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タチとかウケとかって単語の意味は絶対に調べるな!絶対にだ 前編

 男は暗い夜道を歩いていた。スラリと地面に伸びた自身の長い影を、蹴飛ばすように家へと向かう。決して不満があるわけではない。退屈な会合も、面倒な打ち合わせも必要なことだとわかっている。しかしソコ――胸のあたりにポッカリとそれは空いていた。

 少し離れたところで知らない男が二人、立ち話をしている。ビュウと冷たい夜風が男の胸を通り抜けた。男は元々被っていたフードのツバをつまんで、鼻の頭まで持ってくる。寒いわけではない。

 その帰り道の途中には噴水があった。()とは言ったがここは公園。この広場を横断するのが一番の近道なのである。男はただ通り過ぎようと、水の音に近付いた。すると噴水の陰に人影があるのに気がつく。噴水の縁に腰掛けるその影からは二つの声が聞こえてきた。


「本気なの?本当にここで一夜を?」


「だってしょうがないだろぉー?ここがどこかもわからないんだから……」


 男は少し距離を置こうかと、歩を進めるのをためらった。しかしなんともトボけた二つの声に、どうも聞き覚えがある。男は忍び足で声の主の横顔を確かめた。


「お前は……確か……!」


「へ?」


 声の主は声をかけられた方へ振り返る。噴水が勢いよく水を吹き出した。目深に被ったフードの奥からは、驚く男の顔が覗く。声の主も驚きのあまり目を丸くした。


「……あっ!トロルさんっ!!」


「いや、違ぇよっ!!」


 次いで横からオグファーデビラが顔を出した。


「あら。命の恩人さんじゃない!!」


「お久しぶりですっ!!どうしたんですかぁ?こんなところで!!」


「別にどうもしねぇよ。ただ帰り道ってだけだ……そっちこそどうしたんだ?」


「あー……それが――」


==== 以下回想 ====


「回転斬りぃっ!!」


 ズバッ――!


 残像が弧を描き終えると、真っ二つになったイヌコウモリが地面に落ちた。


「ぃやったぁーっ!!三体目っ!!新記録更新っ!!」


「一人前のなろうチューバーには程遠いけど、とりあえず言っておくわ。おめでと!」


「ありがとうティンク!!よっしゃあ、これで再生数鰻登りだぁー!!」


「それはわからないけど……わざわざこっちまで来た甲斐があったみたいね♪」


 ここはいつも狩りに来ている森ではない。寮の仲間から環境を変えてみるのも手だと聞いて、寮から少し距離のある岩山の狩り場にやってきていたのだった。


「――今日は撮れ高も十分だし、少し早いけどこれで帰りましょ?」


「そうだね!初めて来るところだから、道に迷ったら大変だし!」


 遠くの山へ日が重なった。ヘキトウ町の乗合馬車の駅で、リュート達は夕焼けに染まった。それから何気なしに乗った馬車から降りたつと、そこは知らない街並みが広がっていた。


「……ティンク……ここどこ?」


「……さ、さぁ……?」


==== 回想ここまで ====


「――というわけでして……」


「ヘキトウ町まで戻ってきたら心配ないと思ったのに……まさか、町の中で迷うとは……」


「この町も結構広いからな……家の住所言ってみ?何町だ?」


 リュートは馴染みの町名と寮名を告げた。


「えっ!?……お前それ、丁度町の反対側だぞ……?」


「ガーンっ!!」


「うわっ……衝撃的過ぎて声に出してる……」


「乗合馬車ももう終わってるしな……あとは近場の宿屋か……」


 ぐぅ~ぎゅるるる……。


 その時リュートのお腹が、けたたましい訴えの声を上げた。


「――ああ……金もないのか……」


「うう~……だ、大体!ティンクがあの馬車で大丈夫って言うから!」


「な、何よ!リュートがあの駅で待ってれば大丈夫って言ったんじゃない!」


「……」


「いつもティンクが言ってるんじゃないか……!私に任せておけば大丈夫って!全然あてにならないね」


「よく言うわぁ!?ティンクには任せておけないって散々言っといて、そう言うくせに自分だけだとな~んもできないんだからっ!」


「……」


「……はぁ、やめよう……喧嘩したってお腹が膨れるわけじゃない……」


「そうね。……幸いこの辺りは街並みも綺麗だし、治安は良さそうだわ。一晩くらい我慢しましょ……」


「……あ~、仕方ねぇ……付いてきなっ!」


「トロルさん……?」


「――みっきぃさんだってば……」


「一晩くらいだったら泊めてやるよ。ウチにな」



 そこは何の変哲もない住宅街の一角だった。唯一煌々と照明に照らされた玄関扉の家屋からは、人の騒ぎ声が時折聞こえた。どうやら一般の民家を改築したスナックのようだ。軒を連ねるその他の住宅は、暗がりと静寂に包まれている。

 リュート一行はそんな住宅の一つまでやってきた。先程の公園からは目と鼻の先である。新居とも、古めかしいとも言えない、ごくごく一般的なその木造の一軒家に男は入っていく。


「お邪魔しまーす」


 中は簡素な作りであった。十数畳ほどの開かれた部屋にテーブルと椅子、ソファが置かれている。そして扉が二つ。一つはトイレだとして、もう一つはなんだろう?キッチンだろうか?浴室だろうか?

 リュートは早朝部屋を出てから、落ち着かせることのなかった体を早速ソファに預けた。


「はぁ~本当にたすかりますぅ~」


 今にも寝てしまいそうなリュートの顔を見て、男はすかさず言葉を返した。


「おい、何してんだ?ここは玄関だぞ?」


「……は……い?」


「玄関で寛ぐやつがあるか……こっちだ、こっち」


 リュートは名残惜しそうにソファから離脱する。そして部屋の真ん中にいる男に近付いた。わけもわからず男の手招きに従ったリュートの手を、男はグイと引いた。


「大人しくしてろよ?」


 リュート達の体が光に包まれた。足元には魔法陣が浮かび上がる。リュートは不本意ながら、男の頼もしい体躯にすがるしか術を持たなかった。一瞬で視界が変貌を遂げる。


 まばゆい光が収まったかと思った次の瞬間、リュートの目に飛び込んできたのは別のまばゆい光であった。それは高い高い天井から吊るされた巨大なシャンデリアの明かりであった。その明かりに照らされて他の造形物もほんのりと姿を浮かび上がらせる。しかし空間が広すぎるせいか、それらの全容は見て取ることができない。


 パチン!――


 周囲にフィンガースナップの音がこだました。リュートは音が鳴ってから、男が腕を掲げていることに気がついた。

 すると男の周囲の空間がキラキラと煌めいた。チラチラと明滅する光はリュートの瞳孔を嫌でも収縮させる。そしてそのキラキラは次第に空間を埋め尽くして、部屋全体を明るくしていった。リュートは目を引くものばかりのその部屋の全貌をやっと知ることができる。

 広大なその円形の部屋の隅には、二階へと続く巨大なアーチを描く階段が五本架かっていた。壁という壁には絵画や間接照明が彩りを放っている。二階にはこれまた円形の回廊が築かれていて、幾つもの扉が開かれるのを待っている。見上げればシャンデリアの向こうには天窓が広がっていた。そして異彩を放つのは、部屋の中央に根を張る木である。それはおよそ屋内にあるとは思えないほど、立派な幹と葉を生い茂らせていた。


「こごはデズニーランドだがっ!?」


 リュートがそう勘違いしても差し支えないほど、そこは幻想的な雰囲気に包まれていた。


「こっちだ」

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