第33話 荷より見たいもの
昼前、魔王軍に見せつけるための補給隊が東門を出発した。
荷車は三台。
前と後ろに護衛がついて移動している。
ぱっと見た目は、昨日までと大きく変わらない。
けれど、積み荷の中身も並びも違う。
見せる荷。
隠す荷。
わざと重そうに見せている箱。
逆に、空箱なのに慎重に扱わせている箱。
外から見れば、そこまで露骨じゃない。
でも、注意して見れば違和感はある。
今日は、その違和感に魔王軍が食いつくかを見る日だった。
私は門の上から、その出発を見ていた。
肩の上のサトリが、小さく尻尾を揺らす。
「いるね」
「いるわね」
門の外、木立の影。
昨日と同じような位置。
けれど、今日はひとつじゃない。
近い位置に一つ。
少し下がった位置に一つ。
たぶん、もっと奥にもいる。
こちらを見ている。
ちゃんと、砦の動きを見ている目だ。
「数、増えてる?」
「増えてる。昨日より欲張り」
私は小さく息を吐いた。
補給品そのものが欲しいなら、もっと別の張り付き方をする。
荷車の通る先だけを見ればいい。
でも、あいつらは違う。
門。
兵の出入り。
護衛の数。
誰がどこまで見送りに出るか。
そういう、砦の動きを見ている。
つまり、見たいのは積み荷じゃない。
荷に釣られて、こちらがどう動くかだ。
「ミツネ殿」
横でエリシアが低く言った。
「予定通り、補給隊は第一地点まで向かわせます」
「ええ。それでいい」
「勇者殿は、門前の確認へ」
「そっちも予定通りで」
私は下を見た。
東門の内側では、悠真がルークと一緒に動いていた。
今日の悠真は、出撃でも戦闘でもない。
門扉の開閉補助。
見張り台への上がり下り。
兵の立つ位置の確認。
門前から中庭へ戻る際の導線確認。
剣を振り回しているわけでもなければ、格好よく立っているわけでもない。
ただ、砦の中で人がどう動いているのかを覚えている。
地味だ。
でも、今はそれでいい。
外の連中に見せたいのは、勇者がすぐに前面へ出てこない動きなんだから。
ルークが何か短く言うと、悠真が真面目な顔で頷いた。
それから門の脇へ移動し、兵と二言三言交わした。
まだ硬い。
でも、昨日よりずっとましだ。
「ちゃんといるね」
サトリが言う。
「いるわよ。見える位置にね」
勇者が砦の中にいて動かない。
それを、あえて見せる。
面倒だけど、こういうのは積み重ねだ。
一回で効かなくても、相手の見立ては少しずつずれる。
やがて、補給隊がゆっくりと進みはじめた。
門の前で一度止まり、荷車の車輪を軽く確認する。
護衛が短く周囲を見る。
それから、街道へ出る。
いつも通りに見える速度。
いつも通りに見える慎重さ。
けれど、見えない位置には別働隊が追従している。
街道脇の低い斜面。
林の手前。
見張り台から死角になる浅い窪地。
昨日までなら空いていた場所に、今日はちゃんと目を置いている。
「動いた」
サトリが耳を立てた。
木立の奥、影がひとつ滑る。
前へ出た。
餌に食いついたというより、確認しに来た動きだ。
私は袖の中の札を指で押さえた。
「後鬼」
「はい」
「右の林沿い。浅く回って」
「捕らえますか」
「まだ」
私は目を細める。
「まず、何を見てるか確かめる」
後鬼は音もなく気配を薄くし、その場から消えた。
相変わらず便利だ。
便利すぎて、たまにこっちの感覚が雑になる。
よくない。
私は自分にそう言い聞かせながら、補給隊の進む先を見た。
第一折返し地点は、街道が少しだけ細くなる場所だ。
右手に低木。
左に浅い崖。
荷車が詰まるにはちょうどいい。
嫌な地形だが、だからこそ相手も見に来る。
案の定、前の荷車がそこで少し速度を落とした。
車輪が石に取られたふりをする。
護衛が二人、前へ出る。
後ろの護衛は少し遅れて寄る。
露骨じゃない。
でも、見ている側からすれば、ああいう時にどう動くかがよく見える形だ。
「……来る」
私が小さく呟いた直後だった。
林の奥から、獣型の魔物が二体、街道へ飛び出した。
狼に似ている。
でも、肩の骨が妙に張っていて、目の色が濁っている。
自然に湧いた魔物じゃない。
追われて流れたんじゃなく、解き放たれた感じだ。
「やっぱりね」
前の護衛が一歩下がる。
怯んだように見せる。
そこで、二体目が荷車の側面へ回った。
――その瞬間。
街道脇の茂みから、隠れていた兵が飛び出した。
槍が一閃。
横合いから、別の一人が足を払う。
魔物は一体がその場で崩れ、もう一体は向きを変えようとして、後ろから矢を受けた。
短い。
一息で終わる程度の襲撃だった。
