9.5:どうしようもない孤独
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*西部資材倉庫群
ユリアは倉庫の2階、窓際に座っていた。
外は明るい日差しが降り注いでいる。昼過ぎ、最も熱の高まる時間帯が始まる。
彼女は窓から外を見つめながら、小さく息を吐いた。
「……静かね」
物音一つしない。鉄と、見たこと無い滑らかな石のようなもので出来た倉庫。防音性は低そうなのに、聞こえるのはユリア自身の独り言だけ。
「あの人は……今頃、何をしているかしら」
彼女は呟いた。
誰もいない。答える者もいない。
ただ――独り言。
「私がいなくなったら……困るかしら」
ユリアは小さく笑った。
「いえ……きっと、困るはず。あの人、料理できないから」
彼女は木工職人だ。しかし、祖母が営む旅館で育ったユリアは、料理の腕も一流だった。
「朝ごはん、ちゃんと食べるかしら」
「洗濯、するかしら」
「部屋の片づけ……しないわね」
次々と浮かぶ、日常の心配事。
そして――
「……帰りたい」
ユリアの声が、震えた。
「帰って……また、あの日々を過ごしたい」
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【13:30】
ピピピピピッ――
突然、首輪から音が鳴った。
ユリアは驚いて、首輪を押さえた。
『通告。島内に、首輪解除装置が設置されました』
「……首輪、解除?」
ユリアの目が見開いた。
『場所は、北部洞窟群。最初に登録完了した者のみ、首輪を解除できます』
『制限時間は2時間。13:30から15:30まで。時間内に条件を満たさない場合、装置は自動的に破壊されます』
「北部洞窟……」
ユリアは窓から北を見た。争奪戦になるかもしれない。果たして自分は勝ち取れるだろうか?
「……ここを放棄までしてやる賭けじゃないわ」
言葉と裏腹に、彼女の心は激しく揺れていた。帰れるかもしれない、あの人の元へ。
でも――
『焦って決めたことに、良いことはない』
ユリアは祖母に教わった言葉を思い出した。
「そうよね……」
ユリアは深呼吸した。
「冷静に。落ち着いて。……私には、戦う力がない」
これが、決定的だった。
「もし、誰かと鉢合わせたら――私は、負ける」
工具の扱いはお手の物、ロープの扱いには多少慣れているが――人を殺す技術など持っていない。
「だから――行かない」
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ユリアは倉庫の2階で、じっと待った。
時間が過ぎる。
13:40。
14:00。
14:20。
そして――
ピーーーッ!
『No.08雪乃院冬姫、死亡確認』
『緊急通告。首輪解除装置に不正な操作を確認したため、撤去します。参加者の皆様には、節度ある振る舞いを期待致します』
ユリアは息を呑んだ。
「冬姫さん……」
ユリアは目を閉じた。彼女の予感は、当たった。
首輪解除装置は罠だったのか、それとも本物だったが争いが起きたのか。
どちらにせよ――人が死んだ。
「……行かなくて、よかった」
ユリアは安堵した。
しかし――同時に、罪悪感も湧いた。
「私が行っていたら……止められたかしら」
「いえ……無理よ」
彼女は首を振った。
「私が行っても、何もできなかった。ただ、死者が一人増えるだけ」
「……そうよ。これで、よかった」
ユリアは自分に言い聞かせた。
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ユリアは倉庫の片隅に座り込んだ。
何もしていないのに疲れが溜まる。緊張状態が続いているからだろう。
「おばあちゃん……」
彼女は小さく呟いた。
祖母の顔が浮かぶ。優しく、しかし厳しかった人。
『ユリア。人生には、進む時と、待つ時がある』
『進めない時は――無理に進まなくていい』
『ただ、待ちなさい。耐えなさい。そして、生き延びなさい』
「……はい、おばあちゃん」
ユリアは涙を拭った。
「私、生き延びます。でも――帰るためには、それだけじゃダメなんです」
72時間経過後、2人以上生存者が居た場合首輪が爆発する。
ユリアは倉庫の壁に――転がっていた釘で、文字を刻み始めた。
小さな文字。誰も読まないかもしれない。
でも――書かずにはいられなかった。
『不器用さんへ』
『私は今、とても怖いです』
『でも、あなたの元へ帰りたいから頑張ります』
『今の私にとって、あなたがいる場所が帰る場所です』
『だから必ず、帰ります』
『そのためにあなたの強さを、少しだけ私に
ユリアは釘を持った手で壁を叩いた。
「……ダメ。やっぱり、人を殺すなんて――」
