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陰陽師朝霧、異世界にクレームをつけにいく ~勇者召喚の裏で女神が雑すぎる件~  作者: 和幸雄大


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第22話 王女の問い

 エリシアとの会議がひと区切りついたあと、兵たちは再び慌ただしく動き始めた。

 地図を抱えて走る者。

 補給箱を運ぶ者。

 報告書を手に、廊下を急ぐ者。

 部屋の中に残っていた緊張は、形を変えて砦全体へ散っていったようだった。

「ミツネ殿」

 エリシアが静かに声をかける。

「お時間をいただけますか」

「ええ」

 私は短く頷いた。

 悠真たちはルークたちに任せておけばいい。

 むしろ今は、あの場に私が残るより、少し離した方が空気が落ち着く。

 エリシアに案内されたのは、砦の外壁に沿った細い通路だった。

 見張り台の少し手前。

 風が通り、下を見れば補給用の荷車が小さく並んでいる。

 日差しはもう柔らかく、石壁が熱を失い始めていた。

「ここなら、人目も少ないので」

「盗み聞きされない保証は?」

 私が言うと、エリシアは少しだけ困ったように笑った。

「ゼロではありません。ですが、聞き耳を立てる者がいれば、先に私の騎士たちが気づきます」

「そう」

 私は壁に軽く背を預けた。

 エリシアはすぐには話し始めなかった。

 下を見て、兵の流れをひと通り確かめてから、ようやく口を開く。

「勇者様のことです」

「でしょうね」

「会議の席では、細かいことは伏せておられました」

「全部話す必要はないから」

「それでも、何かがある」

 断定に近い言い方だった。

 私は少しだけ目を細める。

「あなた、思ったより踏み込むのね」

「踏み込まざるを得ません」

 エリシアはまっすぐこちらを見た。

「私はエストリア皇国の王女です。平和を守る立場でもあります。ですが、その平和を支える仕組みが人を脅かすものであるなら、見て見ぬふりはできません」

 さらりと風が吹く。

 銀の髪が細く揺れる。

「勇者様は、目に見える傷がありません」

 エリシアは静かに続ける。

「けれど、疲れておられる。無理をしている方の顔です。しかも、ご本人はそれを無理として認識し切れていないように見える」

「よく見てるじゃない」

「気づいてしまった以上、放ってはおけません」

 その答えに、私は少しだけ口元を緩めた。

 この人は、やっぱりただの飾りじゃない。

「それで?」

「ミツネ殿は、勇者様に何が起きていると考えているのですか」

 まっすぐな問いだった。

 私は空を見上げる。

 二つの月はまだ昇っていない。

 夕方と夜のあいだの薄い青だけが広がっていた。

「まず前提として」

 私はゆっくり言う。

「悠真は、強いから戦えてるわけじゃない」

 エリシアは黙って聞く。

「強い力を与えられているから戦えてる。でも、その力の使い方が雑」

「加護、ですか」

「ええ」

「女神様の」

 その言い方に、私は一瞬だけ視線を戻した。

「まだ“様”をつけるのね」

「信仰の都合もあります」

 エリシアは苦く笑った。

「私個人の感情だけでは外せません」

「正直でよろしい」

 私は壁から体を離した。

「加護そのものが悪いとはまだ言わない。でも、少なくとも悠真の加護は、本人の消耗を軽く見てる」

「軽く……」

「戦えば戦うほど、前に出れば出るほど、本人の限界より役割を優先してる感じ」

 エリシアの表情がわずかに曇る。

「役割を、優先……」

「勇者だから。期待されてるから。止まれないから。そういう意識に引っ張られて、出力が上がる」

「それは……祝福というより」

 エリシアは言葉を切った。

 言っていいか迷っている顔だ。

「拘束に近い」

 私が代わりに言うと、王女は小さく息を呑んだ。

 でも否定はしない。

 その沈黙だけで十分だった。

「証拠はあるのですか」

「ある」

「どこまで?」

「夢に干渉してる」

 エリシアの瞳がわずかに揺れた。

「夢……?」

「眠ってる間まで急かされてる。止まるな、急げ、遅れれば被害が増える――そういう方向の夢」

 王女の顔から、感情が少し抜けた。

 驚いている時の顔だ。

「それを……勇者様は」

「受けてる」

「毎晩?」

「最近はだいたい、ね」

 風が止んだ。

 砦の下で兵が怒鳴る声がしたが、ここまでは届かない。

「私も、夢の中までとは知りませんでした」

 エリシアがゆっくり言う。

「ただ……お会いするたび、あまりにも気を張っておられるので、少しおかしいとは思っていたのです」

「おかしいわよ」

 私は即答した。

「十代の子どもが、国と戦場と期待を一身に受けて平気なわけない」

「……はい」

 王女の返事は静かだった。

「ですが、女神様の加護を疑うことは、私たちにとって簡単なことではありません」

