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陰陽師朝霧、異世界にクレームをつけにいく ~勇者召喚の裏で女神が雑すぎる件~  作者: 和幸雄大


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第35話 見られている勇者

 魔王軍の斥候の取り調べが終わる頃には、昼の光が少しだけ傾きはじめていた。

 東門の周辺は、まだ騒がしい。

 補給隊は、予定通り砦に戻りつつある。

 門兵たちは見張りの位置を変え、ルークは兵に短く指示を飛ばしていた。

 大きな戦闘があったわけじゃない。

 けれど、空気は朝よりも重い。

 ただの補給路確認ではなかった。

 魔王軍は、こちらの癖を見ていた。

 砦の反応。

 伏兵の位置。

 門兵の動き。

 そして、勇者がどこまで出てくるか。

 面倒なことに、向こうはちゃんと考えていた。

 そういう敵は、雑じゃない。

 だから余計に嫌いだ。

「ミツネさん」

 中庭の端で、悠真がこちらに気づいた。

 ルークと一緒に門前の確認をしていたらしく、手には簡易の配置図を持っている。

 顔は真面目だ。

 でも、少し硬い。

 さっきの襲撃で、自分が外へ出ようとしたことを気にしているのだろう。

「ちょうどよかった」

 私は歩きながら言った。

「少し話すわよ」

「はい」

 返事は早い。

 ただ、声が少しだけ沈んでいた。

 分かりやすい。

 勇者というより、怒られる前の学生みたいだ。

「先に言っておくけど、別に説教じゃないから」

「……そうなんですか」

「説教に聞こえる可能性はあるけど」

「それ、ほぼ説教じゃないですか」

「受け取り方の問題ね」

 サトリが肩の上で、くすっと笑った。

「ミツネ、言い方が悪い」

「知ってる」

 私は中庭の隅へ移動した。

 そこなら兵の邪魔にならないし、声もそこまで広がらない。

 ルークも少し離れた位置で立ち止まる。

 エリシアもこちらへ来た。

 どうやら、同席するつもりらしい。

「結論から言うわ」

 私は悠真を見る。

「あんた、見られてた」

 悠真の顔が固まった。

「……俺が、ですか」

「ええ」

 私は頷いた。

「補給隊が襲われた時、あなたが出るかどうか。門の外が騒がしくなった時、どこまで動くか。兵が慌てた時、つられて前に出るか」

 悠真は口を結んだ。

 心当たりがある顔だった。

「斥候は、それを見に来てた」

「荷物じゃなくて?」

「荷物も見てる。でも本命はこっち」

 私は指先で、軽く中庭を示した。

「砦の動きと、勇者の反応」

 悠真の視線が少し落ちる。

「……やっぱり、俺、動きが変でしたか」

「変というより、分かりやすい」

 私は言った。

「危ないものを見たら、助けに行こうとする。外が騒がしくなったら、すぐ顔に出る。自分が行くべきかどうかで迷う」

「それって、そんなに悪いことですか」

 声に、少しだけ反発が混じった。

 当然だと思う。

 助けたいと思うこと自体は、悪くない。

 むしろ、そこを否定したら悠真の良さまで潰す。

 だから、言い方を間違えると面倒なことになる。

 私は少しだけ息を吐いた。

「悪くないわよ」

 悠真が顔を上げる。

「助けたいと思うのは、悪くない。そこで何も感じなくなったら、それはそれで終わりだもの」

「じゃあ――」

「でも」

 私はそこで言葉を切った。

「助けたい気持ちを、敵に利用されるのは別」

 悠真は黙った。

 風が中庭を抜ける。

 門の方から、木箱を運ぶ音がした。

「魔王軍は、あなたをただの戦力として見てるわけじゃない」

 私は続けた。

「砦に揺さぶりをかけるための引き金として見てる」

「引き金……」

「そう。あなたが出れば、兵も動く。兵が動けば、配置が崩れる。配置が崩れれば、門や補給路に穴ができる」

 ルークが静かに頷いた。

「勇者殿が突出すれば、こちらは必ず支援を出す。結果として、砦全体の守りが薄くなる」

 悠真の手が、配置図を握る。

「俺が助けに行くことで、逆に危なくなるかもしれないってことですか」

「そういうこと」

 私ははっきり言った。

「だから、“行くな”じゃない。“一人で反応するな”」

 悠真は、その言葉を噛みしめるように黙った。

 エリシアが一歩前に出る。

「勇者殿。あなたの力は、私たちにとって大きな支えです」

「はい」

「ですが、敵にとっても同じです。あなたがどう動くかによって、戦場の形が変わる。だからこそ、あなたを見ています」

 エリシアの声は柔らかい。

