表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
11/33

第11話 深まる謎


黒い円の中央で、月島玲子が静かに立っていた。

白いワンピースの裾は地下の風もないのにゆっくり揺れている。

そして彼女の足元で、五つ目の小さな円が濡れた墨のように広がっていく。


 ゴォン――ッ!


再び、遠くで金属扉が閉まる音が響いた。

地下全体がわずかに震える。


黒田慎一が舌打ちした。

「出口が閉じたら洒落にならねえぞ!」


立花圭介は顔面を蒼白にして後退る。

「来るな……また始まる……!」


 修司は LXを強く握り締めた。


『修司さん、玲子さんは敵じゃありません』


 まどかの声が耳の奥で響く。


『でも何かを伝えようとしています』


玲子は修司を見つめたまま、ゆっくり右手を上げた。

その指先が示したのは、地下空間のさらに奥。


黒い円の向こう側にある、半ば崩れた通路だった。


「奥に…行けというのか?」


玲子は答えない。


だが次の瞬間、彼女の姿は霧のように薄れ、完全に消えた。同時に、地下の冷気が一気に弱まる。


美緒が震える声で言った。


「今の……本当に見えましたよね……?」

「俺にも見えた」

 黒田の声も珍しく硬い。


「つまり、……集団幻覚じゃない…ってことだ」


  ◆


立花は壁に背を預け、荒い呼吸を繰り返していた。

「十五年前と同じだ……玲子はいつも

 奥へ行こうとしていた」


修司は彼を見据える。


「奥に何があるんです?」


立花はしばらく黙っていたが、やがて低い声で答えた。


「地下スタジオの旧舞台」


「旧舞台?」


「防空壕の一番奥に小さな空間がある。

 俺たちはそこを

 実験劇の舞台として使っていたんだ」


黒田が眉をひそめる。


「防空壕の奥で芝居とか、正気か?」

「榊原は 閉ざされた地下の方が…

 儀式に向いている と言っていたんだ」


その言葉に、美緒が身を縮めた。

修司は冷静に問いを重ねる。


「榊原遼は、何をしようとしてたんです?」


立花はペンダントを握り締める。


「あいつは“月の花嫁”という役を特別視していた。舞台の最後に、その役者が黒い月の中央へ立つことで、現実と舞台の境界が消えると信じていたんだ」


「つまり月島玲子がその役だった」

「そうだ」


立花の目に、今も消えない後悔が浮かぶ。


「玲子は最初、ただの演出だと思っていた。でも稽古が進むにつれて、本当に何かを見るようになった」


「何を?」


「 “六人目” を」


地下通路の奥から、ポタ……ポタ……と水滴の音が響く。

まるで誰かがゆっくり近づいてくる足音のようだった。


  ◆


修司たちは玲子が指し示した、奥の通路へ進むことにした。

立花も渋々ついてくる。

通路は次第に狭くなり、天井も低くなっていく。


壁には古いチョークの落書きが残っていた。


 LUNA


 NERA


 OPEN


英語とイタリア語が混ざった奇妙な文字列。

黒田がライトを向けながら呟く。


「完全に秘密結社だな」


修司は床に目を落とした。

薄い埃の上に、比較的新しい足跡が残っている。

一人分ではない。  少なくとも二人。


「翔太以外にも誰か来ている」


立花が険しい顔をする。


「大庭かもしれない」

「大庭沙耶さん?」


「あいつは脚本家になった後も

  “黒い月” に取り憑かれていた。

 何度も再演しようとしていたんだ……」


 美緒が驚く。


「じゃあ今回の舞台も……」

「おそらく大庭が榊原の旧脚本を持ち出した」


点が繋がり始める。

榊原遼が書いた実験劇。

大庭沙耶が掘り起こした旧脚本。

結城翔太が異変に気付き、地下を調べ始めた。


そして失踪した。


  ◆


通路の突き当たりに、木製の古い扉が現れた。

腐食しているが、中央には逆さ三日月の紋章が焼き印のように刻まれている。


立花が立ち止まった。


「ここだ」


彼の声はかすれていた。


「十五年前、玲子が最後に入っていった部屋……」


修司はそっと扉に手を掛ける。

冷たい。 まるで氷に触れたような温度だった。


ゆっくり押す。


 ギギギ……という重い音と共に扉が開いた。


  ◆


部屋は円形だった。

直径五メートルほどの小空間。

天井はドーム状になっており、中央だけがわずかに高い。

そして床には、巨大な黒い円が描かれていた。


新宿の舞台よりも、先ほどの地下倉庫よりも古い。

何度も上塗りされた墨の層が、異様な光沢を放っている。


その周囲には五脚の古い木椅子。

まるで観客席のように円を囲んでいた。


「ここ……舞台そのものだ……」

 美緒が震える声を漏らす。


修司のライトが床の中央を照らす。

そこには新しい痕跡があった。


乾ききっていない赤黒い染み。


「血か?」 黒田が顔をしかめる。


修司はしゃがみ込み、慎重に確認する。

鉄臭い匂い。…間違いない。


「かなり新しい」 立花が後退った。


「まさか……」


その時、美緒が部屋の隅を指差した。


「あれ!」


そこには黒いリュックが落ちていた。

美緒が駆け寄り、中を開ける。


 ノート。

 ペンケース。

 そして劇団アステリズムのロゴ入り台本。


「翔太のです!」


修司は台本を受け取った。

ページの大半に赤い書き込みがある。

ラストシーンには大きく×印が引かれ

その横にこう書かれていた。


 『五人目は観客』


さらに別のページ。


 『玲子は閉じ込められている』


修司の眉がわずかに動く。


「閉じ込められている……?」


その瞬間、部屋の奥からかすかな呻き声が聞こえた。


全員が凍り付く。


黒田が素早くライトを向ける。


円形部屋のさらに奥

崩れた壁の隙間に、人が横たわっていた。


  ◆


修司と黒田はすぐに駆け寄った。


痩せた若い男。  黒髪。

顔色は青白く、額には乾いた血がこびりついている。


「翔太!」 風間美緒が悲鳴を上げた。


結城翔太だった。生きている。

呼吸は浅いが、胸がかすかに上下している。


美緒は膝をつき、震える手で彼の肩を支えた。


「翔太! しっかりして!」


翔太の瞼がわずかに動く。

焦点の合わない目が修司たちを見た。


「……来るな……」 かすれた声。


修司は冷静に脈を確認した。


「意識はある。頭を打っている可能性が高い」


 翔太は美緒の腕を掴み、震える声で続けた。


「まだ……終わってない……」


「誰にやられた?」 修司が問う。


 翔太の目が恐怖に見開かれる。


「榊原じゃない……」


 立花が息を呑む。


「榊原は……死んでるはずだ」


 翔太は首を振る。


「違う……六人目が……いる……」


その瞬間、円形部屋の入口がバタンッと激しく閉まった。

ライトが一斉に消える。


       完全な闇。


地下のどこかで、女の笑い声がゆっくりと響き始めた。

そして闇の中で、翔太が最後の力を振り絞るように囁いた。


「……玲子さんを、月から出してやってくれ……」


次の瞬間、黒い円の中央から

冷たい風が渦を巻くように吹き上がった。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