費以上のダンジョンエナジーを得ることが出来た。
ミッツの戦略と戦術。そして、その働きを以って成し遂げたのだ。
「そうですか……それは良かった」
「ミッツ……」
「そうだ。お子様ランチ……今日はどれが良いですか? 私としてはエビフライなんかもオススメですよ……」
「じゃあ、それにしようかな……」
「直ぐに用意して来ますね」
その後、玉座の間には、カチャカチャとフォークが皿に当たる音だけが響いていた。
部屋の隅に纏めてある墓石を返しに行くのが、ミッツの本日最後の仕事になる。
一つ一つは手のひらサイズで名前や享年も入っていて芸が細かく、不謹慎だが可愛いらしいとさえ感じる墓石は、ずっしりとした重みをミッツに与えていた。
ずりずりと足を引き摺りながら、街に向かうミッツ。
時刻は、闇の時間風の前刻になったばかりだ。
ビギニンガムの街は、そんなミッツとは対象的に明るかった。
物理的には日も落ちて暗くなっている。日本のように煌々と輝く照明器具なんてものはなく、はっきりと見通せる照度なんて確保されていない。
それでも明るく感じた。
無性に自分だけが取り残されているように感じてしまい、泣きそうになる。
東の地区に到着したミッツは手近で捕まえた女性に袋を押し付け、そそくさとその場を後にした。
墓石になった男達は、ダンジョンという商品を購入するために命という対価を払っただけなのだ。
しかも、その払った命でさえダンジョンで手に入れた金で買い戻せるのだから、罪悪感を抱える必要など本当に微塵もない。
しかしミッツは、1秒もその場に留まりたくはなかった。
真っ直ぐ姫の元に帰るため、来た道を引き返す。
中央通りを南下しているミッツの前に【ブレイバロスの酒場】という、冒険者で賑わう酒場が現れる。
ふと、その前でミッツは足を止めた。
街以上に陽気と熱気が篭っている店内から目が離せない。
美味そうだとか楽しそうだとかそういったプラスの感情はなく、妬ましいとか嫌悪だとかのマイナス感情でもない。
そこに感情はない全くの空虚。
だったのだが……ミッツの意思とは関係なく店内を見続け、目頭を熱くする。
「何ぼうっと眺めてんだよ。そのでっかい図体、あんた冒険者だろ。入りたいなら入りなよ。もしかして1Gも払えない駆け出しなのか?」
入り口から出てきた若い女性が、快活に声をかけてきた。
金貨1枚先払いで飲み放題食べ放題と、冒険者に取っては良心的な、一般人にとってはそれなりに高価で手が出ない店。
ミッツは金がないわけではないので首を振り、腰の袋から手のひらに中身を出す。
「なんだ、結構持ってるじゃない。あんたのその顔、なんか失敗でもしちゃった? そういう時はうちで呑んで忘れちゃいな」
女性は1Gをひょいとミッツの掌から摘み上げると、背中をバンバンと強く叩く。
その勢いに押されるようにされるがまま、ミッツは店に足を踏み入れる。
店内も外同様蛍光灯のような強い灯りはなく、蝋燭を灯したような柔らかい明るさだった。それなのに、目を顰めてしまう。
「ほら、立ち止まらないで進んで進んで」
案内というにはあまりに乱暴に、店奥の空いたテーブルに誘導され強制的に席に着かされる。
程なくして、ミッツの前には胸焼けしそうなほどの肉の山と、1リットルは余裕で入りそうな大きな木製のジョッキに並々と注がれた酒が並べられた。
「何があったかは聞かないけど、あんまり思い悩むんじゃないよ。明日取り返せば良いんだからさ。明日が無理でも孰れは解決するさ」
なんと出来た店員だろうか。
初めて来た客であるミッツを励ましている。
だからミッツは、迷惑をかけてしまって非常に申し訳ないという気持ちでいっぱいになり「大丈夫です。放っておいてください」と、笑顔を浮かべて口を開くのだった。
「はぁ。そうかい。無理するんじゃないよ」
納得したのか女性店員が離れていく。
一人になったミッツは鬱々とした気持ちで、ちびちびと酒を飲む。
「まじぃ」
ミッツは酒を飲むのが嫌いではない。
店長会議の日には日付が変わるまで居酒屋で呑んでいたし、店から遠くに住んでいる部下の終電が無くなったときなんかは家呑みするために連れ帰り、大量に飲む。
それなのに、この酒は飲めそうにない。
口に含んだ瞬間異常な苦味が広がり、鼻に異臭が突き抜ける。
一番似ている風味なのはビールなのだが、冷えてないし爽快感もない。
元々ビールは開幕“取り敢えず生”以外は進んで飲まない程度なので得意ではないのだが、これは酷い。
肉の方は、爪が2本のフォークで突き刺すとじゅわりと肉汁が溢れ出る。
ナイフが無いのでそのまま齧り付くと、ぼたぼたと汁が零れ落ちた。
「くそっ……」
見た目には美味しそうだったのだが、まるで砂を食べているような不快感。
鉄味と苦味と口の中に物が入っているという異物感しかない。
腹も減らない完全無欠サラリーマンボディーのモンスターの身体だが、飲んだり食ったり出来なくなるわけではない。
しかし、まるで話に聞いた鬱病患者のような味覚に落胆する。
「日本に帰りてぇ。これから毎日、今日と同じだけのことを繰り返さないといけないのか……」
テーブルに突っ伏し、ぼやく。
手を抜けば、この悩みも終わらすことが出来る。
「……それも良いか」




