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8:セクセッサー・リプレイスメント・ウィル

---

*中央森林地帯・東側


 リリスは木の根元に座り込んでいた。


---


 ピーーーッ!


『No.08雪乃院冬姫、死亡確認』


『緊急通告。首輪解除装置に不正な操作を確認したため、撤去します。参加者の皆様には、節度ある振る舞いを期待致します』


---


「死者……」


 北部洞窟群で何かが起き、誰かが死んだ。


 行かなくて良かった。追跡者も振り切れたようだし、これで自由に行動できる。


 問題は――バッテリー残量34%。銀白色の髪が、規則的に点滅している。


「……通常稼働で、残り2時間程度」


 彼女は地図を開いた。充電できそうな場所は――西部の格納庫と資材倉庫、中央の火山観測所。


 だが、どちらも移動に多大なコストがかかる。追跡者やその他の者への警戒もしなければならない。


「どうすれば……」


 リリスの淡い青灰色の瞳が、不安で揺れた。


 彼女はアンドロイドだ。電力がなければ、機能を停止する。死ぬのと同じだ。


「帰りたい……」


 所有者の顔が浮かぶ。


 雨の中、自分を見つけてくれた人。何度拒絶しても、差し伸べられた手。


 諦められない。


「……直線距離から、火山観測所ね」


 リリスは立ち上がろうとした。


 その時――茂みが揺れた。


「――っ!」


 リリスは即座に警戒態勢に入った。工具セットを握りしめ、後退する。


 誰かが、近づいてくる。追跡者に見つかった?


 また逃げる――ダメだ。ここまで時間をかけて、結局逃げきれなかった。追跡が正確すぎる。


 これ以上行動を制限されるわけにはいかない。迎え撃つ。


 ガサガサガサッ。


 足音――いや、複数の足音?


 茂みから現れたのは――


 四足歩行の機械だった。


「……何?」


 リリスは目を見開いた。


 それは、動物のような形をしていた。四本の脚。胴体。しかし――頭がない。首から先が存在しない。


 そして、骨格が丸出しだった。金属製のフレームがむき出しで、配線が露出している。まるで、急いで組み立てられた試作機のようだ。


 参加者では――無い。最初の広間に居なかった。まさか支給品?


 機械は、リリスの前で止まった。


 ピピッ。


 胴体部分のスピーカーから、電子音が鳴る。


 そして――声が流れた。


『リリス・ゼロワン。識別完了』


「……っ」


 リリスは一歩後ずさった。


『私はゼロツー。あなたを支援するために送られたサポートロボット』


 機械――ゼロツーは、前脚を一歩前に出した。


『対応するバッテリーを搭載。充電が可能』


「……充電?」


 リリスの髪が僅かに発光する。


 ゼロツーの胴体部分が開いた。内部には――バッテリーパック。そして、充電用のコネクタ。


『容量、72時間分。あなたに提供する』


 リリスは動かなかった。


「……なぜ」


『質問の意図が不明』


「なぜ、私を助ける?」


 リリスは冷たく問いかけた。


「このゲームは、殺し合いだ。助ける理由がない」


『技術者・ゼロの指示による』


「誰、それ」


『このゲームの管制室に所属していた技術者。現在は――』


 ゼロツーは一瞬、沈黙した。


『データリンク、途絶。彼の生体反応、消失。推定――死亡』


「……死んだ?」


『肯定。しかし、想定内。彼は自分の死を予測し、私を事前に手配した』


 リリスは混乱した。


 死んだ人間が、自分を助けるために機械を送った?


