20:血にぬれても
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*中央森林地帯・東南東側。
リリィは必死に歩いていた。
途中で栄養剤を一本飲んだ。もうしばらくは動ける。動けるうちに少しでも動く。
時間が経てば鎮痛剤の効果が切れる。痛みで歩くこともままならなくなるだろう。
とにかく――リリスを殺す。そうすれば首輪が解除される。
首輪が解除されたら禁止エリアに逃げ込み、制限時間まで待つ。
それが現在唯一の勝ち筋。
「リリス……」
リリィは――自分の手を見た。
震えている。
「私は一度……殺した」
楔の頭を撃ち抜いた。
「もう一度、やるだけだ」
リリスを。
主催者の駒を。
「……アンドロイド、か。最初からゲームのために造られたのか? 壊すと言うべきか……どっちでもいい。撃つ。撃つ。撃つ……!」
リリィは一歩進むごとに呟き続けた。あらゆる疑問も罪悪感も無視するように、自分に言い聞かせる言葉を。
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木立の向こうに、人影が見えた。
「――っ!」
リリィはプラズマライフルを構えようとしたが、杖代わりにしているせいで上手くいかない。
仕方なく大声を上げる。
「誰!?」
「……ユリア・フェルナよ。はじめまして、リリィ」
弱々しい声と足取りで、リリィに近づいてくる。
「お前は……確か木工職人の……」
会うのは最初の広間以来。名簿以上の情報は無いが、戦闘が得意とは思えない。
「動くな……そこで止まれ……!」
しかしリリィは警戒を解かなかった。満足に動けない今、非戦闘員だろうとリリス以外の相手をしている余裕は――
(いや――違う)
リリィは思い直した。首輪解除を狙うならユリアを殺してもいい。
(ライフルは安定した姿勢で撃たないとまず外す。ここは下手に温存せずグレネードか……巻き添えを喰らわない位置に上手く投げられるか? 後は……マルチツールのナイフだが、この距離では論外だな)
ユリアは両手を上げた。リリィは一瞬飛び道具かと思い身構えたが、何も飛んでこなかった。
「……話が、したいの。武器は持ってない。戦うつもりもない」
「……何を話す気?」
「あなたが殺そうとしている人のこと」
ユリアは真剣な表情で言った。
「リリス・ゼロワンのこと」
「……っ」
リリィの目が、鋭くなった。
「リリスの仲間か?」
「仲間……そうね。少しの間一緒にいたわ。アオと、私と、リリス……三人で」
「アオ……夜凪アオ」
観測者を名乗る少女。
「そう。三人で話し合った」
ユリアは痛む肋骨を押さえながら、続けた。
「だからわかるの。リリスは、主催者の駒じゃない」
「……根拠は?」
リリィは冷たく問いかけた。
「それは……あなたの方こそ考えるべきよ」
ユリアは必死に説得の言葉を探した。
「特別なサポート役を連れているから? 名前が似ているから? それが本当に、駒である根拠になるの? サポート役はリリスの意思と関係なく来た。名前はたまたま被っただけ。そう考えても辻褄は十分合うじゃない」
「……」
リリィは半分聞き流していた。今やリリスの立場はそれほど重要ではない。
「お前、リリスに騙されてるんじゃないのか」
「騙されて……?」
「そうだ」
リリィはさりげなくポケットにあるグレネードを握り、投げる好機を探っていた。
「リリスは、お前を利用してるだけかもしれない。私を止めるために、お前を送り込んだのかも」
「そんな……!」
ユリアは予想外の言葉に動揺した。
(どうすれば……信じてもらえる?)
