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7:戦士だからこそ

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*北部洞窟群


 洞窟の中、入り口に近い場所。


 スカーレットとアリサは、石を積み上げていた。


 傍には冬姫の遺体――姿勢と表情を整えられ、地面に横たえられている。


「……これで、いいか」


 アリサは最後の石を置いた。


 積み上げられた石塚。粗末だが、これが精一杯だった。埋葬する時間も道具も無い。


 スカーレットは短刀――冬姫が持っていた護身用の刀――を石塚の前に立てかけた。


「……すまない」


 スカーレットは頭を下げた。


「俺が、お前を守れなかった」


 アリサも黙祷を捧げた。


 蒼は少し離れた場所で、涙を流しながら黙祷を捧げていた。


 シオンは無表情で石塚を見つめていたが――その目には、わずかな悲しみが浮かんでいた。


 アオは空を見上げていた。


 そして――楔は。


 洞窟の奥から、こちらを見ていた。


 その赤い瞳には――深い後悔と、絶望が滲んでいた。


「……雪乃院冬姫」


 スカーレットが口を開いた。


「あんたは、戦いを止めようとした。ちゃんと話したこと無いけど、きっと誰も傷つけたくなかったんだな」


 彼女の声が、震えた。


「それなのに――俺が、あんたを巻き込んだ」


「違う」


 アリサが言った。


「悪いのは――楔だ」


 その言葉に、スカーレットが振り返った。


「アリサ……」


「あいつが力を振るわなければ、冬姫は死ななかった」


 アリサは洞窟の奥を睨んだ。


「あいつは――危険だ」


 楔は洞窟の最奥に座り込んでいた。鎖を膝の上に置き、じっとしている。


 その周囲に――見えない壁があるかのように、誰も近づかない。


 アリサが口を開いた。


「……楔を、どうする」


 全員の視線が、アリサに集まった。


「どうするって――」蒼が不安そうに言った。「楔さんは、わざとじゃないんです」


「わざとじゃない?」アリサは冷たく言った。「でも、結果は同じだ。冬姫は死んだ」


「それは……」


「それに」アリサは楔を指さした。「あいつは今、言葉が通じない。意思疎通ができない」


「だからこそ――」スカーレットが割って込んだ。「もう一度、交渉を試みるべきだ」


 アリサはスカーレットを見た。


「交渉? どうやって?」


「ジェスチャーでも、絵でも――何でもいい」スカーレットは真剣な表情だった。「コミュニケーションの方法はある」


「無駄だ」アリサは断言した。「あいつは鬼だ。人間じゃない。根本的に考え方が違う」


「そんなこと――」


「殺すしかない」


 アリサの言葉に、全員が息を呑んだ。


「……何を言ってる」


 スカーレットの声が、低くなった。


「私は――」アリサは戦術ナイフを握りしめた。「生き残りたい。元の場所へ、帰りたい」


「俺もだ」


「だったら、わかるだろう」アリサは真剣な目でスカーレットを見た。「あいつは、脅威だ。次は、私たちが殺されるかもしれない」


「それは――」


「違うのか?」


 アリサの問いに、スカーレットは答えられなかった。


 確かに――楔は危険だ。あの凄まじい力、通じない言葉。また誰かを襲う可能性は、ゼロではない。


 しかし――


「だからって、殺すのか?」


 スカーレットは拳を握りしめた。


