4 カート男爵領が荒れ地になりました
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ヴァルカン王国・国境
公爵家を出て七日目。
なんとかロベリアからヴァルカン王国へ入国できたわ。
まるで逃避行。
カラバリ女伯爵から借りた馬車も田舎町では目立ってしまう。
以前に相談に乗ったことがある国境に近い商会の女将さんが、小さな荷馬車を手配してくれた。
今はアンと二人で薬草売りに変装中。
髪は薬草で黒く染めた。ただ、長さだけは隠しようがない。
貴族女性や聖女は髪が長い。
潔くアンに切ってもらった。庶民と同じくらいに。
「さあアン、ここからカート男爵領はすぐね。急ぎましょう」
そう、ロベリア公爵領でそろそろ天変地異が始まるわ。
どうか領民が無事でありますように。
「スカーレット様、天変地異が始まるとどうなるのですか?」
「そうね、よくある天候の変移かしら。暗雲が立ち込め、雷鳴が轟き、昼でも真っ暗闇のようになるわ」
そして全てが浄化されていく。人はそれを厄災と言うけど。
「じゃあきっと大丈夫ですよ。民はきっと、自分達がいる場所だけ真っ暗ですから、明るい方向へ逃げるでしょう?」
そう、カラバリ伯爵領とサウスマウント辺境伯領が近くて安全だと、気がつくはず。みんな無事でいて。
みんなごめんなさい、私の怒りに巻き込んで。
でも、どうしても許せない。
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カート男爵領。
なんとか、着いたと思ったら、男爵領はお祭り騒ぎだった。
貴族の屋敷がある地域に町が栄えているのはどこも同じだけれど、
町の至る所にノボリが立っていた。
《祝ご成婚、聖女様バンザイ》
何これ?
身体が震えそう。手をぎゅうっと握りしめる。
荷車の上からでも聞こえる民の声。
「すごいよな、マリーヌ様。ロベリアの何とか聖女よりすごいから公爵様と結婚したんだってな」
「運命的な出会いで、求婚されたそうだ」
「前の奥さんが酷かったらしいよ」
「それ、聞いたよ、虐めに耐え抜いて愛されたんだって」
「そりゃヴァルカンの聖女様だからさ、すごいんだよ」
「今夜は男爵様のパレードで銅貨が撒かれるらしい」
「そりゃ、聖女マリーヌ様様だな」
何これ?
ここで雷を落とさなかった私、よく踏ん張った。
「スカーレット様、いかがいたしましょう。公爵領と同様に情報操作を」
「いいわ、今更、噂を流しても遅いでしょ?」
「でも少しでも」
「同じ噂を流すなら、ここが荒れ地になった時の逃げ場所よ。民に罪はないわ。こんなにたくさんのノボリ、民に作れないわ」
私は荷車から降りて、その辺りを歩いてあちこちで聞き回った。
「このノボリかい?もう二ヶ月くらい前からあるよ」
「祭り?ご成婚祭りは二週間前からずっとやってるさ」
「お相手?モンベル?知らないね。ロベリアの公爵様だろ?」
私が離婚してまだほんの一週間ほど。
マリーヌが研修にロベリアに来たのは三ヶ月前から。
カート男爵領でモンベル伯爵名を出しても領民は知らないと言う。
まさか。あの腑抜けの元夫は、最初から狙われていたの?
街の古い教会で、薬草分布を知りたいと申し出て、私はカート男爵領の正確な直轄地を調べた。
他領には絶対被害を出してはならない。
そして夜。銅貨撒きの時間。私とアンも民に紛れた。
教会前の広場に、櫓が組まれている。
その上から声が聞こえた。
「我がカートの民よ!カート男爵である」
「領主さまー」
「皆に喜ばしい知らせがある!我が娘、聖女マリーヌが、ロベリアの悪どい聖女を倒し、清き筆頭聖女となった!婿殿はロベリアの王族であらせられる。そして娘は、すでに御子を身ごもっておる!これからは隣国から、豊かな穀物が湧水のように運ばれてくる。安心せよ!この地に、もう貧しさはない!」
あちこちから、歓声が上がる。
そして櫓から銅貨が撒かれた。皆が銅貨に群がる。
アンが私の肩にそっと手を乗せる。
「アン、ありがとう、大丈夫よ。悪の聖女ですって」
笑って見せようと思ったけれど、唇が震えて歪む。
私が何をしたと言うの?愛が足りなかった?
白い結婚で、どう愛せよと。
拒んだのは私じゃない。
言われた事は、いいえ、それ以上に必要なことは全てした。
「行きましょう、アン」
アンが先に荷馬車まで走る。
そのあとをゆっくり、心を制しながら荷馬車へ向かう。
涙で前が霞む。
すれ違いざまに人とぶつかった。
「失礼」
「こちらこそ、ごめんあそばせ」
すれ違ってから思った。
失礼って、普通の民が言う?
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カート領の宿。男が二人。
「どう思う?」
「レイ様、民の話によるとノボリは二ヶ月前からと」
「それがモンベル伯爵なら問題ない、しかし誰もモンベルを知らなかった」
「誰に聞いても、ロベリア王国の公爵の名が」
「モンベル伯は国内問題、何とかなるが、ロベリアは国際問題だ」
レイと呼ばれた男が、小さな髪留めを手のひらで弄んでいる。
「それは?」
「さっきすれ違った女から落ちた」
「ああ、あのローブの?薬師の身なりでしたな」
「ちょっと待て!あの女の瞳、金だった。それに、こちらこそ、と言ったぞ」
「まさか金の瞳など、貴族でしょうか」
「この髪留めの紋章が見えるか?」
「小さいですな、髪が一本ついてますよ」
「女の髪は気持ち悪いな」
髪留めからその髪を引っ張って取る。
「汚い、何だ、手に黒色が」
「薬草染めでは」
「ああもう、くっついてはなれんぞ」
「レイ様、これは」
「……髪が、青い?」
「……まさか」
「あの女を追え」
「レイ様、あれからかなり時間が、この祭りの中では難しいかと」
「しかし、あれは、この国にいるのか」
そしてその夜、ロベリアのフォゼット公爵領に暗雲が垂れ込め、雷鳴が鳴り響いた。
一夜明け、カート領から草木が消えた。




