9:大局的な思惑
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*管制室
巨大なスクリーンに映し出される、11の監視映像。
しかし――その内の一つ、No.09リリス・ゼロワンの画面だけが、真っ黒だった。
『警告:信号無し。電波状況または機器の動作を確認してください』
黒い画面に時折警告文が流れる。プロデューサー01は、苛立たしげにその画面を睨んでいた。
「……まだ、見つからないのか」
「はい」
オペレーター03が申し訳なさそうに答えた。
「他の参加者の映像から間接的な位置特定を試みていますが――最後に確認した地点の付近に他の参加者はいません。今のところ全く捉えられていません」
「くそっ……」
プロデューサー01は拳で机を叩いた。
「ゼロの仕業か。あの男め……死んでなお、我々を妨害するとは」
ディレクター・マスターが、冷静に言った。
「No.09は、重要な駒だったのだがな」
「ああ」
プロデューサー01は椅子に座り直した。
「No.09リリス・ゼロワン――AI搭載アンドロイド。バッテリー持続時間6時間」
彼は手元の端末を操作した。ゲーム開始前に作成された参加者プロファイルが表示される。
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【参加者No.09 - リリス・ゼロワン】
種族:AI搭載アンドロイド(試作一号機)
年齢:起動から3年(外見年齢10代中頃)
特性:バッテリー駆動(持続時間6時間)
選出理由:早期脱落による心理戦誘導
・戦略的価値
- ゲーム開始から約6時間後にバッテリー切れで機能停止(死亡)
- 首輪からの死亡通知は「No.09リリス・ゼロワン、死亡確認」のみ
- 死因は通知されないため、他参加者は「誰かに殺された」と誤認する可能性が高い
- 結果として参加者間の疑心暗鬼を促進
- 殺し合いの加速が期待できる
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プロデューサー01は、苦々しく呟いた。
「重要な計画だった。No.09は、戦わずして参加者たちを疑心暗鬼に陥れる――丁度いい駒だったのだ」
「しかし」
ディレクター・マスターが指摘した。
「技術者・ゼロの介入により、その計画は破綻した」
「……そうだな」
プロデューサー01は、ゼロが撃たれる場面を思い出した。
床に倒れ伏し、白衣が血で染まる。何かをうわ言のように言いながら動かなくなった。
「あの男は――最後まで、我々を邪魔した」
「しかし、もう終わりだ」
ディレクター・マスターは、冷たく言い切った。
「彼は死んだ。もう、誰も我々を止められない」
プロデューサー01は、管制室を見渡した。
十数名のスタッフが、それぞれの持ち場で作業をしている。オペレーター、技術者、監視員――全員が、淡々と仕事をこなしている。
「……そうだな」
プロデューサー01は、わずかに笑った。
「もっと早く気付くべきだった。参加者に同情し、救おうとするなど――この仕事に向いていなかった。人事部に文句を言わねば」
プロデューサー01は立ち上がった。
「そもそも我々は、何も悪いことはしていない」
「その通りだ」
「参加者たちは――全員、自分の世界で問題を抱えていた。孤独、絶望、戦争、差別――様々な苦しみを背負っていた」
プロデューサー01は、参加者たちの映像を見つめた。
「我々は、彼らにチャンスを与えたのだ」
「生き残れば――」
ディレクター・マスターが続けた。
「優勝者の願いを何でも叶えてやる。それが、このゲームのルールだ」
「そうだ」
プロデューサー01は頷いた。
「我々は、慈悲深い。どうにでもできる力を持ちながら、褒美まで与えるのだから」
オペレーター03は、何も言わなかった。
ただ――黙々と、システムを操作し続けた。
「さて」
プロデューサー01は、メインスクリーンに視線を戻した。
「No.09の計画は失敗した。ならば――次の手を考えなければならない」
「現状分析を」
ディレクター・マスターが促した。
オペレーター03が報告する。
「ゲーム開始からおよそ3時間半経過。生存者10名。脱落者1名――No.08雪乃院冬姫」
「グループ形成状況は?」
「3つのグループと、1名の単独行動者、1名の追跡不能者です」
スクリーンに、グループ分けが表示される。
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【グループA】
- No.01 アリサ・ストームハート
- No.05 シオン・アルヴェリオ
- No.03 夜凪アオ
位置:北部洞窟群から東へ移動中
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【グループB】
- No.07 スカーレット・レッドフィールド
- No.10 水無瀬蒼
- No.02 楔
位置:北部洞窟群
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【グループC】
- No.04 遮音リリィ
- No.11 結城ヒナタ
位置:中央火山観測所
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【単独行動者】
- No.06 ユリア・フェルナ
位置:西部資材倉庫群
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【追跡不能】
- No.09 リリス・ゼロワン
位置:不明(最終確認地点:中央森林地帯・東部)
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「……厄介だな」
プロデューサー01は眉をひそめた。
「AとBが対立したはいいが互いに距離を取る方針。Cは移動を極力抑えたがる。これでは、殺し合いが進まない」
「同感だ」
ディレクター・マスターも同意した。
「特に、グループBのスカーレット・レッドフィールド――彼女は、ゲームへの反抗意志が強い」
「No.07スカーレットか……」
プロデューサー01は、彼女の映像を拡大した。
洞窟の中で、楔と何か絵を描いてコミュニケーションを試みているスカーレット。
「もう少し暴走してくれると思ったのだがな。このままNo.02楔と組まれては厄介だ」
