第34話 近すぎた斥候
捕らえた斥候は、そのまま東門脇の空き部屋へ門兵たちに連行されていった。
もともとは物資の一時保管に使っていた部屋らしく、寒くて窓も小さい。昼なのに薄暗い。
机が一つ。椅子が二つ。隅には拷問器具。
あまり長居したくなる感じの場所ではなかった。
「こういう部屋って、だいたい雰囲気がやる気あるのよね」
私がぼそっと言うと、後鬼が静かに首を傾げた。
「やる気、とは」
「喋りたくない相手まで喋らせようとする感じ」
「その通りかと」
「嫌な一致ね」
斥候は椅子に座らされ、両手を後ろで縛られていた。
痩せている。
若い。
でも、目だけは妙に擦れていた。
走るのが仕事の目だ。
見て、数えて、逃げることに慣れている。
エリシアとルークも部屋に入ってくる。
悠真はいない。
そこは最初から外した。
見られていた本人を同席させる意味は薄いし、変に感情を乗せると話がややこしくなる。
「で」
私は机の端にもたれながら、斥候を見た。
「まず確認だけど、あなた、荷物を盗りに来たわけじゃないわよね」
返事はない。
まあ、そうだろうと思った。
「だんまりか」
ルークが低く言う。
「口の固いのは美徳だけど、場所を選びなさいよ」
私は斥候の腰から外された笛を指でつまんだ。
細い。軽い。飾りもない。
でも、作りは悪くない。雑兵に持たせる合図道具にしては、少し手がいい。
「これ、近距離用だけじゃないわね」
私が言うと、斥候の目がほんの少しだけ泳いだ。
ああ、当たりか。
「吹けば音が二つに割れる。近くへの合図と、少し離れた位置への合図。便利そう」
私は笛を机に置いた。
「つまり、一人で見て終わりじゃない。見たものを、すぐ後ろへ流す役目もあった」
エリシアが斥候へ視線を向ける。
「斥候としての観測。現場判断ではなく、上へ上げる前提ということですね」
斥候は口の端を歪めた。
「……よく喋るな、人間は」
「そうね。黙ってるより、だいたい早いから」
私は平然と返した。
「で、もう一つ。今日の位置は近すぎた」
斥候の肩がわずかに動く。
「荷車の動きだけ見たいなら、あそこまで寄らない。
兵の顔を見たいなら、まあ分かる。
でも、あなたが見てたのは兵だけじゃない」
私はわざと一拍置く。
「勇者でしょ」
今度は、目が左右に不自然に動く。
否定の言葉が出ない。
それで十分だった。
「やっぱりね」
ルークが腕を組む。
「何のために勇者を見る」
斥候は鼻で笑った。
「そっちこそ分かってるんじゃないのか」
「確認してるの」
私は言った。
「分かってるのと、口から言わせるのは別」
斥候はしばらく黙っていたが、やがて乾いた声で言った。
「……出るかどうかだよ」
部屋の空気が少しだけ締まる。
私は続きを促した。
「何をきっかけに」
「荷が襲われた時。護衛隊が襲われた時。門の外が騒がしくなった時」
「つまり、勇者が“助けに出る線”を測ってたわけだ」
「そうだ」
あっさり認めた。
諦めたのか、もともとその程度は喋っても構わないと切っているのか。
たぶん後者だろう。
「補給隊は餌。砦の兵も餌。勇者も、反応を見るための餌」
私が言うと、斥候が薄く笑う。
「言い方が悪いな」
「実際、悪いでしょ」
「戦で綺麗事を言うなよ」
「言ってないわよ。感じが悪いって言ってるだけ」
後鬼が静かに斥候の背後へ立ったまま、気配を動かさない。
あの位置に立たれると、たいていの相手は落ち着かなくなる。
便利だけど、ほんとに絵面がよくない。
エリシアが短く問う。
「目的は、勇者殿を誘い出して囲むためですか」
「そこまでは知らん」
「知らない、ね」
私は机を軽く指先で叩いた。
「でも、“どの程度で出るか”を知っておきたい理由はある」
斥候は沈黙した。
私は少し考えてから、言葉を変える。
「次に仕掛ける時、勇者込みで砦を崩せるか測ってた。違う?」
「……近い」
完全な肯定ではない。
でも、十分だ。
魔王軍は補給路そのものを本命にしているわけじゃない。
補給路を使って、砦全体の反応と勇者の出方を測っている。
嫌らしい。そして、かなり現実的だ。
「主」
後鬼が静かに言う。
「持ち物、他にもあります」
「見せて」
後鬼が机の上に、斥候の所持品を並べた。
短剣。小さな干し肉の包み。
水袋。
紙片が二枚。
そのうち一枚を手に取る。
地図というほど丁寧じゃない。
でも、東門周辺と街道の折返し地点、林の位置、見張り台の死角が雑に記されていた。
「うわ、素直」
思わずそう言うと、ルークが紙を覗き込んだ。