 でも、逃げ道は作らない。

 こういう言い方は上手い。

 王女とか聖女とか、そういう立場の人間は、たまにこういうところで強い。

「……分かりました」

 悠真は小さく頷いた。

「俺、見られてるんですね」

「見られてる」

 私は即答する。

「顔も、足の向きも、剣に手をかける速さも、全部」

「そこまで?」

「そこまで」

 サトリが肩の上で、ふすっと鼻を鳴らした。

「迷うと、においが変わる」

「それはサトリ基準でしょ」

「でも分かる」

「まあ、分かるわね」

 悠真が少しだけ苦笑した。

 ほんの少し空気が緩む。

 重くなりすぎる前に、ちょうどいい。

「じゃあ、どうすればいいんですか」

 悠真が訊いた。

「動くなって言われても、いざ目の前で誰かが襲われたら、たぶん俺、迷います。……助けに行こうとすると思います」

「迷うのはいい」

「いいんですか」

「いい。迷わない人間の方が怖い」

 私は地面に落ちていた小石を拾い、指先で転がした。

「ただし、迷った時にやることを先に決めておく」

「先に?」

「そう」

 私は小石を地面に置いた。

「第一、音がしたら、すぐ走らない」

「はい」

「第二、剣に手をかける前に、周囲を見る」

「周囲を見る」

「第三、必ずルークかエリシアに視線を向ける。いなければ一番近い指揮役を見る」

 ルークが補足する。

「こちらから合図を出す。出撃、待機、護衛、後退。そのどれかだ」

「俺が自分で判断するんじゃなくて?」

「最初はね」

 私は言う。

「慣れてきたら自分で判断していい。でも今は、敵に顔を読まれてる。なら、判断の速度より、動きの安定を優先する」

 悠真は真剣に聞いていた。

 その表情は、さっきより少し落ち着いている。

 分からない怖さより、やることが決まる方が人は動ける。

 たぶん勇者も同じだ。

「つまり、俺が勝手に動くと、みんなが乱れる」

「そう」

「でも、合図を見て動けば、みんなの動きに組み込める」

「そういうこと」

「……難しいですね」

「難しいわよ」

 私は即答した。

「勇者って、思ったより面倒な仕事ね」

 悠真が苦い顔をする。

「俺も最近、そう思ってます」

「でしょうね」

 エリシアが少しだけ困ったように笑った。

「勇者殿にそのような言い方をする方は、あまりいないと思います」

「持ち上げすぎても、本人が困るだけでしょ」

 私は肩をすくめる。

「勇者だって、足は二本しかないし、目も二つしかない。全部見えるわけじゃない」

 悠真は、少しだけ目を丸くした。

 そして、小さく笑った。

「なんか、それを聞くと少し楽です」

「楽でいいのよ」

 私は言った。

「重すぎる肩書きなんて、長く持ってると肩が壊れるから」

 サトリが頷く。

「肩こり勇者」

「それ、嫌すぎるな……」

 悠真が思わず呟いた。

 そこで、ガルドの大きな声が中庭に響いた。

「おい、話は終わったか?」

 振り返ると、ガルドが腕を組んで立っていた。

 いつの間に来たのか。

 足音が大きいくせに、こういう時だけ変に自然に混ざってくる。

「今、ちょうど実地確認をするところ」

 私が言うと、ガルドはにやりと笑った。

「なら俺がやる」

「何を?」

「揺さぶり役だ」

 嫌な予感がした。

 だいたい、ガルドが楽しそうな顔をしている時は、ろくなことにならない。

「勇者!」

 ガルドが突然、門の方を指差して叫んだ。

「外で補給隊が襲われた! 負傷者が出たぞ!」

 悠真の体が、びくっと反応した。

 足が半歩、前に出る。

 剣の柄へ手が伸びかける。

 けれど。

 そこで止まった。

 悠真は歯を食いしばるようにして、まず周囲を見た。

 門。

 兵。

 ルーク。

 そして、ルークの顔へ視線を向ける。

 ルークは短く言った。

「待機」

「……はい!」

 悠真は、その場に踏みとどまった。

 肩には力が入っている。

 でも、動かなかった。

 悪くない。

 かなり悪くない。

「今のは?」

 私は訊いた。

 悠真は少し息を吐いてから答える。

「音がしたら走らない。周囲を見る。指揮役を見る。合図を待つ」

「よろしい」

 サトリがぱちぱちと小さく手を叩いた。

「勇者、えらい」

「サトリに褒められると、なんか妙な気分だな……」

「褒めたのに」

「いや、嬉しいけど」

 ガルドが豪快に笑った。

「今の半歩は見えてたぞ」

「すみません」

「謝るな。止まれたなら十分だ」

 ガルドは意外とこういうところで雑に優しい。

 雑なのに、ちゃんと優しい。

 そこは少しだけ、この世界にしては悪くない。

