タチとかウケとかって単語の意味は絶対に調べるな!絶対にだ 後編
男が一階の一つの扉に手をかけながら言った。リュートは男に促されるまま、開いた扉の向こうへ足を踏み入れる。
バッ!――
するとどうだ。リュートは人の背丈ぐらいの何者かに押し倒されてしまった。
「わっ!なにっ!?なにぃっ!!??」
抵抗も虚しくリュートは押さえつけられたままである。そしてその顔の上を、ぬるりと湿った弾力のある肉が踊った。忙しい息遣いが、容赦なくリュートに浴びせられる。
「わっ!やめ#∃∼℣∔⊴⋯⇸⋚⅌◯≁……!わ≞⊭₹▱≴▪⋽◊⋧≩≴▰!!」
「はははっ!ばつひこ、やめろ。困ってるだろ!?」
ばつひこと呼ばれたその獣は、リュートの顔から舌を引っ込めた。慌てて身を起こしたリュートが目にしたのは、大きな大きな折れ耳の猫であった。
「可愛い……っ!ケット・シーね?」
「ケット・シー?」
満足したのか踵を返したばつひこは、ひょいと音も立てずに跳躍する。そのまま、あちらを向いているソファの背もたれの向こう側へ着地した。
「――ああ、そうだ。今リュートに飛びかかったのが〝ばつひこ〟。向こうで大人しくしているのが〝ごわみ〟だ」
見ればこれまた広い部屋の片隅には、ばつひこと似たりよったりの獣がもう一頭床で寛いでいた。リュートは――ばつひこのザラザラした舌によって、赤くさせられた――顔をそちらに向けて身震いした。
「ひえ〜っ、すっごい眺めね……」
ティンクの感嘆の声はもっともなものだった。部屋の一辺は一面ガラス張りになっている。そこからはヘキトウ町の灯りが一望できた。
「これが噂に名高い、天空マンションからの眺めというわけね……」
「見ろ!!人がゴミのようだ!!」
「ゴミはお前だ」
アイランドキッチンからは、包丁がまな板を叩く軽快な音が広がった。リュートは手際よく下拵えをする男を見ることのできるソファに膝を乗せた。背もたれに頬杖をついてその様子を眺める。
「まさかトロルさんがこんなすごい家に住んでたなんてなぁ〜」
「だからトロルじゃねぇって……俺と同じぐらいの強さの連中は皆こんなとこに住んでるぞー?〝おわりひらしゃいん〟とか、〝信越チョイ待ち〟とか……」
「ふーん……それじゃあ、もうじき僕も住めますね!?」
「ははっ!頑張れよ!」
笑う男にティンクが眉をひそめながら近づいた。
「みっきぃさん、こいつガチで言ってますから……」
名前の由来かはわからないが、ばつひこの額には大きなバッテン状の古傷が見られた。リュートは恐る恐るその場所を避けて、ばつひこを撫で回す。
「ほら!できたぞ」
「待ってましたぁ!」
リュートは飛び跳ねながら、キッチンのカウンター席へ腰をおろした。男が器に盛って出してきたのは、紅生姜たっぷりの豚バラの照り焼き丼と具沢山の味噌汁、ほうれん草のおひたし、それときゅうりと蕪の浅漬けだった。白い湯気立つ出来立てである。
「美味しい!まさかトロルさんがこんなに料理が上手だったなんてなぁ〜」
「ああ゛!もうトロルでもなんでもいいやっ!――しかと味わえっ!」
「冗談ですよ……。でもみっきぃさんって、本当に人気なろうチューバーなんですか?ぜんっぜん名前ヒットしませんでしたよ!?」
「え……?あ、そう?……うーん、そういや最近アクセス落ちてるかもなぁ……」
「もっと頑張んなきゃだめじゃないですかぁ!!あっはっはっ!」
「いや、あんたが言うなっ!!……ってか、〝みっきぃ〟ってアカウント名じゃないかもってイノルグ言ってたでしょ……」
「あぁ、そうか。それじゃあ、本当はなんて名前なんですか?みっきぃさん!!」
「……さぁな……」
「もったいぶらずに教えてくださいよぉ〜!もしかして、本当は大したなろうチューバーじゃないんじゃないですかぁ?この家も誰かに貸してもらってるとか……!」
「……お し え な い っ!――それよりもさっさと食べて、風呂でも入っちまいなっ。早く寝ないと、明日に響くぞ?」