「見張り台の角度まで見ているな」
「ええ。荷物より、こっちの方が本命っぽい」
もう一枚の紙には、短い印と数字が並んでいた。
三。二。一。線。丸。
「これ、兵の数?」
私が呟くと、斥候が目を逸らした。
「門前の人数。見送り。追従。潜伏。そんなところかしら」
エリシアが低く息を吐いた。
「砦の反応速度と配置の記録ですか」
「そういうことね」
私は紙を机に戻した。
「ほんと、荷なんてついでじゃない」
斥候が少しだけ肩をすくめる。
「補給を切れれば楽だ。だが、もっと楽なのは、相手の癖を掴むことだ」
「分かるけど、言われると腹立つわね」
「それは知らん」
「でしょうね」
私は椅子を引いて座った。
「じゃあ、もう少しだけ教えて。今日は何を報せるつもりだった?」
「……勇者は出ない」
「うん」
「砦は慌てない」
「うん」
「伏兵が潜んでいる」
「そこまでは把握済みね」
斥候はそこで一度黙った。
そして、少しだけ嫌な笑い方をした。
「あと、勇者はまだ砦での対応に慣れてない」
私は眉を上げる。
「へえ」
「立ち位置が浮いてた。兵と連携できてない。迷えば、顔に出る」
ルークの空気が一段低くなる。
でも、否定はできない。
外から見ても、それが分かる程度には、悠真はまだ馴染みきれていない。
「見られてるわねえ……」
思わず本音が漏れた。
斥候が鼻で笑う。
「勇者なんて、目立つ餌だろ」
「餌って言い方、今日あんた何回目?」
「戦場ならそんなものだ」
「そういう正論ぶる感じも、私は嫌い」
エリシアが話を切るように言った。
「これ以上、詳細は引き出せますか」
私は斥候を見る。
まだ喋る余地はある。
でも、ここから先は現場の下っ端が知らない部分に入る気がした。
「無理に掘っても、今日はこの辺ね」
「同感だ」
ルークが頷く。
「持ち物と証言だけで十分、意図は読める」
「じゃあ決まり」
私は立ち上がった。
「この子は別室で拘束継続。笛と紙はこっちで預かる。東門の見張り位置は今夜までに微調整。あと、悠真には“見られている前提”をもう一段だけ入れる」
「伝えます」
エリシアが短く応じる。
後鬼が斥候を立たせた。
その時、斥候がふと私を見た。
「一つ、教えてやる」
「なに」
「今日の俺が戻らなきゃ、向こうは“何かあった”と思うだろうな」
「でしょうね」
「なら、次は見るだけじゃ済まないかもな」
私は少しだけ考えてから、肩をすくめた。
「それも込みで、あんたを捕まえたのよ」
強がりでもなんでもない。
見逃しても、尋問した事実は残る。
なら、こっちも一枚取るしかない。
「俺を帰して、何もなかった顔をさせる手もあるけど?」
斥候が言う。
「それ、あんたが上手くやれるならね」
私は笑った。
「でも、私、あんたの演技を信じるほど優しくないの」
斥候は舌打ちし、それきり口を閉ざした。
後鬼に連れられて、部屋の外へ消えていく。
扉が閉まると、ようやく少しだけ空気が軽くなった。
「……嫌な内容でしたね」
エリシアが静かに言う。
「ええ」
私は机の上の紙片を見た。
「でも、分かりやすくはなった」
「魔王軍は、補給そのものより、砦の癖と勇者殿の反応を見ている」
「そう。少なくとも今は、それが主目的」
ルークが低く問う。
「女神様の件とは、やはり分けて考えるべきか」
「分けるべき」
私は即答した。
「魔王軍は外から砦の癖を見てる。女神様は悠真を勇者として、自分の思惑どおりに内側から動かそうとしてくる。見ている場所も、やり方も違う。だから、こっちも分けて考えた方がいい」
そして、小さく息を吐く。
「別々の話なのに、昼も夜も休ませてくれないのが最悪なのよ」
「休まる隙がありませんね」
「ほんとにね」
私は笛を指先で転がした。
軽い音が、乾いた机の上で鳴る。
「雑な世界っていうのは、問題だけは時間差できっちり寄越してくるのよ」
エリシアが、ほんの少しだけ口元を緩めた。
「それは、分かる気がします」
「分かってほしくない共感ね」
部屋の外では、昼の兵たちの声が聞こえていた。
門の上では、まだ見張りが続いているはずだ。
補給隊も、もうじき戻る。
外の目は、まだある。
たぶん、夜の斥候もまた来る。
けれど、少なくとも今日は一つ、輪郭が見えた。
魔王軍は、勇者をただの戦力として見ているわけじゃない。
砦に揺さぶりをかけるための引き金として見ている。
それなら、守り方も少し変わる。
私は机の上の笛を袖にしまった。
軽いくせに、持つと妙に気分が悪い。
この世界は――
測り方まで、いちいち雑すぎる。