彼女の頬を涙が伝っていった。
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ユリアは再び窓際に座った。
外は徐々に日が傾いてきている。
「……誰も、来ない」
戦闘せずに済むのは幸運だった。
しかし――同時に、孤独だった。
「……どれくらい、耐えられるかしら」
ユリアは自問した。
食料はない。水も、倉庫内では見つからなかった。
「72時間……飲まず食わずでは辛いわね」
彼女は自分の体を見た。
少しずつ、弱っていく。
「――焦っちゃダメ。出て行っても、やれることなんて……」
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【15:40】
ピピピピピッ――
再び、首輪から音が鳴った。
『特別ルール発動』
「……特別ルール?」
ユリアは不安そうに首輪を見た。
『No.02楔を殺害した者には、特別報酬として首輪の即時解除権を付与する』
「――っ!」
ユリアの目が見開いた。
『ただし、制限時間は00:00まで。時間内に楔を殺害しなければ、この特別ルールは無効となる』
「楔さんを……殺せば……帰れる……?」
しかし――
「それでも……」
彼女は首を振った。
「人は……殺せない。たとえ、帰れるとしても――」
ユリアは自分の手を見た。
「あの人に、血で濡れた手で触るのは、嫌」
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【15:45】
そして――首輪から、さらなる通知が流れた。
ピピピピピッ――
「……今度は、何?」
ユリアは首輪に手をやった。
『通告。これより15分後、以下のエリアを禁止エリアに指定します』
『西部滑走路、格納庫、資材倉庫群各セクター』
『北部洞窟群全域』
「――っ!」
ユリアの顔が、青ざめた。ここだ。
自分のいる場所が、禁止エリアに指定される。
「嘘……」
ユリアは立ち上がった。
「15分……」
ユリアは慌てて荷物をまとめ始めた。
支給品のロープ、転がっていた工具――持てるものは全て。
「せっかく作った罠も……無駄になる」
彼女は階段を駆け下りた。
そして――倉庫の外へ。
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ユリアは倉庫群の外に出た。
振り返る。
A棟。自分が数時間過ごした場所。
「……さようなら」
彼女は小さく呟いた。
そして――走り出した。
どこへ行けばいいのか、わからない。
ただ――ここから離れなければ。
「私、まだ……諦めません。生き延びていれば、きっと――」
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ピーーーッ!
資材倉庫群が――静かに、立入禁止区域に変わった。
音も、光もない。
ただ――目に見えない境界線が、引かれた。
ユリアは、それを遠くから見ていた。
「……居場所を、失った」
彼女は膝をついた。
疲労。喪失感。孤独。
全てが、一気に襲ってくる。
「でも……」
ユリアはなんとか立ち上がった。
「まだ、生きてる。まだ――帰れる」
ユリアは南の森へ向かった。
開けた場所は危険だ。身を隠せる森の方が、まだ安全だろう。
息が切れる。
足が痛い。
それでも――歩き続ける。
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ユリアは森の深くに入った。中央森林地帯の南部。
周囲は平穏そのもの。鳥の声。木々の騒めき。
「……私は、ここで待つ」
彼女は決めた。
「誰も殺さない。誰とも戦わない。ただ――生き延びる」
ユリアはロープを握りしめた。
「最後は……」
誰かに殺されるか――自ら死を選ぶか。二つの選択肢を口にすることは出来なかった。
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【初日 16:15】
【生存者: 10名】
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【状態表】
【ユリア・フェルナ(帰る場所の番人)】
健康状態:良好、緊張状態、心身共に疲労
所持品:ロープ(5m)、古い工具(ハンマー、釘、ノコギリ)
現在位置:中央森林地帯・南側
第一行動方針:森の中に罠を張る
第二行動方針:水源を探す
最終行動方針:戦闘を避け、生き延びる
備考:人を殺すことへの強い拒否感。帰還を半ば諦めている
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