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22/26

20:血にぬれても

---

*中央森林地帯・東南東側。


 リリィは必死に歩いていた。


 途中で栄養剤を一本飲んだ。もうしばらくは動ける。動けるうちに少しでも動く。


 時間が経てば鎮痛剤の効果が切れる。痛みで歩くこともままならなくなるだろう。


 とにかく――リリスを殺す。そうすれば首輪が解除される。


 首輪が解除されたら禁止エリアに逃げ込み、制限時間まで待つ。


 それが現在唯一の勝ち筋。


「リリス……」


 リリィは――自分の手を見た。


 震えている。


「私は一度……殺した」


 楔の頭を撃ち抜いた。


「もう一度、やるだけだ」


 リリスを。


 主催者の駒を。


「……アンドロイド、か。最初からゲームのために造られたのか? 壊すと言うべきか……どっちでもいい。撃つ。撃つ。撃つ……!」


 リリィは一歩進むごとに呟き続けた。あらゆる疑問も罪悪感も無視するように、自分に言い聞かせる言葉を。


---


 木立の向こうに、人影が見えた。


「――っ!」


 リリィはプラズマライフルを構えようとしたが、杖代わりにしているせいで上手くいかない。


 仕方なく大声を上げる。


「誰!?」


「……ユリア・フェルナよ。はじめまして、リリィ」


 弱々しい声と足取りで、リリィに近づいてくる。


「お前は……確か木工職人の……」


 会うのは最初の広間以来。名簿以上の情報は無いが、戦闘が得意とは思えない。


「動くな……そこで止まれ……!」


 しかしリリィは警戒を解かなかった。満足に動けない今、非戦闘員だろうとリリス以外の相手をしている余裕は――


(いや――違う)


 リリィは思い直した。首輪解除を狙うならユリアを殺してもいい。


(ライフルは安定した姿勢で撃たないとまず外す。ここは下手に温存せずグレネードか……巻き添えを喰らわない位置に上手く投げられるか? 後は……マルチツールのナイフだが、この距離では論外だな)


 ユリアは両手を上げた。リリィは一瞬飛び道具かと思い身構えたが、何も飛んでこなかった。


「……話が、したいの。武器は持ってない。戦うつもりもない」


「……何を話す気?」


「あなたが殺そうとしている人のこと」


 ユリアは真剣な表情で言った。


「リリス・ゼロワンのこと」


「……っ」


 リリィの目が、鋭くなった。


「リリスの仲間か?」


「仲間……そうね。少しの間一緒にいたわ。アオと、私と、リリス……三人で」


「アオ……夜凪アオ」


 観測者を名乗る少女。


「そう。三人で話し合った」


 ユリアは痛む肋骨を押さえながら、続けた。


「だからわかるの。リリスは、主催者の駒じゃない」


「……根拠は?」


 リリィは冷たく問いかけた。


「それは……あなたの方こそ考えるべきよ」


 ユリアは必死に説得の言葉を探した。


「特別なサポート役を連れているから? 名前が似ているから? それが本当に、駒である根拠になるの? サポート役はリリスの意思と関係なく来た。名前はたまたま被っただけ。そう考えても辻褄は十分合うじゃない」


「……」


 リリィは半分聞き流していた。今やリリスの立場はそれほど重要ではない。


「お前、リリスに騙されてるんじゃないのか」


「騙されて……?」


「そうだ」


 リリィはさりげなくポケットにあるグレネードを握り、投げる好機を探っていた。


「リリスは、お前を利用してるだけかもしれない。私を止めるために、お前を送り込んだのかも」


「そんな……!」


 ユリアは予想外の言葉に動揺した。


(どうすれば……信じてもらえる?)