「はぁ……!お風呂っ!どんなお風呂なんだろぅ!?」
リュートは目を輝かせた。少しだけ手を付けていた色とりどりの夕ごはんを大慌てで平らげる。それを口いっぱいに頬張ったまま、男に浴室の場所を教えるように催促した。
「おふおはおほえふか!?」
「ぷっ!!あはははははっ!!」
男は涙目をこすりながらリュートを案内した。旅館のちょっとした露天風呂のような湯船にリュートとティンクは大興奮である。キッチンに戻った男が食事の続きをしていると、これまた大慌てでリュートが戻ってきた。
「今度はなんだ……?」
「お湯の出し方がわかりませんっ……!!」
「ぶかぶかですね……」
リュートは出されたバスローブを身にまとった。腕を曲げると長い袖が先で折れた。裾も若干床に引きずっている。
「まぁデカイだけで困ることはないだろ。今日はあっちの部屋で眠るといい」
「みっきぃさんはどうするんですか??」
「俺は自分の寝室で寝る。あっちの部屋は来賓用の客室だ」
「来賓用の客室……自分の家にそんなものがあるだなんて……」
「どうだ?羨ましいか?」
「ええ!羨ましいですっ!けど、僕もこのぐらいの大豪邸すぐに手に入れて見せますから!!」
・
・
「お世話になりました!」
「おう……力になれたようで、なによりだ」
早朝元気に目覚めたリュートは、オリーブ・オイルを塗った分厚いトーストを二切れも平らげた。そして身支度を整えると、ばつひこに飛び乗られた扉の前で朗らかに声を響かせた。
「……それで……今後もちょくちょく遊びに来てもいいですか?」
「っ……まぁ……俺の予定が空いてたらな」
「いやっほぉー!ではでは、トロルさん!また今度!」
「あぁ……また今度な――って、トロルじゃねぇから……」
「……」
「……」
「どうやって地上に戻るんですかぁ〜……!?」
「ああ!悪い、悪い!そういや、テレポ使えないんだったな……すまん、すまん」
昨夜と同じ光に包まれたリュートは、男と共に元の住宅へ戻ってきた。今度こそ本当の別れの挨拶をして、リュートとティンクは朝焼けの住宅街に紛れていった。
「すごい体験だったわねー」
「うん!町の上にあんな空間があったなんて、知らなかったよ!」
「嗚呼!私もあんななろうチューバーと契約したかったなー」
「大丈夫!もうすぐ僕も再生回数鰻登りだから!そういえば、みっきぃさんのオグファーデビラ見かけなかったね」
「はぁ……きっと余ったマナの力で妖精スパでも行ってるのよ……あ〜いいなぁ〜!マナ美白にマナマッサージ!マナエステも付いてるかも……!」
それは二人が丁度、昨夜男とばったり出会った噴水に差し掛かった時だった。
「う……う……」
二人の耳に、微かなうめき声が飛び込む。それはとても低い位置――およそ地面の高さと相違ないくらいのところから聞こえてくるようだった。
リュートは聞き耳を立てて、音の発生源を探した。そしてそれは造作もなく見つかった。噴水の陰から現れたのは、地面に横たわる少女の姿であった。
「だ、大丈夫ですか!?」
急いで駆け寄ったリュートは、目を疑った。その女性に見覚えがあったからだ……というより、幾度となく言葉を交わした知人であった。
「わらしゃんどえぞ!?!?」
「こ、こんなとこで、なにしてんのよっ!?」
「あ……あなたは……リュートさん……?……あなたもお亡くなりに……?一緒に……神の身元へ……」
わらしゃんどえぞは青白い顔でそう答えた。
「いやいやいやいや!なに言ってんの!?お互いまだ生きてるよ!」
リュートはわらしゃんどえぞを担ぎ上げると、今来た道を引き返した。
ご愛読ありがとうございます!
なんとブックマークに追加すると2PTが!
下の★↓の数×2PTが!
評価ポイントとして入るようです!!
そして評価ポイントが高いほどランキングに入って
皆様に読んでいただけるということで――
どうかブックマークと★評価よろしくお願いします!!!