「彼女を――排除するか?」
ディレクター・マスターの提案に、プロデューサー01は首を振った。
「いや。ルールを逸脱した殺害は、視聴者が許さない」
「視聴者……」
「ああ」
プロデューサー01は、別のモニターを指さした。
そこには――無数の数字が流れている。視聴者数だ。
『同時視聴者数: 598,742,391名』
「生配信の視聴者――星系中の何億という視聴者が、参加者たちの生き様を見ている」
「我々が直接手を下せば、視聴者は離れる。それは、避けなければならない」
「ならば――」
ディレクター・マスターは、静かに提案した。
「ゲームのルールを、調整しよう」
「具体的には?」
プロデューサー01が尋ねた。
ディレクター・マスターは、島の地図を指した。
「一つ目は――禁止エリアの指定を、より頻繁に行う」
「とにかく参加者を動かすわけか」
「その通り。まず遭遇しなければ、戦闘は起きようもない」
プロデューサー01は頷いた。
「二つ目は?」
「支給品の追加投入」
ディレクター・マスターは、別の画面を表示した。
そこには、様々な武器や道具がリストアップされている。
「特定の地点に、補給物資を投入する。中には、強力な武器を含める」
「物資を巡って、争わせるわけか」
「そうだ」
「三つ目は?」
「……再度、希望を与える」
ディレクター・マスターの声が、一段と冷たくなった。
「参加者の首輪に、”釣り”の通知を送る」
「例えば?」
「『特定の参加者を殺せば、首輪が解除される』といった内容だ」
プロデューサー01の目が、鋭くなった。
「……面白い」
「一つ目と二つ目だけでは、効果が薄い。遭遇させ、物資を持たせ、動機を与える」
プロデューサー01は、しばらく考え込んだ。
そして――
「採用だ。三つとも実行しよう」
「では、まず――」
ディレクター・マスターがパネルを操作する。
「次の禁止エリアを提案する。対象は――」
地図上で、複数のエリアが赤く塗られる。
「資材倉庫群、滑走路、格納庫」
「――っ」
オペレーター03が、わずかに息を呑んだ。
「そこには、No.06ユリアが――」
「だからこそ、だ」
プロデューサー01は冷たく言い切った。
「彼女は、これまで一貫して単独行動だ。そろそろ他の参加者と遭遇させねばならん」
「そして――」
ディレクター・マスターが続けた。
「北部洞窟群も、禁止エリアに指定する」
「グループBを、移動させるのですね」
「その通り」
「待て。No.02楔が禁止エリアに取り残される可能性があるぞ」
プロデューサー01が口を挟んだ。ディレクター・マスターは冷静に応える。
「あの個体の首輪は、ゼロによって位置情報送信機能が破壊されている」
「……そうだったな。禁止エリアを感知せず、爆発もしない」
プロデューサー01は楔の画面を見た。
一部のセンサーも破壊され情報不足なため三人称視点に再構築できず、首元辺りからの一人称視点がそのまま流れている。
その映像と他の参加者からの情報で位置を把握できるため、現在はそれほど問題視していない。
何より首輪の爆破機能は生きている。その気になればいつでも遠隔で首輪を爆破できる。
「よし。発動時刻は――16:00。猶予は15分与えろ」
「了解しました」
オペレーター03が、システムに入力する。
「次に、支給品投入だ」
「投入地点は?」
「中央森林地帯の――ここだ」
ディレクター・マスターが地図上の一点を指さした。中央森林地帯の東部。
「グループABC全てと同程度の距離。そしておそらく近くにNo.09が居る」
「争奪戦を誘発しつつ、No.09の居所を探るわけか」
「その通り」
「投入時刻は?」
「16:30。物資の内容は追って協議」
「了解しました」
「そして――最後」
プロデューサー01は、邪悪に笑った。
「希望だ。内容は――こんなのはどうだ」
彼は、メッセージを入力した。
『特別ルール発動』
『No.02楔を殺害した者には、特別報酬として首輪の即時解除権を付与する』
『ただし、制限時間は00:00まで。時間内に楔を殺害しなければ、この特別ルールは無効となる』
「……これを、全参加者に送るのですか?」
オペレーター03が、わずかに声を震わせた。
「問題あるか?」
プロデューサー01が冷たく睨む。
「い、いえ……」
「ならば、黙っていろ」
「了解しました……」
オペレーター03は、震える手でシステムに入力した。
ディレクター・マスターは、楔の映像を見つめていた。
洞窟の奥で、孤独に座る鬼神。
「No.02楔――お前は、このゲームで最も価値のある駒だ」
彼の声は、機械的に加工されていて感情が読めない。
しかしその言葉には、確かに何かの意図が込められていた。
「お前を標的にすることで全員が、動く」
ディレクター・マスターは、メインスクリーンを見上げた。
「これからが――真のデスゲームだ」
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オペレーター03は――わずかに、手を震わせていた。
希望の通知。
それは、参加者を確実に死に追いやる。
(これは……正しいのか?)
彼女は、自問した。
しかし――答えは出ない。
プロデューサー01とディレクター・マスターを見る。
二人は、何の躊躇もなく、冷酷にゲームを進行させている。
(技術者・ゼロは……この状況に、抵抗した)
(そして、死んだ)
オペレーター03は――拳を握りしめた。
(私は……どうすればいい?)
しかし彼女には、抵抗する勇気がなかった。
ただ黙って、命令に従うしかなかった。
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【初日 15:40】
【生存者: 10名】
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【実行予定施策】
1. 禁止エリア指定(16:00発動、15:45通知予定)
- 資材倉庫群、滑走路、格納庫
- 北部洞窟群
2. 支給品投入(16:30実施予定)
- 投入地点:中央森林地帯・東側
- 内容:強力な武器、医療品、食料など(検討中)
3. 特別ルール通知(15:40通知予定)
- 内容: 「楔を殺せば首輪解除」
- 制限時間:00:00まで
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