 ユリアからしたら、リリィは相当深い疑念に支配されているように見えた。


「……リリィ」


 ユリアは――賭けに出た。彼女たちの関係がどれほどのものか分からないが、リリィの心を開く可能性があるとしたらこれしかないと思った。


「私、ヒナタに、会ったわ」


「――っ!」


 リリィの表情が、変わった。


「ヒナタ……に?」


「ええ。支給品投入地点で。あの子は、医療キットを探していた」


「……っ」


 リリィは俯いた。


「あの子は――」


 ユリアは静かに続けた。


「死体を、漁っていた。私は、それを、咎めた。死者への冒涜だと」


 ユリアの声が、震えた。


「でもあの子は、聞かなかった。あなたのために医療キットが必要だったから」


「……っ」


 リリィは自分のために動くヒナタを想った。そして――布を被せただけの墓標と、その下の無残な顔面を。


「それが……どうした!」


 たまらず涙を滲ませながら叫ぶ。


「生き残るんだ! そのキットで! だから!」


 リリィはグレネードを握る手に力を込め――


「あの子は、あなたを守りたかったのよ」


 ユリアは真っ直ぐに、リリィを見た。


「きっと……殺し合いのためにあなたを助けたんじゃ、ない」


「……知ったような口を……」


 リリィの呟きを優しく遮り、ユリアは続ける。


「そうよ。私が知っているのは、あなたのために医療キットを探す姿だけ。それが出来るあの子を、私は優しいと思うの」


「……」


「ねぇ……殺し合いなんて、やめましょう。残り四人になってしまったけど、皆で話し合いましょう」


「……話し合ってどうなる! 時間が来れば、皆死ぬ……!」


「リリスとアオには、何か考えがあるみたい。力を合わせれば、まだ助かる道があるはずよ」


「そんな曖昧な――」


「座りなさい!」


 ユリアは唐突に叫んだ。そして咳き込みながら、リリィに向かって歩き出した。


「なっ――」


「座って、武器を私に向けなさい」


 リリィはその迫力と行動に一瞬混乱した。グレネードか、ライフルか。それぞれを握る手が同時に動いたことで姿勢を崩してしまい、尻餅をつく。結果的にユリアの言う通り座り込んでしまった。


 なんとか起き上がろうとするリリィの前に、ユリアが立つ。


「これかしら。ただの杖じゃないわよね」


 ユリアはライフルを掴み、リリィの腕に手を添えてしっかりと持たせた。


「あ……くっ……」


 リリィは銃口をユリアの額に突きつけた。ユリアは銃口にぐりっと額を押し付けた。


「こうすれば確実に殺せるのね。なら、やりなさい」


 リリィは震える指先で引き金に触れた。


「う――撃つぞ……!」


 楔の頭から飛び散る黒い何か。宙を舞う閃光。銃口から迸る恐るべきエネルギーの凝集。


「私を殺して、首輪を取りなさい。そうしたらリリスに会いに行って。もう殺す理由は無いでしょう」


「っ……自分を犠牲にする気か……!?」


「あなたを止めるためなら、そうする。ヒナタは、何の罪もないリリスを殺させるためにあなたを助けたのかしら。今一度はっきり言うわ。あの子の優しさと、自分の良心を見詰め直しなさい」


 しばらくの沈黙。


 そして――


「……わかった」


 リリィはライフルを下ろした。


「ひとまず……誰かを殺すのはやめる」


「本当!?」


 ユリアの顔に、希望の色が浮かんだ。


「でも……リリスに、直接会って話を聞く。それで判断する」


「……ええ、それでいいわ」


 ユリアは少し気が楽になった。全身の緊張が解け、今頃になって冷汗がふき出す。


「リリスの居場所を教えて」


「ええ。支給品投入地点。そこにいるわ」


「……わかった」


 リリィはライフルを杖にして立ち上がろうとした。


「……手伝うわ」


 その苦闘する姿を見かねて、ユリアは彼女の肩を担いだ。


 二人は北へ向かって、歩き出した。


 ---


 リリィはライフルを持ったまま、ユリアに身体を預ける。


 ユリアは痛む肋骨を押さえながらリリィを支える。


 ゆっくりと、前を歩く。


「……ユリア」


「何?」


「お前、怪我してるな」


「……ええ」


 ユリアは苦笑した。リリィよりマシとは言え、肩を貸すのはかなり辛い。でも自分が与えた傷のせいでこうなったのだから、何とも言えない。


「肋骨が、折れてるの」


「誰に?」


「……ヒナタ」


 ここは正直に答える。


「死体を漁っているあの子に近づいたら……突き飛ばされてしまって」


 リリィも苦笑した。


(ヒナタならやりかねない。私の治療をした時も遠慮なんてしなかった。でも……殺さなかったのか)


 ヒナタの無邪気な笑顔が浮かぶ。


「……ヒナタは……優しかった。本当に優しかったんだ……」


「ええ」


 ユリアも頷いた。


「その傷の治療をしたのもあの子でしょう? 大切にしていたみたいね」


「……ありがとう」


 リリィはユリアと――ヒナタに礼を言った。この時間は、ヒナタがくれた時間。


 ユリアはそんなリリィを見て、安堵した。


(……説得は成功したみたい。後は……罠にかけたことを謝罪するだけ)


 話すのは、説得の後と思っていた。最初に話してしまったら、絶対にリリィは耳を貸さなくなる。そうなったらもうリリスを殺しに行くのを止められない。


 説得中に打ち明けた場合、あのまま殺されていただろう。リリィはそれ以上の殺人はやめるかもしれない。でも、リリスのことを誤解したままになる。


(もう少し……リリスの元に送り届けてから……)


 その結果、リリィが再びあの杖を自分に向けたとしても――仕方ない。


---


 二人は支給品投入地点まで、あと半分程度の場所まで来た。


 その時――


 ピーーーッ!