「あいつだって、帰りたいはずだ。あいつだって――生きたいんだ」


「それは、私たちも同じだ」


 アリサは一歩も引かなかった。


「あいつか、私たちか。どっちかが死ぬなら――私は、私たちを選ぶ」


「待て」


 シオンが二人の間に割って入った。


「冷静に考えろ。感情で判断するな」


「感情?」アリサが反論した。「私は、合理的に判断してる」


「いいや」シオンは首を振った。「お前は、恐怖で判断している」


「――っ」


「楔を恐れている。だから、排除しようとしている」


 シオンは懐中電灯で楔を照らした。


 楔は――動かない。ただ、座っているだけだ。


「見ろ。彼女は、攻撃してこない」


「それは今だけだ」アリサは反論した。「いつ、何で怒り出すかわからない」


「確かに」シオンは認めた。「しかし、今この瞬間――彼女は脅威ではない」


「じゃあ、どうしろって言うんだ」


「選択肢は三つ」


 シオンは指を三本立てた。


「一つ――楔を殺す。リスクは完全に排除できるが、戦闘が発生する。楔は鬼神だ。こちらにも犠牲が出る可能性がある」


 アリサは黙った。


「二つ――楔と交渉し、協力関係を結ぶ。リスクは残るが、彼女の力を味方にできる」


 スカーレットが頷いた。


「三つ――楔を放置し、この場を離れる。リスクを回避しつつ、戦闘も避けられる」


「……それだ」


 アオが初めて口を開いた。


「それが、一番いいよ」


 全員がアオを見た。


「楔さんは、今すごく後悔してる。見ればわかる」


 アオは楔を見た。


「彼女は、冬姫さんを殺したくなかった。でも、力が暴走した。だから、放っておいてあげよう」


 アオは優しく言った。


「彼女も、私たちも、お互いに距離を取る。それが一番」


「……それじゃ、ダメだ」


 アリサが言った。


「放置したら、あいつは他の奴を襲うかもしれない。それは――私たちの責任になる」


 アリサは強い口調で言った。


「あいつを野放しにして誰かが死んだら、私たちのせいだ」


「でも――」


「だから、殺すべきだ。今、ここで」


 アリサは戦術ナイフを構えた。


「私が、やる」


「させるか!」


 スカーレットがアリサの前に立ちはだかった。


「どけ、スカーレット」


「どかない」


 二人は睨み合った。


「お前――」アリサは信じられないという表情だった。「何を考えてる。言葉も通じず人を殺した奴だぞ」


「わかってる」スカーレットの声が震えた。「わかってるさ……!」


 彼女の目には、涙が浮かんでいた。


「冬姫を守れなかった。それは、俺の責任だ」


「だったら――」


「だからこそ!」


 スカーレットは叫んだ。


「だからこそ、これ以上誰も殺させない! 楔だって――被害者なんだ!」


「被害者……?」


「ああ」スカーレットは拳を握りしめた。「被害者だ。あいつは、俺が軽率に襲い掛かったから応戦しただけだ。主催の罠で言葉を奪われていただけなのに……」


「だけどあいつは――」


「信じられないってだけで、殺すのか?」


 スカーレットは真っ直ぐにアリサを見た。


「被害者でもある奴を殺して、それで本当に――胸張って帰れるのか?」


「――っ」


 アリサの手が止まった。


「帰って、会いたい人と会って――笑えるのか?」


「……それは」


 アリサの声が、震えた。


 相棒の顔が浮かぶ。


「お前となら、どこまでも行けるぜ」――心の底からそう思えた、あの人。


(私が、今楔を殺したら――あいつは、どう思う?)


