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陰陽師朝霧、異世界にクレームをつけにいく ~勇者召喚の裏で女神が雑すぎる件~  作者: 和幸雄大


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第32話 別の手口

 朝、目が覚めた時には、頭の奥にまだ昨日の夢の記憶が薄く残っていた。

 嫌な感じだった。

 怖かったわけじゃない。むしろ逆だ。

 優しかった。

 だから、なおさら質が悪い。

 窓の外はもう明るい。

 砦の中庭では、朝から兵たちが動いている音がしていた。

 木箱を運ぶ音。

 短い号令。

 水桶の揺れる音。

 昨日までと同じ朝のはずなのに、全部が少しだけ忙しい。

 補給路を狙う動きは、まだ止んでいない。

 外では魔王軍の斥候が動いている。

 内側では、勇者である悠真の夢に女神の手が入ってくる。

 面倒ごとが、綺麗に二つに分かれている。

 ほんと、感じが悪い。

「起きてる?」

 ノックのあと、フィーナが控えめに顔を出した。

「起きてるわよ」

「エリシア様が、昨夜の結果を聞きたいと」

「でしょうね」

 私は寝台から降りると、袖の中の札を確かめた。

 昨夜使った符は何枚か消耗している。

 あとで書き直しだ。

 地味に面倒だが、そういう地味な手間ほど後回しにするとろくなことにならない。

 肩に飛び乗ってきたサトリが、小さく欠伸をした。

「まだ眠い」

「私はもっと眠い」

「でも行くんでしょ」

「行くわよ」

 行かないと、余計面倒なことになるから。

 それだけだ。

 司令用の部屋へ入ると、すでに何人か集まっていた。

 エリシア。

 ルーク。

 リゼ。

 ガルド。

 悠真もいる。

 昨日より、空気が少しだけ締まっていた。

 たぶん、みんな昨夜のことを聞かされるのを待っている。

「ミツネ殿」

 エリシアが席についたまま、まっすぐこちらを見る。

「昨夜の様子を」

「見えたわ」

 私は余計な前置きを省いた。

「まず結論から言う。補給路を探ってる外の連中と、悠真の夢に触ってきた女神の手は、少なくとも同じ動きじゃない」

 部屋の空気が少し揺れる。

 兵のひとりが慎重に訊いた。

「つまり……別々、ということですか」

「ええ。別口」

 私は机の上の地図の端を指で押さえた。

「外は外で、砦の反応と補給路の癖を見てる。どこで荷が止まるか。どれだけ兵が出るか。どこが薄いか。やってることは、ふつうに偵察」

 そこで、今度は指を自分のこめかみのあたりへ向ける。

「で、こっちはこっち。女神の方は、悠真を急がせたい。外の戦況を助けたいのか、勇者としての動きを早めたいのか、そこまではまだ断定しない。でも、やり方ははっきり見えた」

