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第12話 六人目



闇が地下室を飲み込んだ。

ライトが一斉に消え、国立の地下に残ったのは冷たい風の唸りだけだった。


風間美緒が小さく悲鳴を上げる。


「翔太!」


相良修司は即座にカメラを胸元へ引き寄せた。

すると、カメラのファインダー部分から淡い銀色の光が滲み始める。


 まどかの力だった。


『修司さん、落ち着いてください』


わずかな光が周囲を照らし、黒田慎一がポケットから予備のLEDライトを取り出した。


 カチッ。


白い光が再び地下室を照らし出す。


だが先ほどまで閉じていたはずの入口の木扉には、内側から深い爪痕のような傷が五本刻まれていた。


黒田が低く呟く。


「今の、風で閉まった音じゃねえぞ」

修司は無言で翔太を確認した。


結城翔太はまだ意識がある。

だが呼吸は荒く、額の傷から再び血が滲み始めていた。


「美緒さん、圧迫して」

「は、はい!」

美緒はハンカチを取り出し、震える手で翔太の額を押さえる。


翔太は苦しそうに目を開いた。


「……来たのか……」

「何が来た?」


修司が静かに問う。

翔太の視線は、修司ではなく円形部屋の中央へ向いていた。


巨大な黒い円。

その表面が、水面のようにゆっくり波打っている。

立花圭介が青ざめた声を漏らす。


「嘘だ……十五年前の、あの時と同じだ……」


     ◆


 修司は翔太の肩を支えた。

「何があったのか話せるか」


翔太は何度か浅い呼吸を繰り返し

途切れ途切れに語り始めた。


「大庭から……連絡が来たんだ……」

「大庭沙耶か?」


翔太は頷く。


「“黒い月を終わらせる方法が見つかった”って……それで、ここへ来た」


黒田が眉をひそめる。


「大庭はいたのか?」

「最初は……いた……でも途中で、玲子さんが現れた」

「玲子さんを見たの?」 美緒が息を呑む。


「白い服で……泣いてた……“まだ一人足りない”って……」


その言葉は、修司たちが先ほど聞いたものと同じだった。

翔太は震える手で黒い円を指差す。


「あそこに……六人目がいる……」


修司はライトを向けた。

円の中央には何もない。


だがファインダーを覗いた瞬間、景色が変わった。


黒い円の上に、ぼんやりと六つの人影が立っている。


 結城翔太。


 立花圭介。


 大庭沙耶。


 榊原遼。


 月島玲子。


そして最後の一人だけが、顔のない黒い影だった。

修司は思わず息を止める。


『見えましたか』


 まどかの声が震えている。


『あれが“六人目”です』


  ◆


その時、地下室のどこかで金属が擦れる音がした。


 ギィ……。


全員が振り向く。

奥の崩れた壁の向こうから、誰かが歩いてくる音がする。


 コツ……コツ……。


黒田が立ち上がり、ライトを構えた。


「誰だ!」


足音は止まらない。

やがて暗闇の中から、一人の女が現れた。


 長い髪。

 黒いコート。

 年齢は三十代半ばほど。


修司はすぐに写真の顔と一致させた。


「大庭沙耶……」

女は立ち止まり、疲れ切った目で彼らを見た。


「翔太……生きてたのね」


「あなたが呼び出したんですか!?」

美緒が警戒した声を上げる。


「終わらせたかったの……本当に」

大庭はゆっくり頷いた。

 

立花が怒鳴る。


「ふざけるな! お前がまた脚本を掘り起こしたんだろ!」


 大庭は苦しそうに顔を歪めた。


「榊原の遺品を整理していた時に見つけたのよ。あの脚本を」


「だから再演したのか?」

「違う!!……最初は封印するつもりだった」


彼女は黒い円を見つめる。


「でも読んでいるうちに

 玲子の声が聞こえるようになった。

   ……… “まだ終わっていない”って」


地下の空気が再び冷たくなる。

修司は鋭く問いかけた。


「十五年前、本当は何があった?」


大庭はしばらく黙っていた。

そして、覚悟を決めたように口を開く。


「玲子は失踪したんじゃない」

地下室の空気が凍り付く。


「どういう意味だ」


「私たちは……玲子を置き去りにしたの」


  ◆


 大庭の声は……震えていた。



「千秋楽の夜、玲子は突然舞台を降りて地下へ走った。私たちは追いかけたけど、奥の部屋で玲子が黒い円の中央に立っているのを見た」


彼女の視線が、今まさに彼らがいる部屋へ向けられる。


「玲子は“六人目が来た”と叫んでいた。そして榊原が……」


大庭は唇を噛んだ。


「“今なら完成する”って言ったの」


立花が顔を覆う。


「やめろ……」


「榊原は本気だった。

 玲子を円の中央に残したまま、扉を閉めようとした」


 美緒が信じられないという顔をする。


「そんな……」

「私は怖くなって逃げた。立花も、翔太も……みんな逃げた」


「俺たちは……玲子を助けられなかった……」

立花が苦しそうに呻く。


修司は静かに整理する。


「つまり、月島玲子は…地下に取り残された」


「ええ。でも翌日、警察が調べても誰も見つからなかった。だから“失踪”として処理されたの」


翔太が弱々しく呟く。


「俺たちはずっと……

 玲子を見捨てたことから逃げてた……」


  ◆


その瞬間、黒い円の中央から冷たい風が吹き上がった。

円の表面が激しく波打ち始める。

まるで底のない水面のように。


大庭が青ざめて後退る。


「また開く……!」


ライトが激しく明滅する。

そして、円の中央に白い人影が浮かび上がった。


 月島玲子。


今度は半透明ではない。

濡れた髪を垂らし、悲しげな目で彼らを見つめている。


「玲子……」 立花が震える声で言った。


玲子はゆっくり首を横に振った。

そして修司を見た。


その視線には、先ほどまでの悲しみとは別の強い意志が宿っていた。


彼女は静かに口を開く。


今度は、はっきりと声が聞こえた。


「違う」


地下室に女の声が響く。


「私を閉じ込めたのは…… “あれ” 」


玲子の背後で、黒い円の中心がゆっくりと裂け始めた。


闇の裂け目。


そこから、長いコートを着た男の影がゆっくりと立ち上がる。


榊原遼――ではない。


 顔がない。


黒い空洞だけがそこにあった。


まどかが悲鳴のように叫ぶ。


『修司さん! それが六人目です!』


影はぎこちなく首を傾け、修司たちを見回した。

そして、何人もの声が重なったような不気味な声で囁いた。


「……観客が、揃った」


次の瞬間、地下室の五脚の木椅子がギィッと音を立て、一斉に修司たちの方へ向きを変えた。


まるで、舞台の開演を待つ観客のように。



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