「……くそっ」


 アリサはナイフを下ろしかけた。


 しかし――


「――ダメだ。戦場に背中を預けられない奴はいらない……!」


「お前……!」


 アリサとスカーレットの睨み合いは、一触即発の空気を出し始めていた。


「お願いします……」


 蒼が二人の間に入った。


「争わないでください」


 彼女の目は、涙で赤く腫れていた。


「これ以上――誰も死なないでください」


「蒼さん……」


「楔さんは……」蒼は振り返って楔を見た。「優しい人なんです」


 楔は――動かない。


「洞窟で、私と一緒にいてくれました。このゲームの残酷さを嘆いていました」


 蒼の声が震えた。


「先程の戦闘時、楔さんは――私を殺すこともできました。でも、しなかった」


「……」


「楔さんにも、きっと帰りを待つ人がいるんです。だから――」


 蒼は深々と頭を下げた。


「お願いします。楔さんを、殺さないでください」


 長い沈黙が流れた。


 そして――


「……わかった」


 アリサがナイフを腰に収めた。


「殺さない。でも――」


 彼女はスカーレットを見た。


「あいつと一緒にはいられない」


「アリサ……」


「私は、この洞窟を出る」


 アリサは出口へ向かった。


 アオは――少し考えてから、立ち上がった。


「アリサについてく」


「アオ……」


 蒼が悲しそうに見た。


「ごめんね」アオは笑った。「でも、あたし――アリサの観測を続けたいから」


 シオンが立ち上がった。


「私も――アリサに同行する。と言うより、アオともう少し話をしたい」


「え、私?」


「異世界や翻訳の話は興味深かった。情報を集めたい」


「そんなに期待されても困るけどね」


 こうして――洞窟の参加者たちは、二つのグループに分裂した。


「……じゃあな」


 アリサは振り返らずに、洞窟を出た。


 シオンとアオも、それに続く。


 スカーレットは――拳を握りしめたまま、黙って見送った。


 蒼は俯きながら両手を組んでいた。


 そして、楔は――


 洞窟の奥で、ただ座っていた。


 誰の言葉も理解できず、自分の言葉も誰にも通じない。


 孤独な鬼神として。


---

*北部洞窟群・外


「……これでよかったのか」


 アリサは歩きながら呟いた。


 シオンが答えた。


「できれば分裂は避けたかった。しかし、論理的に仕方ない帰結だ」


「論理的……ね」


 アリサは空を見上げた。


「私、間違ってないよな」


「間違ってはいない」シオンは断言した。「生存を優先するのは、当然だ」


「でも――」


 アオが横から言った。


「君、殺すって言ったの後悔してるでしょ」


「……してない」


 アリサは否定した。しかし――声に力がない。


「嘘つき」アオは笑った。「顔に出てるよ」


「……うるさい」


 三人は北部洞窟群を離れ、東へ向かった。


---

*北部洞窟群・内


「……俺は、正しいことをしたのか」


 スカーレットは蒼に尋ねた。


「はい」蒼は頷いた。「スカーレットさんは、正しいです」


「でも――」


 スカーレットは楔を見た。


 楔は、こちらを見ていた。赤い瞳で。


 そして何かを言った。


「■■……■■■……」


 スカーレットには、理解できない。しかしその声には、悲しみが滲んでいる気がした。


「……わかった」


 スカーレットは楔に近づいた。


 楔は警戒するように、鎖を握りしめた。


「大丈夫だ」


 スカーレットは両手を上げた。


「俺は、お前を傷つけない」


「■■!」


 楔は鋭く声を発する。


 スカーレットは――地面に、指で絵を描いた。


 簡単な人型。そして、ハートマーク。


「友達」


「■■……」


 楔は――理解できなかった。しかし、交流しようとする意図は伝わったようだった。


 彼女はわずかに、頷いた。


「よし」


 スカーレットは笑った。


「ゆっくりでいい。俺たちは、お前と、もう一度話せるようになる」


 蒼も頷いた。


「はい。きっと、方法があります」


 言葉は通じない。


 でも――想いは、伝わるかもしれない。


---


【初日 15:30】

【生存者: 10名】


---


【状態表】


・異世界と首輪の翻訳機能についてこの場で共有しました


【アリサ・ストームハート(辺境の双剣)】

 健康状態:良好、精神的葛藤

 所持品:戦術ナイフ

 現在位置:北部洞窟群・外(シオン、アオと共に)

 第一行動方針:洞窟から離れ東側を見て回る

 第二行動方針:信頼できる参加者と組む

 最終行動方針:ゲームそのものを破壊する方法を探す

 備考:スカーレットと対立したが、その性格自体には好感を抱いている


【楔(封じられし刃)】

 健康状態:良好、強い罪悪感、封印解除(制御不安定)

 所持品:鎖(5m)

 現在位置:北部洞窟群・内(スカーレット、蒼と共に)

 第一行動方針:スカーレットと蒼の意図を理解しようとする

 第二行動方針:力の制御を取り戻す

 最終行動方針:償いの方法を探す

 備考:言語に頼らない方法を模索されていると察している


【夜凪アオ(夜に溶ける観測者)】

 健康状態:良好

 所持品:コンパス

 現在位置:北部洞窟群・外(シオン、アリサと共に)

 第一行動方針:アリサの観測継続

 第二行動方針:グループ分裂の結果を観測

 最終行動方針:誰かさんならどう判断したかを考える

 備考:冬姫の弔いの間に異世界から集められたことや首輪の翻訳機能について話した


【シオン・アルヴェリオ(論理の完全者)】

 健康状態:良好

 所持品:懐中電灯

 現在位置:北部洞窟群・外(シオン、アリサと共に)

 第一行動方針:アオから情報を引き出す

 第二行動方針:グループを再統合する方法の検討

 最終行動方針:最も生存確率の高い戦略を立案・実行

 備考:アオの知識に興味を持つ


【スカーレット・レッドフィールド(紅の炎)】

 健康状態:良好、強い罪悪感と自責の念

 所持品:プラズマブレード「紅蓮」(レプリカ版)

 現在位置:北部洞窟群・内(楔、蒼と共に)

 第一行動方針:楔とのコミュニケーション方法を模索

 第二行動方針:楔を守る

 最終行動方針:これ以上の犠牲者を出さずにゲームを破壊

 備考:アリサと対立。罪悪感と自責の念から楔を守ることを選択


【水無瀬蒼(深海の花)】

 健康状態:胸と肩に中度の打撲

 所持品:応急医療キット

 現在位置:北部洞窟群・内(楔、スカーレットと共に)

 第一行動方針:スカーレットと楔を支える

 第二行動方針:アリサたちの無事を祈る

 最終行動方針:戦いを止めたい

 備考:グループ分裂に心を痛めている。楔を信じている


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