でも、見るには十分だ。
どこから兵が出てきたか。
何人潜んでいたか。
護衛が慌てて増援を呼ばなかったか。
そういうのを、向こうは見ている。
「主」
気づけば、後鬼がすぐ横に戻っていた。
「見ていたのは三つです」
「三つ」
「一つは今、左の尾根へ下がりました。一つはそのまま。もう一つが近い」
「近い?」
後鬼が視線だけで示す。
門の外、右手の木立。
昨日より近い。
いや、近すぎる。
見るだけなら、そこまで寄らない。
そこは数を数える位置じゃなく、表情を見る位置だ。
「……なるほど」
私は小さく笑った。
「荷車だけじゃないのね」
「はい」
「勇者の顔が見たいんだ」
そこまで言ったところで、門の下から声がした。
「ミツネさん!」
悠真だ。
見上げる顔は真剣だったが、ちゃんと門の内側にいる。
飛び出してはいない。
「今の、補給隊が襲われたんですよね」
「そうよ」
「出た方が――」
「出なくていい」
私は即答した。
「でも」
「でもじゃないの。今日のあんたの役目は、そこにいること」
悠真が言葉に詰まる。
私は少しだけ声を落とした。
「外の連中は、補給隊を見てる。ついでに、勇者がどこにいるか、食いつくかも見てる。ここで出たら、向こうの観察対象が一つ増えるだけでしょ」
その言葉に、悠真は唇を結んだ。
それから、短く頷く。
「……わかりました」
「よろしい」
ルークが隣で低く言う。
「門前行動、継続」
「はい」
いい。
ちゃんと止まった。
昨日のままだったら、たぶん飛び出す理由を探していた。
少しは効いている。
私は再び外へ視線を戻した。
その時、サトリが低く唸った。
「近いの、逃げる」
「逃がさないで」
「ん」
サトリの体がふっと軽くなった。
肩から飛び降り、門柱の影を滑るように消える。
その数秒後、木立の中で短い悲鳴が上がった。
兵がざわめく。
でも、私は手で制した。
「騒がないで。そのまま」
待つ。
やがて、サトリが戻ってきた。
その後ろを、後鬼が片腕を押さえた小柄な影を引いてくる。
痩せた魔族だった。
斥候役だろう。
革鎧は薄く、足回りだけが妙に軽い。
腰に短剣。
口元には、笛のようなもの。
「へえ」
私は門の上から見下ろした。
「ずいぶん近くまで来てたのね」
斥候は舌打ちしたが、後鬼に肩を押さえられ、そのまま膝をつく。
「何を見に来たの」
返事はない。
まあ、素直に話す顔じゃない。
私は少しだけ札を見せる。
「別に、全部喋れとは言わないわ。ひとつでいい。荷? 砦? それとも勇者?」
斥候の目が、ほんの一瞬だけ揺れた。
それで十分だった。
「……ああ、そう」
私はため息をつく。
「やっぱり、荷はついでなのね」
斥候が顔をしかめる。
「補給品を襲って奪うつもりなら、あんな軽い当たりじゃ済まない。見たいのは、こっちがどう動くか」
私は門の下の悠真へ視線を落とした。
「その中に、勇者がどこまで出るかも含まれてる」
斥候は黙ったままだったが、否定もしなかった。
十分だ。
エリシアが横で小さく息を吐く。
「なるほど。補給路そのものより、反応の計測ですか」
「ええ。荷は餌。見たいのは砦の対応」
私は斥候を見る。
「現実的で、嫌なやり方」
「主、処分を」
後鬼が静かに問う。
「待って」
私は少しだけ考えた。
ここで消して終わりでもいい。
でも、それだけだと浅い。
「笛、持ってるわよね」
斥候の腰を見る。
「合図用でしょ」
相手の目がまた動いた。
当たりか。
「吹かせないように縛って。それから別室。口を割るかはともかく、持ち物は全部見る」
「はい」
後鬼が斥候を立たせる。
その時、門の外から風が入った。
昼の乾いた風だ。
街道の先では、補給隊が何事もなかったように態勢を立て直している。
倒した魔物はすでに脇へ寄せられ、荷車はゆっくり動き直していた。
いい。
あれでいい。
大騒ぎしない。
勇者も飛び出さない。
砦は崩れない。
そういう、つまらない返しが、たぶん一番効く。
私は門の上から周囲をもう一度見た。
木立。
街道。
少し先の曲がり角。
まだ、こちらを見ている目がある。
でも、さっきまでとは少しだけ質が違った。
期待が外れた目だ。
「……残念だったわね」
誰にともなく、私は呟く。
外は外で、ただ嫌らしく現実的に動いている。
内は内で、優しい顔をして急がせてくる。
別口だ。
だからこそ、別々に処理するしかない。
まずはひとつ。
今日は、外の分を返せた。
私は袖の中の札を軽く押さえた。
この世界は――
餌の撒き方まで、いちいち雑すぎる。




