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第24話 地下最深部



パチ……パチ……パチ……。


裂けた床の底から響く拍手は

これまで聞いてきたどの音よりも近かった。


まるで真下に観客席があり

誰かが静かに開演を待っているようだった。


地下広間は激しく揺れている。


天井から石片が落ち

壁の写真は炎に包まれて灰になっていく。


「修司! 逃げるぞ!」 黒田が叫ぶ


しかし修司は裂け目の底から目を離せなかった。

そこには微かな灯りが見える。

赤黒い舞台照明のような光。


まどかが静かに言った。


『まだ終わっていません』


玲子も裂け目を見つめている。


「“あれ”の本体が、下にいる……」


榊原遼の姿はさらに薄くなっていた。

彼は苦しげに壁へ寄りかかりながら言う。


「最深部だ……そこに“最初の舞台”がある……」



  ◆


突然、裂け目の縁が崩れた。


 ゴゴゴゴッ!


床がさらに崩落し

黒い闇が大きく口を開ける。

下から吹き上がる風は異様に冷たかった。


神崎が青ざめた顔で後退る。


「こんな地下空間が……新宿の真下に……」


翔太が裂け目を覗き込み、震える声で呟く。


「階段があります……」


確かに、崩れた石の向こうに

さらに下へ続く螺旋階段が見えていた。


古い石造り。

湿った闇へ吸い込まれるように続いている。

修司は決断した。


「行くしかない」

「お前、本当に地下好きだな……」

「ここで引けば、また誰かが観客にされる」



「私も行く」玲子が静かに頷く。


榊原はその場に残るしかなかった。


彼の身体はすでに半分以上

……黒い煙のように崩れている。


「遼……」


榊原は弱く微笑んだ。


「今度こそ、終わらせてくれ」


その笑みは初めて人間らしさを取り戻していた。

修司たちは螺旋階段を降り始める。



一周、二周、三周――。


降りるほど空気が重くなる。

やがて拍手の音に混じって

低いざわめきが聞こえてきた。


観客の話し声のような音。

しかし言葉は聞き取れない。


まどかが小さく囁く。


『これは“記録”じゃありません』


ーーどういう意味だ?


『今も聞こえている声です』


修司の背筋に冷たいものが走った。


  ◆


螺旋階段の先に、巨大な地下空間が現れた。

全員が息を呑む。

そこは地下劇場どころではなかった。


円形闘技場のような巨大な空間。

石造りの観客席が何層にも並び

中央には黒い舞台がある。


天井はかなり高く

どこまで続いているのか分からない。


そして観客席のすべてに

ーー黒い人影が座っていた。


何百人…いや、何千人かもしれない。

彼らは静かに舞台を見つめている。


修司がファインダーを覗くと

その光景はさらに鮮明になった。


 戦前の観客。


 昭和の役者。


 国立地下で見た影。


 三鷹録音室で聞こえた拍手の主たち。


すべての“記録された観客”が

………この最深部へ集まっていた。


美緒が震える声を漏らす。


「こんなの……夢です…よ、ね?……」


………誰も何も答えられなかった。


  ◆


中央の黒い舞台には

一脚の椅子だけが置かれていた。


他の席とは違う。

白木で作られた、まだ新しい椅子。


そして背もたれには

逆さ三日月の紋章が刻まれている。


 「あれが……“最初の席”」

   玲子の表情が凍り付いた。


 「一脚しかない……?」 

   神崎が呆然と呟く。


 「五番目も六番目も、

  全部あの席から増えた…複製だったの」


これまで彼らが見てきた地下舞台は

この最深部の模倣に過ぎなかった。


その時、観客席のざわめきがぴたりと止んだ。


 静寂。


次の瞬間、舞台中央の闇が

ゆっくりと盛り上がり始める。


  ◆


黒い液体のような闇が、人の形を作っていく。


 長いコート。


 細い身体。


 そして空洞の顔。


 六人目の本体だった。


これまで現れていた影よりも、はるかに巨大で濃い。

空洞の顔の奥には、星のない夜空のような

漆黒の闇が広がっている。


六人目はゆっくりと両腕を広げた。

すると観客席の無数の影が、一斉に拍手を始める。


 パチパチパチパチパチ…

 パチパチパチパチパチパチパチパチパチパチ

 パチパチパチパチパチパチパチパチパチパチ


轟音のような拍手。

地下空間全体が震える。


そして六人目が、初めて…

はっきりと聞こえる言葉を発した。


    「ようこそ、最後の観客!」


その声は男とも女ともつかず、無数の声が重なっていた。


修司は一歩前へ出る。


 「お前は…お前という存在は何なんだ?」


空洞の顔がわずかに傾く。


 「私は席であり、観客であり、舞台そのものだ」


 「嘘よ! あなたは人を閉じ込めているだけ!」


 「彼らは望んで座った」六人目は静かに答えた。


観客席の黒い影たちが、一斉にこちらを向いた。

その視線の重さに、美緒が思わず後退る。

翔太も青ざめていた。


「見られてる……」


  ◆


その時、六人目が白木の椅子を指差した。


 「相良修司、お前には資格がある」


 「断る!」


 「神ノ島で死を越え…

  そして、記録する力をも得た…

  お前なら“月”を永遠に保存できる」


修司の胸がざわつく。

六人目はまどかの存在まで知っていた。


 PENTAX LXが熱を帯びる。


『修司さん、あれはあなたを…

   “記録者”にしようとしています』


「座っちゃ駄目」

玲子が修司の前に立った。




六人目はゆっくりと観客席を見回した。


 「ならば、別の観客を選ぶ」


その瞬間、無数の黒い影が立ち上がった。


 ギシギシギシギシッ!


観客席全体が軋む。

そして影たちは、一斉に美緒の方を向いた。


「え……?」 美緒が凍り付く。


六人目の空洞の顔が

ゆっくりと笑ったように歪む。



「新しい席は、風間美緒がよい」



次の瞬間、観客席から無数の黒い腕が伸び

美緒へ向かって一斉に迫った。




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