「わかる」

「国の支えでもありますから」

「それもわかる」

 私は少しだけ肩をすくめる。

「でも、支えだからって雑に使っていい理由にはならない」

 エリシアは、しばらく何も言わなかった。

 やがて、石壁に視線を落としたまま口を開く。

「ミツネ殿」

「なに」

「あなたは、勇者様をどうしたいのですか」

 核心だった。

 私は一瞬だけ迷った。

 全部を話すか。

 どこまで話すか。

 でも、この人には少しだけ見せた方がいい。

「連れ戻したい」

 エリシアが顔を上げる。

「元の世界へ?」

「ええ」

 銀の瞳が大きく見開かれた。

「本気、なのですね」

「本気よ。そのために私はここへ来た」

「ですが……勇者様がいなくなれば」

「戦線が崩れる可能性はある」

 私は先に言った。

「だから簡単じゃない。こっちの都合だけで引っ張って連れ戻すつもりもない」

 エリシアは黙る。

「でも私は、あの子を“最初からこの世界のものだった勇者”としては見ていない」

「……神隠し、ですか」

 その言葉に、私は少しだけ目を細めた。

「そこまで見えてるの」

「確証ではありません。ただ、ミツネ殿が最初に勇者様へ向けた視線が、あまりにも“見つけた人”のものだったので」

 驚いた。

 この人、思ったよりずっと鋭い。

「王女ってみんな、そんなに観察眼があるの?」

「たぶん、私がしつこいだけです」

 それには少し笑ってしまった。

「否定しないわ」

 エリシアも、ほんの少しだけ笑う。

 そのあと、表情を戻して言った。

「私は、勇者様を失いたくありません」

「でしょうね」

「ですが、それは道具としてではありません」

 声が揺れなかった。

「もし本当に勇者様がこの世界の外から無理に連れてこられたのだとしても、それでも私は、この世界を守るために彼に頼らざるを得ない立場にいる」

「苦しいわね」

「ええ」

 エリシアは素直に頷いた。

「とても」

 私は少しだけ視線を逸らす。

 砦の下では、兵たちがまた荷車を押していた。

 疲れている。

 でも止まれない顔だ。

 この王女も、きっと同じだ。

「だからこそ、知りたかったのです」

 エリシアが静かに言う。

「女神様の加護が、本当に勇者様を守っているのか。それとも、無理を強いながら前へ進ませているのか」

「今のところ、後者寄り」

 私ははっきり答えた。

「少なくとも、悠真に関してはね」

 王女は長く息を吐いた。

 その息に、ようやく少しだけ疲労が混ざる。

「……そうですか」

「ただし」

 私は続ける。

「まだ断定はしない。こっちも調べてる段階。だから今は、守りながら見る」

「守りながら、見る」

「ええ」

「急がずに?」

「急がずに」

 その答えに、エリシアは小さく頷いた。

「それなら、私も協力できます」

「なにをする気」

「勇者様への期待を、少しでも分散させます」

 私は片眉を上げた。

「できるの?」

「やってみせます」

 王女の目は真剣だった。

「少なくとも、砦や前線で勇者様だけが重圧を背負う形は、少しずつ崩せるはずです」

「……悪くない」

「それと」

 エリシアは一歩だけ近づく。

「女神様に関する記録を探します」

「記録?」

「古い王家の記録や、神殿に残る言い伝えです。加護そのものを疑う記述は少ないでしょうが、“使いすぎた勇者”や“眠れぬ勇者”の話なら残っているかもしれない」

 それは、かなりいい。

 私は素直に頷いた。

「それ、見つけたら教えて」

「もちろんです」

 少しだけ沈黙が落ちる。

 でも、今の沈黙は悪くなかった。

 さっきまでより、ずっとましだ。

「ミツネ殿」

 エリシアが最後に言う。

「私は、勇者様をただの旗印にしないと申し上げました」

「聞いたわ」

「それには、あなたの力も必要です」

 私は一瞬だけ黙った。

 それから肩をすくめる。

「勝手に必要としていいの?」

「もう必要です」

 即答だった。

 王女って案外ずるい。

「……まあ、今は利害が一致してるしね」

「ええ」

 エリシアは微笑んだ。

 その顔を見て、私は少しだけ思う。

 この人もまた、この世界の雑な運用に振り回されながら立っている側なんだろう。

 勇者ほど露骨じゃないだけで。

 王女という役割に押されながら、たぶんずっと。

「戻るわよ」

 私が言うと、エリシアは真っ直ぐ頷いた。

 砦の中へ戻る前に、私はもう一度だけ外を見た。

 北の前線。

 魔王軍。

 補給路。

 勇者。

 加護。

 王女。

 全部が別々に見えて、たぶん繋がっている。

 そして、今必要なのは派手な答えじゃない。

 少しずつ、線を引くことだ。

 この世界は――

 希望の背負わせ方まで、雑すぎる。

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