「どんなやり方だったんですか」

 悠真の声だった。

 昨夜のことを思い出しているのか、少しだけ顔色が悪い。

「命令してこないの」

 私は答える。

「“行け”とも、“戦え”とも言わない。その代わり、“君が選ぶんだ”って形を取る」

 ルークが眉を寄せた。

「誘導、か」

「そう。しかも雑に背中を押すんじゃない。迷った先へ、都合のいい方を差し出してくる」

 少しだけ間を置く。

「昨日のは、かなり感じ悪かったわよ」

 リゼが小さく息を吐いた。

「外は魔王軍、内は女神様。分担でもしてるみたいね」

「してないから、余計にたちが悪いのよ」

 私は肩をすくめる。

「別々に好き勝手やってるのに、受ける側からしたら同時に来るんだから」

 ガルドが腕を組んだ。

「じゃあ、砦としては二つに分けて考えりゃいいんだな」

「そういうこと」

 私は頷いた。

「補給路の問題と、悠真の問題は、繋がって見えても別件として扱った方がいい。そこを混ぜると、話がややこしくなる」

 エリシアが静かに問い返す。

「では、外への対応は昨日決めた通り、補給路の変則運用。内側は、勇者殿への干渉を見極めて切る。その二本立てで進めるべきだと」

「ええ」

「女神様が、魔王軍と手を組んでいる可能性は?」

 その問いには、部屋の兵たちもわずかに緊張した。

 私は少し考えてから、首を横に振る。

「今のところ薄い」

「理由は」

「やり方が違いすぎるから」

 私ははっきり言った。

「魔王軍は外から形を見てる。兵の数、動線、補給の癖。あくまで砦を崩すための見方」

「はい」

「でも、女神の方は悠真の迷いに触ってくる。砦がどうとか、補給がどうとかじゃない。勇者を“ある動き”に寄せたい感じが強い」

 悠真が小さく俯いた。

「俺を、ですか」

「あなたを、よ」

 そこで誤魔化しても意味がない。

「ただし、勘違いしないで。あんたを壊したいっていうより、“勇者として正しく動かしたい”って押し方だった」

「味方、なんでしょうか」

「味方なんでしょうね」

 私は少しだけ口の端を引いた。

「ただし、かなり雑な味方」

 サトリが肩の上で、ふす、と鼻を鳴らす。

「やさしいふりして急がせるやつ」

「そう、それ」

 悠真は苦い顔で笑った。

「なんか、すごく嫌な言い方なのに、たぶん合ってます」

「嫌なものは嫌って言うの。遠慮しても変わらないから」

 エリシアが小さく頷き、話を戻した。

「では、本日の動きですが」

「補給隊は予定通り動かす」

 私は地図を見ながら言う。

「ただし昨日決めた通り、見せる荷と隠す荷を分ける。見える護衛は増やさない。代わりに、見えない位置に人を置く」

「はい」

「悠真は外へ出さない」

 それに、悠真がすぐ反応した。

「え、今日もですか」

「今日もよ」

「でも、補給路が狙われるなら――」

「だからこそ、今日は出さない」

 私は言い切った。

「昨日見られた直後に、勇者が分かりやすく動いたら、向こうに情報を足してあげるだけでしょ」

 悠真が口をつぐむ。

 不満はある顔だ。

 でも、無茶を言っている自覚も少しはあるらしい。

「じゃあ俺、何をすれば」

「砦の中で動く」

「中で?」

「門前の見回り、兵との顔合わせ、護衛との連携確認。砦の中にいる勇者として、自然な範囲で動くの」

 ルークが補足するように言った。

「出撃ではない。慣らしだ」

「……慣らし」

「そう。前に出るための準備」

 私は続ける。

「向こうに“動いてない”と思わせるのも一つの見せ方だし、逆に“砦の中で少しずつ馴染んでる”と見せるのもあり。どっちにせよ、外で派手に動くよりまし」

 悠真は少し黙ってから、しぶしぶ頷いた。

「わかりました」

「よろしい」

 そこで話が一度切れた。

 兵たちはすでに頭の中で持ち場を組み直している顔をしている。

 こういう時、具体的な話は強い。

 抽象論だけ投げるより、ずっと動きやすい。

 エリシアが、最後にもうひとつ確認する。

「今夜も、夢の監視は続けられますか」

「続ける」

 私は答えた。

「ただ、今日からは少しやり方を変える」

「どのように」

「昨日は“入ってきたものを見る”ために揺らぎを残した。でも次は、“迷いが立つ手前”を押さえる」

 フィーナが首を傾げた。

「手前、ですか?」

「ええ。入り込まれたあとで弾くんじゃ遅いの。迷いが大きくなる前に、どこで傾くかを見る」

 後鬼が静かに続ける。

「勇者殿の精神を閉ざすのではなく、揺れ幅そのものを抑える形になります」

「面倒だけどね」

 私が言うと、ガルドが笑った。

「お前、ほんとによく面倒って言うな」

「面倒なものを面倒って言わない方が不健全でしょ」

「違いねえ」

 少しだけ空気が緩む。

 そのくらいがちょうどいい。

 重くしすぎると、人は動きが鈍る。

 会議が終わる頃には、朝の太陽はもうだいぶ高くなっていた。

 部屋を出ると、中庭では兵たちが昨日より手際よく動いていた。

 木箱の積み方が変わっている。

 見せる荷と奥へ回す荷が、ちゃんと分けられているのが見えた。

 悪くない。

 言ったことを、すぐ形にできるのは強い。

「ミツネさん」

 悠真が後ろからついてくる。

「なに」

「その……昨日の夢のことなんですけど」

「まだ気になる?」

「気になりますよ」

 そりゃそうか。

 私は歩きながら、少しだけ速度を緩めた。

「怖かった?」

「怖いっていうか……変でした」

「うん」

「助けなきゃって思ったんです。すごく自然に」

 悠真は前を向いたまま言う。

「でも、目が覚めたら、“あれ、なんであんなに急いでたんだろう”ってなって」

「そこが罠」

「ですよね」

「女神はたぶん、あなたを悪い方へ落としたいわけじゃない」

 私は率直に言う。

「ただ、“勇者ならこう動くべき”っていう理想が先にある。その型へ、あなたを入れようとしてる」

「……それって、味方でもやっていいことなんですかね」

「私は嫌い」

 即答すると、悠真がちょっとだけ笑った。

「即答ですね」

「即答よ。味方だからって、本人の考える時間を削っていい理由にはならないでしょ」

 少し沈黙が落ちる。

 歩く音だけが、中庭の石を軽く打った。

 その時だった。

 サトリが、肩の上で耳をぴんと立てる。

「ミツネ」

「なに」

「外。また見てる」

 私は足を止めずに、視線だけを門の外へ流した。

 木立の影。

 朝の光が入るにはまだ浅い、薄暗いあたり。

 いる。

 昨日と同じで、露骨ではない。

 でも、消しきれてもいない。

「……ほんとに律儀ね」

「消す?」

 サトリが訊く。

「まだいい」

 私は小さく首を振った。

「今日は見せる日でもあるから」

 門前では、兵たちが荷を組み直しながら、普段と同じように動いているふりをしていた。

 でも、昨日と同じじゃない。

 順番が違う。

 立ち位置が違う。

 視線の配り方も違う。

 外から見ている側が、それにいつ気づくか。

 そこも含めて、今日は試しだ。

「主」

 後鬼が少し後ろから静かに声をかける。

「夜の備え、早めに進めておきます」

「お願い」

「はい」

 前鬼はもう別の位置へ回っていた。

 ルークは兵と短く言葉を交わしている。

 エリシアは門前の全体を見ていた。

 それぞれが、それぞれの持ち場へ動いている。

 いい。

 少なくとも、今はちゃんと回っている。

 私は門の向こうの木立を見たあと、空を見上げた。

 晴れていた。

 嫌になるくらい、よく晴れている。

 外では魔王軍が砦の形を見ている。

 内側では女神が勇者の心の形を変えようとしてくる。

 やることは別。

 狙う場所も別。

 だから、対処も分ける。

 混ぜない。

 まずは、そこからだ。

 私は袖の中の札を軽く押さえた。

 この世界は――

 問題の出し方まで、いちいち雑すぎる。

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