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陰陽師朝霧、異世界にクレームをつけにいく ~勇者召喚の裏で女神が雑すぎる件~  作者: 和幸雄大


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第24話 砦に鳴る警鐘

 鐘が鳴ったのは、私が記録を閉じた直後だった。

 緊急を告げる鐘の音が、砦の石壁を震わせるように三度。

 交代の合図にしては、間が短い。

 部屋の空気が一瞬で変わる。

 ルークが顔を上げ、カルドは反射的に窓の外を見た。

 ガルドは椅子を鳴らして素早く立ち上がり、フィーナが小さく息を呑む。

 エリシアだけが、ほとんど表情を変えずに口を開いた。

「報告を」

 扉の外で待機していた兵が、すぐに駆け込んでくる。

「東門外、補給車列付近に魔物群です! 数はまだ不明、ですが荷車が一台転倒、護衛が応戦中!」

「規模は」

 ライオネルが問う。

「大型ではありません! ただ、動きが妙で……!」

 その“妙”という言葉が、私の中で引っかかった。

 私は立ち上がる。

「行くわよ」

 エリシアがすぐに頷いた。

「勇者様は私と――」

「待って」

 私は王女の言葉を切った。

 部屋の中の視線が集まる。

「また勇者を真ん中に据える気?」

 エリシアは一瞬だけ黙った。

 その沈黙だけで十分だった。

「……そのつもりはありません」

「ならいい」

 私は短く言う。

「最初に出すのは砦の兵。勇者は穴埋め。最初から切り札を前提に組むのは、運用が雑よ」

 リゼが小さく口角を上げる。

 ガルドは「出たな」という顔をした。

 でも誰も反論しない。

 エリシアはすぐに指示を出した。

「ライオネル、東門の指揮を。ルークたちは外縁の補助を。勇者様はミツネ殿の判断のもと待機、必要時のみ投入」

「了解」

 返事が重なる。

 こういう時の動きは早い。

 砦の空気が、一気に前線の雰囲気へ切り替わる。

 廊下へ出ると、兵たちはすでに準備を整え走り始めていた。

 鎧が鳴り、革靴が石床を打ち、怒号が交差する。

 東門へ近づくにつれ、外の音が大きくなる。

 荷車の軋み。

 馬のいななき。

 そして、魔物の甲高い咆哮。

 門上へ上がって見下ろすと、補給車列の一角が乱れていた。

 転倒した荷車。

 散らばる木箱。

 護衛兵が円を作って押し返している相手は、狼に似た魔物だった。

 ただし普通じゃない。

 毛並みが灰色ではなく、黒ずんでいる。

 目の光が妙に鈍い。

 群れのはずなのに、獲物ではなく、荷車の周囲をなぞるように走っていた。

「……変ね」

 私が呟くと、サトリがすぐ耳を動かした。

「うん。お腹すいてる感じじゃない」

「知能が高い、というより」

 後鬼が静かに言う。

「何かを探している動きです」

 前鬼は門の上から身を乗り出した。

「なら潰せばいいだろ」

「落ちるからやめなさい」

「落ちねえよ」

「そういう問題じゃない」

 下では、兵が一人弾き飛ばされて地面を転がった。

 そこへ別の一頭が飛び込む。

 悠真が一歩前へ出ようとする。

「まだ」

 私が言うと、彼の足が止まった。

「えっ」

「まだ前に出ない。まず見る」

 悠真は剣の柄を握ったまま、唇を引き結ぶ。

 でも踏みとどまった。

 前よりずっといい。

 エリシアが下を見据える。

「門は開けず、上から支援を」

 カルドがすぐ弓を構えた。

 矢が一閃し、飛びかかった一頭の肩を射抜く。

 だが魔物は悲鳴を上げても、すぐには倒れない。

「硬いな」

 ガルドが舌打ちする。

「硬いんじゃない」

 私は目を細めた。

「痛みの通り方が鈍い。これ、まともな興奮状態じゃない」

 リゼが杖を構える。

「術か何かで押されてる?」

「たぶんね」

 その時、東側の外壁沿いを回り込むように、別の影が二つ走った。

 門ではない。

 砦の側面方向だ。

「二手に分かれた」

 ルークが言う。

「補給隊じゃなく、こちら側の反応を見てるな」

 その一言で、線が繋がった。

 私はすぐに言う。

「これ、襲撃じゃなくて探りよ」

「探り?」