ユリアからしたら、リリィは相当深い疑念に支配されているように見えた。
「……リリィ」
ユリアは――賭けに出た。彼女たちの関係がどれほどのものか分からないが、リリィの心を開く可能性があるとしたらこれしかないと思った。
「私、ヒナタに、会ったわ」
「――っ!」
リリィの表情が、変わった。
「ヒナタ……に?」
「ええ。支給品投入地点で。あの子は、医療キットを探していた」
「……っ」
リリィは俯いた。
「あの子は――」
ユリアは静かに続けた。
「死体を、漁っていた。私は、それを、咎めた。死者への冒涜だと」
ユリアの声が、震えた。
「でもあの子は、聞かなかった。あなたのために医療キットが必要だったから」
「……っ」
リリィは自分のために動くヒナタを想った。そして――布を被せただけの墓標と、その下の無残な顔面を。
「それが……どうした!」
たまらず涙を滲ませながら叫ぶ。
「生き残るんだ! そのキットで! だから!」
リリィはグレネードを握る手に力を込め――
「あの子は、あなたを守りたかったのよ」
ユリアは真っ直ぐに、リリィを見た。
「きっと……殺し合いのためにあなたを助けたんじゃ、ない」
「……知ったような口を……」
リリィの呟きを優しく遮り、ユリアは続ける。
「そうよ。私が知っているのは、あなたのために医療キットを探す姿だけ。それが出来るあの子を、私は優しいと思うの」
「……」
「ねぇ……殺し合いなんて、やめましょう。残り四人になってしまったけど、皆で話し合いましょう」
「……話し合ってどうなる! 時間が来れば、皆死ぬ……!」
「リリスとアオには、何か考えがあるみたい。力を合わせれば、まだ助かる道があるはずよ」
「そんな曖昧な――」
「座りなさい!」
ユリアは唐突に叫んだ。そして咳き込みながら、リリィに向かって歩き出した。
「なっ――」
「座って、武器を私に向けなさい」
リリィはその迫力と行動に一瞬混乱した。グレネードか、ライフルか。それぞれを握る手が同時に動いたことで姿勢を崩してしまい、尻餅をつく。結果的にユリアの言う通り座り込んでしまった。
なんとか起き上がろうとするリリィの前に、ユリアが立つ。
「これかしら。ただの杖じゃないわよね」
ユリアはライフルを掴み、リリィの腕に手を添えてしっかりと持たせた。
「あ……くっ……」
リリィは銃口をユリアの額に突きつけた。ユリアは銃口にぐりっと額を押し付けた。
「こうすれば確実に殺せるのね。なら、やりなさい」
リリィは震える指先で引き金に触れた。
「う――撃つぞ……!」
楔の頭から飛び散る黒い何か。宙を舞う閃光。銃口から迸る恐るべきエネルギーの凝集。
「私を殺して、首輪を取りなさい。そうしたらリリスに会いに行って。もう殺す理由は無いでしょう」
「っ……自分を犠牲にする気か……!?」
「あなたを止めるためなら、そうする。ヒナタは、何の罪もないリリスを殺させるためにあなたを助けたのかしら。今一度はっきり言うわ。あの子の優しさと、自分の良心を見詰め直しなさい」
しばらくの沈黙。
そして――
「……わかった」
リリィはライフルを下ろした。
「ひとまず……誰かを殺すのはやめる」
「本当!?」
ユリアの顔に、希望の色が浮かんだ。
「でも……リリスに、直接会って話を聞く。それで判断する」
「……ええ、それでいいわ」
ユリアは少し気が楽になった。全身の緊張が解け、今頃になって冷汗がふき出す。
「リリスの居場所を教えて」
「ええ。支給品投入地点。そこにいるわ」
「……わかった」
リリィはライフルを杖にして立ち上がろうとした。
「……手伝うわ」
その苦闘する姿を見かねて、ユリアは彼女の肩を担いだ。
二人は北へ向かって、歩き出した。
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リリィはライフルを持ったまま、ユリアに身体を預ける。
ユリアは痛む肋骨を押さえながらリリィを支える。
ゆっくりと、前を歩く。
「……ユリア」
「何?」
「お前、怪我してるな」
「……ええ」
ユリアは苦笑した。リリィよりマシとは言え、肩を貸すのはかなり辛い。でも自分が与えた傷のせいでこうなったのだから、何とも言えない。
「肋骨が、折れてるの」
「誰に?」
「……ヒナタ」
ここは正直に答える。
「死体を漁っているあの子に近づいたら……突き飛ばされてしまって」
リリィも苦笑した。
(ヒナタならやりかねない。私の治療をした時も遠慮なんてしなかった。でも……殺さなかったのか)
ヒナタの無邪気な笑顔が浮かぶ。
「……ヒナタは……優しかった。本当に優しかったんだ……」
「ええ」
ユリアも頷いた。
「その傷の治療をしたのもあの子でしょう? 大切にしていたみたいね」
「……ありがとう」
リリィはユリアと――ヒナタに礼を言った。この時間は、ヒナタがくれた時間。
ユリアはそんなリリィを見て、安堵した。
(……説得は成功したみたい。後は……罠にかけたことを謝罪するだけ)
話すのは、説得の後と思っていた。最初に話してしまったら、絶対にリリィは耳を貸さなくなる。そうなったらもうリリスを殺しに行くのを止められない。
説得中に打ち明けた場合、あのまま殺されていただろう。リリィはそれ以上の殺人はやめるかもしれない。でも、リリスのことを誤解したままになる。
(もう少し……リリスの元に送り届けてから……)
その結果、リリィが再びあの杖を自分に向けたとしても――仕方ない。
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二人は支給品投入地点まで、あと半分程度の場所まで来た。
その時――
ピーーーッ!