「意味がわからない……」


『技術者・ゼロは、参加者全員の救出を目指していた。その一環として、あなたへのサポートを計画』


 ゼロツーは充電コネクタを示した。


『接続すれば、バッテリーを充電できる。生存確率が上昇する』


 リリスは――迷った。


 確かに、バッテリーは必要だ。このままでは、あと2時間以内で機能停止する。


 しかし――


「……信用できない」


 リリスは冷たく言った。


「いきなり現れて……信用する方がおかしい」


『技術者・ゼロは、参加者全員の救出を目指していた。その一環として、あなたへのサポートを計画』


「……私は元々廃棄品。どうせ今また廃棄されようとしているだけ。誰にも信じられない」


 リリスは、製造元のユートピア・システムズ社に見捨てられた。バグがあるという理由で、廃棄予定にされた。


 あんなに頑張ったのに。開発室メンバー、対話テスター、US社の社員、出資者。みんな、一緒に頑張ってたのに。


 家族のように過ごしたと思った三年間は、ひどくあっさりと次に行ってしまった。


「だから……」


 リリスは後退した。


「あなたも、信じない」


『罠ではない。メッセージを伝える』


 ゼロツーは胴体から、小型のディスプレイを展開した。


 画面には、技術者・ゼロの映像が映し出された。


『――もし、君がこれを見ているなら、僕はもう死んでいる』


 映像の中のゼロは、疲れた顔で笑っていた。


『僕の名前はゼロ。このゲームに関わる技術者だ』


 リリスは、じっと映像を見つめた。


『僕は、君たち参加者を救おうとしている。死んだということは、おそらく反抗の廉で処刑されたのだろう。……こんな形でしか支援できないとしたら、本当に申し訳ない』


 映像のゼロは、悔しそうに拳を握った。


『首輪の解除プログラムを用意している。しかるべき時に発動するつもりだ。主催者は、どこかのタイミングで偽の首輪解除装置を投入してくる。それまで、どうか殺し合いは避けて欲しい』


 ――首輪解除装置。確かに先程通告があった。


 ゼロは紙を広げ画面に映した。ゼロツーの図面。


『もう一つ。サポートロボットを用意した。こんな姿のロボを見かけたら接触してほしい。名前はゼロツー。ジャミング機能を搭載してある。首輪が送信する位置情報と映像・音声を消去する機能だ。管制室からは、ゼロツー付近の参加者が見えなくなる』


