基礎から始める剣術研修(1)『アニメの見過ぎ』
小人の賢者は猫のまま人間世界に残り、エルフの賢者と賢者の弟子と小人の弟子の3人は異世界に帰ってきた。
そして、賢者の弟子たちは次の研修に備えて生気を養っているはずだった。
今って俺にとっては休憩時間のはずだよなぁ。
魔力切れで研修生が何人かダウンしてしまったので、急遽取られた個人練習の時間。
賢者の弟子たちはその間に異世界から元の世界に一時的に向かい、また異世界に戻ってきたのだが、元の世界に戻る前と帰ってきてからの賢者の弟子を見る視線があきらかに違う。
賢者の弟子の背中に突き刺さる殺意という名の視線。
前はこんな殺意まではなかった。
でも今は確実に殺意を感じる。
俺、この研修中に殺されるじゃねぇ。
振り返って小人の弟子の顔を見ると物凄い形相でこちらを睨んでいる。
魔法の研修で的にされた賢者の弟子は、次の研修でも的にされて小人の弟子に本気で抹殺されるのではないかと、内心恐れていた。
なんで全ての記憶を消さないかな。
エルフの賢者の「小人の弟子も元の世界に行ったという記憶が必要でしょ」という事で、猫だった時の自分がやった行動のみ記憶を持った小人の弟子は、賢者の弟子に対する殺意のみを元の世界で膨らませ、異世界に帰ってた格好だ。
小人の弟子の妹が、もう長くは生きられない事。
このことを、彼女は知らない。
知らない方が彼女の為。
賢者の弟子も、知らない方が幸せな事が多いのを知っていた為、なにも言えなかった。だがしかし・・・
なんで俺ばっか、こうなるんだよ。
やっぱおかしいだろ?
「本来は、
火と水の魔法の訓練をおこなった後で
やる予定だったんだけど、
魔力切れおこしてる奴がいるから
剣術訓練を先にやるぞぉ!
みんなチーム分けを発表するから集まってくれ」
オーガがみんなに呼びかける。
剣術訓練?チーム分け?
なんで魔法が使える世界で剣術?
エルフの賢者をチラッと見ると、薄笑いを浮かべている。
あれは、悪巧みしてる。絶対にしてる。間違いなく悪巧みした顔だ。
「剣術訓練は、剣士と魔法士の2人1組で交互に交代してやってもらう。
訓練のルールは簡単だ。
魔法士への攻撃が可能なのは剣士のみ。
剣士の攻撃が魔法士に当たった方が勝利。
剣士になった奴は、相手への攻撃と味方魔法士を守る。
魔法士は、相手剣士への攻撃と剣士の攻撃の補助。
魔法士が魔法士を攻撃をする事は禁止。
あくまでも魔法士がやるのは剣士のサポートと、
相手剣士への攻撃だけだ。
いいか、わかったか?
それじゃ、チームの発表するぞ。
1組目、ハル、剣士。ミエ、魔法士
2組目、リック、剣士。アリア、魔法士」
・・・終わった。
ここまで組が発表された時点で、俺の人生終わった。
これから、俺はとてつもなく悲惨な時間を過ごす。
背後からの攻撃にも気をつけないといけない、
地獄の時間を過ごす。・・・魔女!!!てめぇぇぇぇ!!!!!