首輪から、電子音が鳴った。
「――っ!」
リリィとユリアは同時に立ち止まった。
『No.03夜凪アオ、死亡確認』
「……嘘」
ユリアは――愕然とした。
「アオが……死……」
リリィは――即座に判断した。
「……リリスがアオを、殺した」
「待って! それは何かの――」
「間違いだって言うの!?」
リリィはユリアの手を振り払った。
「リリスとアオは一緒にいた。そしてアオが死んだ。ならば――」
そして合理的に断定した。
「リリスが、殺したに決まってる!」
「でも――」
「主催者の駒だったんだ、やっぱり!」
リリィは怒りに震えた。
「そんな……」
ユリアは否定しようとした。しかし自身も動揺の中にあり、言葉が出てこない。
「……待って」
リリィは――ユリアを睨んだ。
「お前、どうして私の居場所がわかった?」
「え……?」
ユリアは戸惑った。
「それはリリスに、管制室にアクセスして貰って――」
機械を知らないユリアは、ありのままを言うしかなかった。それをリリィがどう判断するかなど、それこそ判断できない。
「管制室にアクセス?」
リリィの目が、さらに鋭くなった。
「主催者でもないのに……そんなことできるわけがない!」
「えっ!? そ、そんな――」
「そうだ……ずっと引っかかっていた。何故自分の命を懸けてまで私を止めたがる? ――ああ、そうか」
リリィは冷たい声で言った。
「お前も、主催者の、手先だな」
「――っ!」
ユリアは息を呑んだ。リリィは一歩ずつユリアから距離を取りだす。
「怪我人を捨て駒に時間稼ぎ。説得出来れば上々、最悪殺されても私を油断させられる。そんなところか」
「そんなことない!」
ユリアは必死に否定した。
「黙れ! ――ヒナタのことまで利用して!」
「私はただ――」
「嘘吐き!」
リリィは――ライフルを構え、引き金を引いた。
ビュゥゥゥン!
片足での無茶な姿勢の射撃。プラズマ弾は逸れ、ユリアの足元を撃ち抜いた。
地面が爆発し、土煙が巻きあがる。リリィはバランスを崩し後ろに倒れた。
「ぅあっ!」
ユリアは衝撃で吹き飛ばされ――茂みの中に放り込まれた。
リリィは土煙が収まる頃にやっと上半身を起こし、茂みを見た。
「……逃げた?」
ユリアの姿は、見えない。気配も無い。
リリィは再びライフルを杖に立ち上がった。
「行かなきゃ……」
逃げた奴に構う暇はない。
リリスが主催者の駒ならば、もう首輪を解除すれば勝ちとは思えない。最悪禁止エリアを無視して追撃してくる可能性すらある。
一刻も早く支給品投入地点へ向かわなければならない。
ヒナタがくれた時間で――リリスを殺す。
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茂みの中――
実際には、ユリアはそこに倒れていた。
しかしユリアが意識を失いかけていることと、日が陰り始めていることもあり、リリィには分からなかった。
「……っ」
痛い。
全身が――痛い。
肋骨がさらに折れたかもしれない。呼吸が苦しい。
「……リリィ」
朦朧とする意識で、うわ言のように呟く。
「違うの……私は……ごめんなさい……」
その呟きは――誰にも届かない。
「私は……あなたを……」
ユリアにはもう、立ち上がってリリィを追う力は残っていなかった。
「……ごめんなさい」
ユリアの呟きは、徐々に小さくなっていく。
「ごめんなさい……」
「私を……殺して……」
ユリアの意識が――途絶えた。
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【初日 18:50】
【生存者: 3名】
【脱落者】
No.03 夜凪アオ - 死因: 首輪爆破 (分解ペナルティ)
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【状態表】
【遮音リリィ(孤独な管理者)】
健康状態:脇腹と太腿に深い刺し傷(応急処置済み)、失血気味
所持品:マルチツール、グレネード×1、プラズマライフル(弾薬55%)
現在位置:中央森林地帯・東南東側(支給品投入地点へ移動中)
第一行動方針:リリスの殺害
第二行動方針:首輪解除後は禁止エリアに潜伏
最終行動方針:生き残って管理を続ける
備考:アオの死亡通知を聞き、リリスが殺したと判断。主催者の駒であると確信
【ユリア・フェルナ(帰る場所の番人)】
健康状態:肋骨骨折、全身打撲、気絶
所持品:無し
現在位置:中央森林地帯・東南東側(茂みの中)
第一行動方針:謝る
第二行動方針:償う
最終行動方針:誰も殺さない
備考:
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