 首輪から、電子音が鳴った。


「――っ!」


 リリィとユリアは同時に立ち止まった。


『No.03夜凪アオ、死亡確認』


「……嘘」


 ユリアは――愕然とした。


「アオが……死……」


 リリィは――即座に判断した。


「……リリスがアオを、殺した」


「待って! それは何かの――」


「間違いだって言うの!?」


 リリィはユリアの手を振り払った。


「リリスとアオは一緒にいた。そしてアオが死んだ。ならば――」


 そして合理的に断定した。


「リリスが、殺したに決まってる!」


「でも――」


「主催者の駒だったんだ、やっぱり!」


 リリィは怒りに震えた。


「そんな……」


 ユリアは否定しようとした。しかし自身も動揺の中にあり、言葉が出てこない。


「……待って」


 リリィは――ユリアを睨んだ。


「お前、どうして私の居場所がわかった?」


「え……?」


 ユリアは戸惑った。


「それはリリスに、管制室にアクセスして貰って――」


 機械を知らないユリアは、ありのままを言うしかなかった。それをリリィがどう判断するかなど、それこそ判断できない。


「管制室にアクセス?」


 リリィの目が、さらに鋭くなった。


「主催者でもないのに……そんなことできるわけがない!」


「えっ!? そ、そんな――」


「そうだ……ずっと引っかかっていた。何故自分の命を懸けてまで私を止めたがる?  ――ああ、そうか」


 リリィは冷たい声で言った。


「お前も、主催者の、手先だな」


「――っ!」


 ユリアは息を呑んだ。リリィは一歩ずつユリアから距離を取りだす。


「怪我人を捨て駒に時間稼ぎ。説得出来れば上々、最悪殺されても私を油断させられる。そんなところか」


「そんなことない!」


 ユリアは必死に否定した。


「黙れ! ――ヒナタのことまで利用して!」


「私はただ――」


「嘘吐き!」


 リリィは――ライフルを構え、引き金を引いた。


 ビュゥゥゥン!


 片足での無茶な姿勢の射撃。プラズマ弾は逸れ、ユリアの足元を撃ち抜いた。


 地面が爆発し、土煙が巻きあがる。リリィはバランスを崩し後ろに倒れた。


「ぅあっ!」


 ユリアは衝撃で吹き飛ばされ――茂みの中に放り込まれた。


 リリィは土煙が収まる頃にやっと上半身を起こし、茂みを見た。


「……逃げた?」


 ユリアの姿は、見えない。気配も無い。


 リリィは再びライフルを杖に立ち上がった。


「行かなきゃ……」


 逃げた奴に構う暇はない。


 リリスが主催者の駒ならば、もう首輪を解除すれば勝ちとは思えない。最悪禁止エリアを無視して追撃してくる可能性すらある。


 一刻も早く支給品投入地点へ向かわなければならない。


 ヒナタがくれた時間で――リリスを殺す。


---


 茂みの中――


 実際には、ユリアはそこに倒れていた。


 しかしユリアが意識を失いかけていることと、日が陰り始めていることもあり、リリィには分からなかった。


「……っ」


 痛い。


 全身が――痛い。


 肋骨がさらに折れたかもしれない。呼吸が苦しい。


「……リリィ」


 朦朧とする意識で、うわ言のように呟く。


「違うの……私は……ごめんなさい……」


 その呟きは――誰にも届かない。


「私は……あなたを……」


 ユリアにはもう、立ち上がってリリィを追う力は残っていなかった。


「……ごめんなさい」


 ユリアの呟きは、徐々に小さくなっていく。


「ごめんなさい……」


「私を……殺して……」


 ユリアの意識が――途絶えた。


---


【初日 18:50】

【生存者: 3名】


【脱落者】

 No.03 夜凪アオ - 死因: 首輪爆破 (分解ペナルティ)


---


【状態表】


【遮音リリィ(孤独な管理者)】

 健康状態:脇腹と太腿に深い刺し傷(応急処置済み)、失血気味

 所持品:マルチツール、グレネード×1、プラズマライフル(弾薬55%)

 現在位置:中央森林地帯・東南東側(支給品投入地点へ移動中)

 第一行動方針:リリスの殺害

 第二行動方針:首輪解除後は禁止エリアに潜伏

 最終行動方針:生き残って管理を続ける

 備考:アオの死亡通知を聞き、リリスが殺したと判断。主催者の駒であると確信


【ユリア・フェルナ(帰る場所の番人)】

 健康状態:肋骨骨折、全身打撲、気絶

 所持品:無し

 現在位置:中央森林地帯・東南東側(茂みの中)

 第一行動方針:謝る

 第二行動方針:償う

 最終行動方針:誰も殺さない

 備考:


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