「3組目、賢者の弟子、剣士。小人の弟子、魔法士。
小人の弟子が剣士をやるときは、
魔法士にはノヴァさんにやってもらう事になった。」
小人の弟子をチラッと見ると、
はい。もうお約束。睨まれてます。
もうわかってるよ。睨まれるよね。
俺の事嫌いだもんね。
・・・ファーストキスを猫の身体で奪われたのは、俺の方なんだけど。。。
ぶっちゃけ、女の子にこんなに嫌われたの初めてで泣きたい気分だぜ。
賢者の弟子はため息をつく。
「ちょっと、ため息をつきたいのこっちなんだけど」
痛い。痛い。視線が痛い。
それ味方に向ける視線じゃないぞ。
完全に殺意こもってる。
頼むから、それは対戦相手にむけてくれ。
「一応、今回は仲間ですし、仲良く・・・」
小人の弟子の表情を見て、最後までいうのをやめた。
『仲良くしましょう』なんて言える空気じゃない。
もう早く研修を終わらせてラボに帰りたい。
これからの訓練の事考えるとマジで頭痛い。
「おまえらの相手は、
俺が剣士役、
エルフの賢者様が魔法士をやるから、
全力でかかってこい」
・・・あっ、完全に死んだ・・・
おい、クソ賢者。何を考えてんだ。
エルフの賢者をみると、その視線に気づいたのか笑みを浮かべる。
毎度の事だけど、
あの顔は絶対に何か悪い事を考えている顔だ。
俺、間違いなくこの訓練は想像を絶するような大変な思いをする。
「なあ、この訓練の間だけでいいから、
協力してくれないか?
うちの賢者様が魔法士としてオーガにつくんだ。
多分、俺たちとの訓練の時だけ
超キツくなる」
「何言ってるの?
エルフの賢者様がそんな事する訳ないじゃない」
「いや、あの賢者だからありえるんだよ。
あの賢者の弟子だから、俺ははっきりとわかる。
何かするつもりだ」
「あなた病気を治してくれた賢者様を疑うの?」
「それ以上に大変な思いさせられてきてるからなぁ」
ダメだ。とても強力してくれるとは思えん。
「それじゃあ、まず1組目始めるぞ。
ハルとミエ用意してくれ」
オーガが手に剣を持ってハルとミエを呼んでいる。
あの剣は、リアルに人が切れる剣に見えるんだけど、
大丈夫なのか?
「1組目が始まるわ。
オーガさんとエルフの賢者様の動きをみましょ」
「ちょい待てって」
小人の弟子は、自分の制止を聞かずに背を向けて、
皆が集まる方向に足を進める。
「ちっ...これはちょっとやばい」
これ、相当痛い思いしそうだな...
ハルが剣を持ち、オーガと向き合う。
互いに剣を構え一歩ずつ距離を縮めて行く。
オーガの構えはやっぱり経験者なのか、剣先も安定してブレがない。
ハルは自分から見ても、初心者で剣の重さに腕力が負けている。
エルフの賢者は腕を組み、まったく動く様子がない。
ミエは魔法の準備して、打つタイミングをみている。
ハルとオーガの剣先がふれあう。
どちらも確実に間合いに入っている。
ーーオーガがどれくらいの力量なのか。
ハルが剣を振り上げた瞬間、オーガが剣を振り上げず胴を打った。
はやっ!
オーガ...あいつ速い。
脇腹を抑えて倒れ込むハル。
訓練で利用している剣の切れ味は相当悪いらしい。
ハルは一切出血していない。
ハルは腹部を強打されて呼吸ができない状態みたいだ。
あれ、相当痛いぞ。
腹部を強打すると呼吸ができなくなる。
これを賢者の弟子はこの世界にきて何度も味わった。
だからこそ、今のハルがどれだけ痛く、苦しいかわかる。
オーガは倒れこんだハルを見て、ミエとの距離を一気に詰める。
剣と魔法、ミエは風を打つが、オーガは剣の剣先で風をはじき、ミエを打つ。
・・・オーガ...つえぇ!!!
エルフの賢者は何もせず、オーガ1人で余裕の勝利。
ハルが剣を振り上げた瞬間のオーガの動き、
飛び込みもそうだが、剣の振りも相当速い。
小人の弟子の顔を見ると、相当驚いている様子だ。
エルフの賢者だけでも厄介なのに、オーガもかなり厄介だ。
「おーし、次いってみようか。
リック、アリア、用意してくれ」
あの黒髪の男が『リック』で、オレンジの髪の女が『アリア』。
自己紹介の時に、完全に話を聞いてなくて、名前がわからなかった2人だ。
この2人組がどれだけオーガに対応できるかだな...
