表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
22/33

第22話 六番目の席



燃え続ける五番目の席の炎が、地下劇場の壁に不気味な影を踊らせていた。

しかしその隣――六番目の席は、炎とは無関係にゆっくり黒く染まり続けている。


   ジュワ……………。


まるで見えない液体が木へ染み込んでいくようだった。

月島玲子の顔から血の気が引く。


「最初から六つ……?!」


榊原遼も虚ろな目で六番目の席を見つめている。


「俺たちは……ずっと勘違いしていたんだ……」


相良修司は燃える席と黒く染まる席を交互に見た。


「五番目を壊しても…終わらないのか?」


玲子は苦しそうに頷く。


「 “あれ” は、…空いた席へ…また、移るだけ……」


黒田慎一が舌打ちした。


「モグラ叩きじゃねえか!!」




その時、観客テープのリールが

さらに激しく回転し始めた。


 ブゥゥゥゥゥゥン――。


バッグの中から勝手にテープが

引き出され、床へ蛇のように広がっていく。


「テープが!」 美緒が悲鳴を上げた。


修司が掴もうとした瞬間

テープから大量の声が溢れ出した。


 『開演!』


 『席へ!』


 『月が満ちる!』


何十、何百ものくぐもった声。


地下劇場全体が見えない観客で、埋め尽くされたようだった。神崎は耳を塞ぎ、その場にうずくまる。


「やめろ!!……聞きたくない……!」


まどかが鋭く言った。


『修司さん、テープを切ってください!』


修司はポケットナイフを取り出し

床を這うテープへ、急いで刃を当てた。


 ザクッ!


切断された瞬間、声の大半は消えた。

だが完全には止まらない。

切れたテープの断面から

かすかな拍手だけが漏れ続けていた。



地下劇場の奥で、榊原の姿がさらに不安定になる。

輪郭が崩れ、黒い煙のようなものが身体から立ち上っていた。


玲子が彼に駆け寄る。


「遼!」


榊原は苦しそうに顔を上げる。


「玲子……あまり時間がない……」


「まだ戻れる!」


「無理だ……俺はもう席に 記録されてる……」


修司は一歩前へ出た。


「記録を消す方法は?」


榊原は震える手で舞台中央の黒い円を指差す。


「あれは “月の原版” だ……」


「原版?」


「国立の地下も、三鷹の録音室も

 全部あれの複製に過ぎない……!!」



つまり………

このB-13地下劇場こそが、黒い月の中心だった。


  


突然、六番目の席がギシリと大きく軋んだ。

誰も座っていないはずなのに、座面がゆっくり沈み込む。

まるで見えない誰かが腰を下ろしたように。


修司はファインダーを覗く。

六番目の席に、黒い影が座っていた。


 顔は空洞。


 あの六人目だ。


影はゆっくり修司を見上げ

口のない顔で、笑ったように見えた。

そして地下劇場の照明が一斉に消える。


 ーーー 闇。


次の瞬間、客席のあちこちで椅子が軋む音が連続した。


 ギシ……ギシ……ギシ……。



十三の席すべてで、見えない観客が立ち上がっている。



「怖い……」 美緒が修司の腕にしがみつく。


「どこにいる!」 黒田がライトを振り回す。


しかし光は闇を切り裂くだけで、何も映さない。

その時、玲子の歌声が再び響いた。


低く、静かな旋律。


すると闇の中で軋み音が少し弱まる。


榊原が苦しげに言う。


「玲子の歌は……席を眠らせる……」


「じゃあ歌い続ければ」


「……一時的にしか止められない……」


榊原は修司を見つめた。


「原版を壊せ!」


舞台中央の黒い円。


そこからは、今も冷たい風が

渦を巻いて吹き上がっている。


まどかが低く囁く。


『でも直接触れるのは危険です』


ーー他に方法は?


『修司さんのカメラです』


 PENTAX LX。


神ノ島事件以来、霊的な存在をどうにかする力を持つようになったカメラ。


『黒い月も “記録” の一種ですから』


まどかの声が真剣になる。


『だから、もっと強い記録で

 ………上書きが、できるかもしれません!』


     ◆


修司はカメラを構え、黒い円へ向ける。

ファインダー越しに見ると

円の中には、無数の顔が浮かんでいる。


 泣いている顔。


 笑っている顔。


 そして客席に座る観客たちの影。


 その中心に、六人目の空洞の顔があった。


シャッターを切ろうとした瞬間

黒い円から…長い、腕のような影が伸びてきた。


修司の足首を掴む。氷のように冷たい。

視界が揺らぎ、耳元で無数の声が囁いた。


 『座れ!』


 『見ろ!』


 『記録されろ!』


修司の身体が黒い円へ引き寄せられる。


「修司!」黒田が叫んだ。


彼は修司の腕を掴んで引き戻そうとする

ただ、見えない力が強すぎた。


美緒も必死に修司の肩を支える。


「相良さん!」


その時、玲子が歌を止め、強く叫んだ。


「まどかさん!」



次の瞬間、PENTAX LXが眩しい銀色の光を放った。

ファインダーの中から

四宮まどかの姿が……半ば実体化する。


長い髪を揺らし

彼女は修司と黒い円の間に立った。


まどかは修司を振り返り

いつもの穏やかな笑みを浮かべる。


「修司さん、撮ってください!!」


彼女の身体から光が溢れ、黒い腕を焼き払っていく。

修司は息を整え、カメラを構え直した。


 黒い円。


 六人目の空洞の顔。


 そしてそれに立ち向かう玲子とまどか。


すべてを一枚に収めるように、シャッターを切る!


 カシャッ!


眩しい閃光が地下劇場を満たした。

同時に、黒い円から凄まじい絶叫が響き渡る。


 『記録するなァァァァ!』


地下劇場全体が激しく揺れた。

客席の椅子が次々と倒れ

六番目の席から黒い煙が噴き上がる。


榊原が苦しそうに叫ぶ。


「効いてる……! でも原版はまだ……!」


閃光が収まった時

黒い円の中央には大きな亀裂が走っていた。


 しかし完全には壊れていない。


その亀裂の奥から、さらに深い闇がゆっくりと覗いていた。そして闇の底から、低い笑い声が響く。


 「まだ……終演ではない…」


地下劇場の奥

これまで閉ざされていた何かが

ゆっくりと口を開き始めていたーー。



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