 フィーナが振り返る。

「砦の反応速度、戦力配置、誰がどこで動くかを見てる」

 エリシアの目が鋭くなる。

「勇者様の位置も、ですね」

「ええ」

 嫌な確認だ。

 でも、外れてはいない。

 私は袖から霊符を二枚出す。

「リゼ、左の二頭を牽制。倒しきらなくていい、止めるだけ」

「了解」

「カルド、右は足を狙って」

「任せてください」

「悠真」

「はい」

「今から出る。でも正面じゃない」

 悠真が一瞬驚く。

「え?」

「側面に回って、一番深く入りそうな個体だけ切る。見せ場じゃなく、処理」

 ガルドがにやりと笑った。

「勇者を雑に使わなくなったな」

「前よりはね」

 私は霊符を放った。

「縛」

 白い光が地を走り、門前の一頭の脚を一瞬だけ止める。

 そこへカルドの矢が刺さり、体勢が崩れる。

 悠真が飛び出した。

 今度は一直線じゃない。

 門脇を使い、兵の死角を避けて、最短だけを取る。

 光の剣が一閃し、壁際を探っていた一頭の首筋を正確に断った。

 無駄がない。

 その動きに、下の兵たちの空気が少し変わる。

 勇者が出たからじゃない。

 きちんと必要な所に入ったからだ。

「いい」

 私は短く言った。

 悠真はそのまま深追いせず、すぐに下がる。

 今までなら絶対に追っていた。

 残りの魔物は、リゼの火魔法と兵士たちの槍で押し返され、やがて踵を返した。

 追撃しようとする兵に、ルークが即座に制止を飛ばす。

「追うな! 罠の可能性がある!」

 東門外に、ようやく静けさが戻った。

 でも、それは勝利の静けさじゃない。

 探られた後の静けさだ。

 下へ降りると、転倒した荷車のそばで兵たちが負傷者を運んでいた。

 フィーナが回復に回り、エリシアは被害確認へ向かう。

 私は倒れた魔物の一頭のそばにしゃがみ込んだ。

 目が濁っている。

 牙は血を求めていたというより、命令に押されて動いていた感じだ。

 首筋に、黒い小さな刺のようなものが埋まっていた。

「これか」

 私が摘まみ上げると、後鬼がすぐ後ろから覗き込んだ。

「呪具の類ですね」

「粗いけど効いてる。使い捨て前提の制御」

 前鬼が鼻を鳴らす。

「やっぱ雑じゃねぇか」

「珍しく同意見」

 そこへエリシアが戻ってくる。

「死者は出ていません。負傷は四名。荷車一台が損傷、補給物資は一部散乱」

「少ないわね」

「ええ。ですが……」

 王女は私の手元の刺を見る。

「やはり、ただの魔物ではない」

「探りよ」

 私は立ち上がった。

「補給そのものが目的じゃない。砦の反応、兵の配置、勇者の動き。そこを見に来てたのかもね」

 エリシアは短く息を吐いた。

「想定していたより早いですね」

 私は刺を指先で見た。

「やり口は違うけど、雑な確認方法なのは同じね」

 悠真が少し離れたところで剣を収める。

 その顔は強張っていたが、息は乱れすぎていない。

「……また、俺ですか」

 その声は小さかった。

 でも全員に聞こえた。

 私はすぐに返す。

「あなた“だけ”じゃない」

 悠真が顔を上げる。

「砦も見られてる。補給路も見られてる。あなたはその中の一つ」

「でも、動いたのは僕です」

「必要なところだけね」

 私ははっきり言う。

「それでいい。全部を背負うな」

 エリシアも頷いた。

「勇者様。今の動きは、前に出すぎず、必要な場所だけを抑えていました。あれで十分です」

 王女の言葉に、悠真は少しだけ目を伏せる。

 まだ慣れない顔だ。

 でも、前みたいにそのまま全部を飲み込んではいない。

 それで十分だ。

 砦の上では、再び鐘が鳴った。

 今度は解除の合図だろう。

 兵たちが少しずつ持ち場へ戻っていく。

 空はもう赤みを失いかけていた。

 夜が近い。

 私は手の中の黒い刺を見下ろす。

 古い記録。

 夢への干渉。

 補給路の探り。

 砦の反応確認。

 全部が、少しずつ同じ方向を向き始めている。

 派手な襲撃じゃない。

 でも、嫌な精度でこちらを測っている。

 この世界は――

 探り方まで、雑すぎる。

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