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「連載版」いつも後回しの私に、公爵様だけが気づきました  作者: 夢見叶
第7章 リナルドが30年保管した手紙の、封が切られた

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第33話 4年間を、誰かに見てほしかったのです

 フィリーネの手が、止まった。


 止まったことに気づいた。気づいてから、もう1度手を動かした。茶碗を持ち上げた。口をつけた。温度は正しかった。カミーラが正しい温度で用意した茶だった。


「……お聞きになりましたか」


 カミーラが声を低くした。待っている声だった。問い詰める声ではなかった。


「……はい」


 カミーラが静かに目を細めた。笑ったのではなかった。何かを確認した顔だった。「そうですか」と言った。


 部屋が静かになった。窓の外の庭の木が、少し揺れた。光が変わった。窓辺の白い花の影がテーブルを横切った。フィリーネは窓を見た。あの花の名前が、まだ出てこなかった。


「セドリック様は」とカミーラが言った。「あなたにだけ、話すのですか」


 「話す」という語が何を指しているのかを、フィリーネは確かめていた。


「……どういう意味でしょうか」


「4年間、レオンハルト邸でセドリック様と公式の場で言葉を交わしました。でもそれは——話すことではなかった」カミーラの指先が、テーブルの縁に置かれた。「あなたとセドリック様は、話しておられると聞きました」


「……聞かれたのですか」


「80度のお茶を出される方がいると」


 フィリーネの指先が、止まった。



「4年間、私は正しいことをしていると思っておりました」


 カミーラが顔を上げた。灰色の目がまっすぐだった。責める色はなかった。


「故公爵様が遺された言葉があります。カミーラに、と。その言葉を——4年間、約束として持っていました」


「……はい」


「でも」カミーラが少し間を置いた。「あの言葉が何だったのかを、最後まで確かめないまま、今まで来ました」


 フィリーネは聞いた。用意していた言葉がどこかへ行っていた。持ち込んだ論拠が、何に使うのかわからなくなっていた。


「フィリーネ様に、お聞きしたいことがあります」


「はい」


「あなたは——なぜ、来られたのですか」


 フィリーネはカミーラの顔を見た。攻撃的な顔ではなかった。本当に聞いている顔だった。


「確かめに参りました」


「何を」


「カミーラ様が何を言いに来られるのかを——聞かずに判断したくなかった」


 カミーラがもう1度「そうですか」と言った。今日3度目の言葉が、今日一番温かかった。



「4年間を」とカミーラが言った。「ずっと、誰かに見てほしかったのです」


 フィリーネは手を膝に戻した。動かなかった。


「待っていた、とも言えます。でも——待っているつもりはなかった。ただ、4年間の私の選択を——見ている人が、いなかった」


 窓辺の花が光の中にあった。白い、小さな花だった。


「フィリーネ様は」とカミーラが言った。「いつも、ご自分で選んでおられますね」


「……どうでしょうか」


「今日も——一人でいらした」


「はい」


「私は」カミーラが窓辺の花を見た。「4年間、誰かに選んでもらえると信じて動いていました。約束があると思っていたから」


 しばらく、どちらも言葉を出さなかった。庭の木が揺れた。光がまた変わった。


「……あなたは花を選ぶ人ですね」


 カミーラの声が静かだった。断定ではなかった。確認だった。


「私は——花を見せる人でした」



 フィリーネは返せなかった。


 持ち込んだ言葉の中に、この言葉への答えはなかった。論拠も、正しい温度の返しも、なかった。


「カミーラ様」


 用意していた声ではなかった。


「……カミーラ様も——誰かに花を選んでもらう権利があります」


 カミーラが止まった。長い間だった。


「……そうですね」と言った。「そうですね」をもう1度言った。1度目と2度目の間に、何かが変わっていた。


 2杯目の茶が冷めかかっていた。カミーラが気づいた様子だった。でも何もしなかった。そのままにした。


「4年間を」とカミーラが言った。「誰かに見てほしかったのです。ただ——それだけでした」


 フィリーネの手が、膝の上にあった。指を押さえていた。22年間の仕草だった。でも今日、押さえているのは自分の感情ではなかった。カミーラの声が静かに落ちるのを——受け止めていた。



 しばらく後、カミーラが立った。


「今日は来てくださってありがとうございます」


「こちらこそ、お時間をいただきまして」


 2人で一礼した。


「1つだけ」とカミーラが言った。「お聞きしてもよろしいですか」


「はい」


「セドリック様は」カミーラが窓の外を見た。「……お幸せそうですか」


 フィリーネは少し考えた。


「……わかりません」


「そうですか」


「ただ」フィリーネが言った。「やかんを壊したと、伺っています」


 カミーラが小さく息をついた。「やかんを」と言った。笑いではなかったかもしれない。でも、少し、表情が変わった。


「……そうですか」


「80度のお茶を再現しようとして、3足の靴を履き替えて、やかんを壊した——そういう方です」


 カミーラが窓辺の花を見た。白い、小さな花が午後の光の中にあった。しばらく見ていた。


「……そうですか」と、もう1度だけ言った。



 玄関で一礼して、レオンハルト邸を出た。


 馬車が待っていた。御者が扉を開けた。乗り込んだ。扉が閉まった。石畳の音が始まった。


 窓の外に、邸の壁が流れていった。通りに出た。馬の蹄の音が変わった。遠くなった。


 フィリーネは窓の外を見た。


 用意していた言葉を1つも使わなかった、と確かめた。確かめてから、それが失敗だったかどうかを考えようとした。わからなかった。失敗という感じがしなかった。勝ったという感じもなかった。


 カミーラが何かをしかけてきた場面があっただろうか。返すべき攻撃があっただろうか。馬車の中で探した。見つからなかった。


 あったのは——「そうですね」が1度目と2度目で温度が違った、その瞬間だけだった。


 カミーラは「誰かに見てほしかった」と言った。見てほしかったのに、見ていた人がいなかったのだと言った。4年間、ただそれだけだったと言った。


 フィリーネは窓の外の屋根を数えていた。数え始めてから、なぜ数えているのかわからなくなった。やめた。


 窓辺の白い花の名前が、馬車の中でも出てこなかった。名前のわからないまま午後の光の中にあった花が、まだ目の裏にあった。カミーラが窓辺の花を見た顔も、まだあった。


 「そうですか」を何度も言う人だった——とフィリーネは思った。「そうですか」の温度が、言うたびに変わっていた。最後の「そうですか」は、最初のものと全く違っていた。


 帰ったら——と思った。


 帰ったら何をするか。その先を考えかけて、止まった。帰ったら何かが待っている、という感触が先に来た。何が待っているかは、まだわからなかった。


 石畳の音が変わった。公爵邸のある通りに入っていた。

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