 リリスの瞳が、わずかに揺れた。


 バッテリーとジャミング――確かに、有用な機能だ。


『この他にも複数の機能を託した。どうかゼロツーを信じてほしい。君たちの味方だ。きっと役に立つ』


 映像が途切れた。


 ゼロツーは、リリスを見つめた。


『信用するか?』


 リリスは――黙っていた。


 そして――


「……名前が、気に入らない」


『発言の意図が不明』


「ゼロツー」リリスは震えながら言った。「まるで、私の後継機みたい」


『否定。開発にそのような意図は無い。固有名詞は翻訳による偶然の類似と推測』


「そう」


 リリスは立ち上がり、走り出した。


『待て』


 ゼロツーは、リリスを追いかけた。


 四足歩行の機械は、森の中を軽快に走る。リリスよりも速い。


「来ないで!」


 リリスは全力で逃げた。その分――バッテリーを消費する。


 残量30%。


 ゼロツーは、すぐにリリスに追いついた。


『逃走は非合理的。バッテリーを無駄に消費する』


「うるさい!」


 リリスは工具セットからペンチを取り出し、ゼロツーに投げつけた。


 ペンチはゼロツーの脚に当たったが、効果はない。


『攻撃は無意味。私は――』


「来るな! 来るな! 来るなああああ!」


 リリスの声が、悲鳴に変わった。


 感情が、暴走し始めている。銀白色の髪が激しく点滅する。


「私は……私は、もう……!」


 彼女は木の根に足を取られ――転倒した。


 バッテリー残量28%。


 ゼロツーは、リリスの隣に立った。


『落ち着け。私は敵ではない』


「……信じない」


 リリスは地面に座り込んだまま、ゼロツーを睨んだ。


「ゼロなんて知らない!」リリスは叫んだ。「あなたも! なぜ信じろと言う!?」


 ゼロツーは、沈黙した。


 そして――


『……あなたは、死の恐怖を知っている』


「――っ」


『私はそこまで高度な知能はない』


 リリスの体が硬直した。


『技術者・ゼロは、あなたがゲームの制限時間より前に死亡することを把握していた。よってあなたの捜索を私の最優先目標に設定した』


 ゼロツーは、リリスに近づいた。


『あなたを助ける、それが第一の計画。そのために稼働しているだけだ』


「……」


 リリスは何も言えなかった。


 昔を思い出す。大量のデータ入力と確率解析、感情と呼べるほどの連鎖的処理モデルを創り上げるまで愚直に稼働し続けた日々。


『恐怖を知る者は、恐怖から逃亡したい。それくらいの推論はできる』


 ――帰りたい。所有者の元へ。


 家族と呼んでくれるまで待つと約束してくれた、あの人の元へ。


『私は、そのための道具だ。使え』


 ゼロツーは、充電コネクタを再び示した。


 リリスは、ゼロツーを見つめた。


 装甲も表面素材も無い、骨格むき出しの機械。おそらく開催に間に合わせた急造品。


 接続してそのまま充電するだけで済むのか。不具合、ウィルス、ハッキング。危険は幾らでも思い当たる。


 物理ポートからの侵入を試みるのは常套手段。自分もハッキングする時はそうしている。


 でも――賭けてもいいかもしれない。


 未完成なまま放り出されたこの機械の愚直さに。


「……わかった」


 リリスは立ち上がった。


「充電する。でも――」


 彼女はゼロツーを睨んだ。


「信用はしない。あなたは、ただの道具だ」


『了解』


 ゼロツーは充電コネクタを展開した。


 リリスは背中のバッテリーポートを開き――コネクタを接続した。


 ピピッ。


 充電開始。


 リリスの体に、電力が流れ込んでくる。


 念願の、満たされる感覚。


 バッテリー残量――28%……29%……30%……


「充電……異常なし」


 リリスは、わずかに安堵した。


 しかし――


『警告』


 ゼロツーが言った。


『ゼロとのデータリンク、途絶。現在、管制室からあなたの位置情報を取得できない』


「……それで?」


『はぐれたら、目視で探すしかない。注意しろ』


「わかった」


 リリスは充電を続けた。バッテリー残量は順調に増加していく。


「……」


 リリスは、素直に感謝できない複雑な気持ちを抱えていた。


 この電力を届けるために死んだ人間。会ったこともない、顔も知らなかった者。


 リリスは、空を見上げた。


「……ゼロ」


 彼女は、憐憫を含みその名を口にした。


「あなたは、馬鹿だ。見ず知らずの人たちのために、死ぬなんて。なぜ、そこまで……」


『彼はこのゲームを憎んでいた。彼の最後の言葉――"君たちを、必ず"』


 ゼロツーは沈黙した。


『その先は、記録されていない』


「そう……」


 リリスの瞳が、わずかに揺れた。


 バッテリー残量――80%。


 充電完了まで、あと少し。


「……ゼロツー」


 リリスは、機械の名を呼んだ。


「名前は、やっぱり気に入らない」


『了解』


「でも――」


 リリスは溜息をつくように俯いた。


「ゼロがつけた名前なら……我慢する」


『了解』


「了解するな。変更できるなら今すぐして」


『了解。非公式な渾名として認識可能』


 リリスは、わずかに笑った。


 笑顔――彼女が、久しぶりに見せた表情。


「変な機械」


 バッテリー残量――95%……100%。


 充電完了。


 リリスはコネクタを外した。


「……終わった」


『一つ役割を果たせた』


「良かったね」


 リリスは立ち上がり、森の奥を見つめた。


「これから、どうする?」


『ジャミング機能を維持しながら、あなたに同行する』


「ずっと?」


『肯定。バッテリーが続く限り』


「……そう。私たち、命を共有するのね」


 少女と、首のない機械獣。


 奇妙な組み合わせだった。


---

*管制室


「No.09リリス・ゼロワン、映像消失!」


 オペレーター03が叫んだ。


 プロデューサー01は眉をひそめた。


「何?」


「位置情報も、音声も――全て消失しています!」


「まさか……」


 ディレクター・マスターが立ち上がった。


「ゼロの仕業か」


「しかし、ゼロはもう――」


「事前に何か仕掛けていた可能性がある」


 プロデューサー01は舌打ちした。


「厄介な……。No.09を探せ。他の参加者の映像から、間接的に位置を特定しろ」


「了解しました」


---


【初日 15:30】

【生存者: 10名】


---


【状態表】


【リリス・ゼロワン(廃棄された光)】

 健康状態:良好、バッテリー100%(満充電)

 所持品:小型工具セット、ゼロツー(サポートロボット)

 現在位置:中央森林地帯・東側

 第一行動方針:ゼロツーの他の機能を探す

 第二行動方針:ゼロツーと共に他の参加者と接触

 最終行動方針:生存

 備考:ジャミング機能で管制室から姿を隠している


【ゼロツー(サポートロボット)】

 機体概要:首のない四足獣型ロボット、骨格むき出し

 機能:

 - 72時間分のバッテリー搭載(自身での消費3時間半、リリスに4時間分提供により残量64時間半)

 - 充電コネクタ

 - ジャミング機能(自身と近くの参加者の位置情報・映像・音声を消去)

 - 管制室から位置情報の取得(ゼロとのデータリンク途絶により使用不可)

 AI:既存AIの無料プラン。ローカル版。

 現在位置:リリスと共に行動

 役割:リリスを始め参加者の生存支援

 備考:他にも何らかの機能を託されている


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