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第23話 扉




巨大な鉄の扉が、地の底から響くような音を立てて開いていく。


 ゴゴゴゴゴゴゴ……。


地下劇場の揺れは、まだ収まらない。


黒い円に走った亀裂の奥から吹き上がる冷気が、舞台のカーテンを激しく揺らしている。


相良修司はしっかりとカメラを握り直す。

先ほどのシャッターで円に亀裂は入った。


だが完全には壊れていない。

そして鉄の扉の向こうには、まだ何かがある。


榊原遼が苦しげに呟く。


「……そこへ行くな」


月島玲子が振り返った。


「遼?」


「それは、終演の扉だ……」




鉄の扉が完全に開くと、その先には…

下へ続く石造りの階段が現れた。


これまでの地下通路とは明らかに違う。


コンクリートではない。

古いレンガと石積み。

湿った土の匂いが漂ってくる。


神崎が顔色を失った。


「こんな場所……劇場の図面には存在しない……」


黒田慎一がライトを向ける。

階段の壁には、無数の手形が黒く残っていた。


まるで地下から

這い上がろうとした人々の痕跡のようだった。


「嫌な感じがします……」 美緒が修司の袖を握る。


修司も同感だった。

PENTAX LXがこれまで以上に熱を帯びている。


まどかの声が静かに響く。


『この先が “原版” に一番近い場所です』


「………行かなければ終わらない、のか」


玲子がゆっくり頷いた。


「でも気を付けて。あそこでは…

 “記録”と“現実”の境界が…ほとんどありません」




 修司、黒田、美緒、翔太、神崎。




そして玲子とまどかの導きに

従うように、彼らは石の階段を降り始めた。


一段ごとに空気が冷たくなる。

やがて階段の先に、小さな地下広間が現れた。

天井は低く、中央に円形の石舞台がある。


そして壁一面には、古い写真が貼られていた。

修司はライトを近づける。


 戦前の劇団員たち。


 昭和初期の舞台写真。


 そのすべてに、逆さ三日月の紋章が写り込んでいる。


神崎が震える声を漏らした。


「アステリズム座よりかなり古い……

 そんな昔から……ここは使われていたのか……」


翔太が一枚の写真を指差す。


「これ……」


そこには昭和十二年の日付が写っていた。


 地下舞台。


 五脚の椅子。


 そして客席の最後列に、黒いコートの男が立っている。


 顔だけが不自然にぼやけていた。


修司は低く呟く。


「六人目は、十五年前に生まれたわけじゃない……」


『ええ』まどかが答える。


『もっと昔から……ずっと、この場所にいたんです』



  ◆



広間の奥に、小さな祭壇のような石台があった。

その上には古びた台本が置かれている。


表紙には墨で、


 『黒い月』 と書かれていた。


「これが、原本……」 翔太が息を呑む。


修司は慎重にページを開く。

紙は異様なほど保存状態が良い。


最初のページには、作者名がなかった。

代わりに、こう記されている。


   『観客を選ぶための儀式劇』


さらに読み進める。

そこには榊原が持っていたコピーには

存在しなかった……終幕が書かれていた。


 

 『五人の観客が

  舞台を見届けた時、月は六番目を迎える』


そして最後の一文。


 『六番目は、次の観客を選び続ける』


黒田が顔をしかめる。


「完全に呪いの説明書じゃねえか!」



修司は台本を静かに閉じた。

つまり黒い月は………演劇ではない。



  「観客」を選び

   連鎖させるための儀式だった。



     ◆


その瞬間、地下広間の空気が凍り付いた。

祭壇の周囲に黒い霧が立ち込める。

そして霧の中から、ゆっくりと顔のない影が現れた。


 六人目。


今度は以前より、もっと輪郭がはっきりしている。


 長い黒いコート。 細い身体。

 空洞の顔だけが、相変わらず闇になっていた。


影は祭壇の前で立ち止まり、修司を見つめる。

そして低い声で囁く。



     「原本を、読んだな?」



地下広間の壁の写真が一斉に揺れ始める。

まるで見えない風が吹き抜けたようだった。


玲子が修司の前へ出る。


「下がって!」


しかし六人目は玲子を無視し、ゆっくり右手を上げた。

すると壁の写真から、黒い影が次々と剥がれ落ちてきた。


 戦前の役者たち。


 昭和の観客たち。


 十五年前の地下舞台にいた影。


 無数の “記録された観客” が

 広間を埋め尽くし始めた。


 

「こんなの……もう、無理です……」 美緒が涙声になる。


  ◆


 

「玲子、今だ」 榊原が突然前へ出た。


玲子がはっと顔を上げる。


榊原は胸元の逆さ三日月のペンダントを

おもむろに掴み、強く引きちぎった。

黒い煙が噴き出す。

彼の身体がさらに薄くなっていく。


「遼、やめて!」


「俺が席に繋がってる限り

 “あれ” は完全には出て来られない……」


榊原は修司へペンダントを投げた。


「原本を燃やせ!」


修司はペンダントを受け取る。

触れた瞬間、脳裏に大量の映像が流れ込んだ。


 戦前の地下劇場。


 昭和の役者たち。


 観客席に座る無数の人々。


 そして時代を超えて

 常に最後列に、立ち続ける黒いコートの男。


 六人目は、特定の人間ではない。


 「観客を選び続ける役割」そのものだった。



     ◆



六人目が低く笑う。


 「燃やしても終わらない」


黒い影たちが一斉に修司へ迫る。

その時、まどかが強く叫んだ。



『修司さん、カメラと火を一緒に!』



修司はライターを取り出し

原本の最後のページへ火を点けた。

同時にPENTAX LXを構える。


 燃え上がる原本。 

     黒い月の紋章。

 六人目の影。


すべてを一枚に収めるように、シャッターを切る!


 カシャッ!


眩しい閃光が…地下広間を白く染める。

原本の炎が一気に燃え広がった。


 六人目が初めて苦痛の声を上げる。


 『やめろ――!』


壁の写真が次々と灰になっていく。

黒い影たちも崩れ始めた。


玲子の歌声が響き、まどかの銀色の光が炎と重なる。

地下広間全体が激しく揺れた。


天井から砂と石片が落ち始める。


 「崩れるぞ!」 黒田が叫ぶ。


しかし炎の向こうで

六人目はまだ完全には消えていなかった。


空洞の顔だけが闇の中に残り


最後にこう囁いた。


      「……終演は、まだ先だ……」


次の瞬間、祭壇の床が大きく裂け

地下のさらに深い闇が口を開いた。


その闇の底から

誰かが拍手を始める音が聞こえてきた。


 パチ……パチ……パチ……。



本当の観客が、まだ地下の最深部では

開演を待ち望んでいるかのように……音は響いていた



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