「もう一回やる?」

 ガルドが言う。

「やります」

 悠真は即答した。

 今度は、迷いが少なかった。

 いい。

 折れたわけじゃない。

 逃げたわけでもない。

 自分の怖さを理解した上で、次にどうするかを掴もうとしている。

 そういう人間は、伸びる。

 たぶん。

 少なくとも、女神の夢にただ流されるよりはずっといい。

 何度か簡単な確認を繰り返すうちに、悠真の動きは少しずつ安定していった。

 声に反応する。

 でも、走らない。

 剣に手をかける。

 でも、抜かない。

 周囲を見る。

 指揮役を見る。

 合図を待つ。

 地味だ。

 地味すぎる。

 でも、こういう地味な積み重ねが、たぶん一番効く。

 勇者の必殺技より、勇者が勝手に飛び出さないことの方が、今の砦には必要だった。

「ミツネさん」

 訓練が一段落したあと、悠真が汗を拭いながら言った。

「はい」

「これ、女神様の夢にも関係ありますか」

 私は少しだけ目を細めた。

「あるわね」

「やっぱり」

「魔王軍は外から、あなたの反応を見てくる。女神様は内側から、“勇者ならこうするべき”って形を押してくる」

 悠真は黙って聞いている。

「どっちも、あなたを動かそうとしてる」

「外と内から」

「そう」

 私は頷いた。

「だから、あなた自身が“自分は今、何に反応しようとしてるのか”を知る必要がある」

「敵に見られているのか。女神様に押されているのか。自分で決めてるのか」

「その三つを分ける」

 悠真は小さく息を吐いた。

「難易度高いですね」

「雑な運営の世界に呼ばれた勇者だから、そこは諦めて」

「諦めたくないんですけど」

「じゃあ、慣れて」

「もっと嫌です」

 口ではそう言いながら、悠真の表情はさっきよりずっとましだった。

 怖さは消えていない。

 でも、怖さの形は見えた。

 それだけで、少しは違う。

 夕方になると、補給隊が砦へ戻ってきた。

 荷車は三台とも無事。

 護衛にも大きな怪我はない。

 兵たちはわざと大騒ぎせず、いつも通りに見えるよう荷下ろしを始めた。

 それを門の上から見ながら、私は袖の中の札を確かめる。

 昼は外。

 夜は内。

 たぶん、今夜も来る。

 女神様の優しい顔をした、雑な誘導が。

 悠真は中庭で、ルークと最後の確認をしていた。

 まだ頼りない。

 でも、さっきより立ち位置はましだ。

 勇者として立つ前に、まず砦の一員として立つ。

 それができれば、見られ方も変わる。

「主」

 後鬼が静かに声をかけてきた。

「夜の符、準備を進めています」

「お願い」

「はい」

「今日は、昨日より少し早めに張る」

「承知しました」

 私は空を見上げた。

 夕陽が、砦の壁を赤く染めている。

 綺麗だと思う前に、見張り台の影が気になった。

 嫌な習慣がついたものだ。

 でも、今はそれでいい。

 見られているなら、見られている前提で動く。

 押されるなら、押される前提で踏みとどまる。

 勇者を、勝手に物語の形へ押し込ませない。

 それが、今日決めたことだった。

 私は袖の中の札を軽く押さえる。

 この世界は――

 勇者の扱いまで、いちいち雑すぎる。

 砦から少し離れた林の奥。

 低い枝の影に紛れるように、一つの影が膝をついていた。

 魔族の斥候。

 ただし、昼に捕らえられた者とは別の影だ。

 その斥候は、砦の方を一度だけ振り返る。

 補給隊は戻った。

 勇者は出なかった。

 捕らえられた仲間も戻らない。

 そして、砦は大きく乱れなかった。

 それは、想定していた結果の中では、あまり面白くない部類だった。

「……報せるか」

 斥候は短く呟き、腰の笛には触れなかった。

 代わりに、小さな黒い石を取り出す。

 表面に、ひびのような赤い線が走っていた。

「東門、変化あり」

 低い声が、石に吸い込まれていく。

「勇者、誘導に乗らず。砦側、観測に気づいた可能性あり。捕縛一名。補給隊被害、軽微」

 少しの沈黙。

 やがて、石の向こうから別の声が返った。

『ならば、次は門ではない』

 斥候は頭を垂れる。

『勇者が出ないなら、出ざるを得ない状況を作れ』

「承知」

『砦の外を揺らして駄目なら、内側を揺らす』

 通信が切れた。

 林の中に、夕方の冷たい風が通る。

 斥候は黒い石を懐にしまい、音もなく身を引いた。

 砦の灯が、遠くに見える。

 その灯はまだ、静かだった。

 けれど、次に揺れる場所は、門とは限らない。

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