リックは剣を両手に持ち、オーガの前に立つ。
二刀流...いや、それは漫画やアニメの見過ぎだろ。
リックの体格からいって、
二刀流なんて剣に振り回されて終わりだと思うんだけど。
漫画やアニメにはよく二刀流が出てくるが、
実際に二刀流で強かった人というはほとんどいない。
二刀流が強いというのは、
ぶっちゃけ漫画やアニメの特別な設定の中だけの話だ。
リックは両手に持った剣を十字させた構えでオーガの前に立つ。
「はぁ〜。はい。負け決定」
賢者の弟子は、ため息をついてつぶやく。
「なんでそんな事わかるの?」
不思議に思った小人の弟子が賢者の弟子に尋ねると、賢者の弟子は身振りでそれを教える。
「まぁ、だから二刀流なんて物が通用するのは
ゲームかアニメの中だけ、
盾が使えるんなら盾を使った方が何倍も言い訳よ」
もう見なくても結果がわかる。
リックはオーガの一撃を両手に持った剣で受けるつもりだろう。
アニメの世界では、それで攻撃を受けられるかもしれないが、実際にそれをやると、相手と剣と自分の剣に板挟みになった剣が折れるか、衝撃に負けて手首を痛めて剣を落とすかだ。
もし二刀流でやるのなら、2本の剣で相手の剣を受けるなんて具の骨頂。
1本の剣で相手の攻撃を流して、もう1本の剣で攻撃しないと意味がない。
だから、あのリックの構えはアニメを見すぎた素人のやる事にしかみえない。
剣道や刀をなぜ両手で持つのか、その意味をわかっていない。
素人考えの二刀流。そんな物でオーガを倒せる訳がない。
片手で両手で持った剣を受けるだけの筋力が無ければ二刀流は成立しない。しかも、相手の攻撃の衝撃に耐えられるだけの剣と筋力だ。
賢者の弟子は、次が自分の番なので立ち上がる。
「どこに行くの?」
小人の弟子から呼び止められてちょっとびっくりした。
「いや、もうこれ見ても無駄だから、剣を見てくる」
「なんでそんな事わかるの?」
「さっき話しただろ。
黒髪はアニメの見過ぎだ。
多分オーガの一撃で剣を落としておしまい。
二刀流なんてのはアニメやゲームの中だけしか通じんよ」
小人の弟子の顔を見ると納得という顔をしている。
賢者の弟子は剣の置いてある場所に向かう。
その途中にはハルが座って休んでいる。
話を聞くべきか、でも話を聞いて参考になるか、
でも、ほんの少しでも情報が今はほしい。
ハルの近くで足を止める。
ハルは自分に気づいて視線を合わせてくる。
「オーガの一撃ってドォーンって感じだった?
それともバーンって感じだった?」
ハルは頭をかしげている。
これは自分の質問の仕方が悪い。
「なんていうか、
当たった瞬間に身体を押される感じってした?」
「ああ、打たれた瞬間はじき飛ばされそうだった」
「・・・なるほどね。
寸止めじゃなくて、振り抜いてくる訳ね。
ありがとう」
「あんな痛いの生まれて初めてだった。
デッドボールなんかよりよっぽど痛いぜ。
怪我しないようにがんばれよ」
・・・その情報はいらない。知りたくない・・・
「ありがと。怪我しないようになんとか頑張るよ」
怪我は水の精霊ですぐに治るんだけどなってツッコミはやめた。
情報をくれて、自分の心配をしてくれる人にツッコミをするのは野暮か。
しかし、寸止めじゃなくて、振り抜いてくるかぁ。
これは相当痛い思いをしそうだなぁ。
・・・なんとか、痛い思いをしないで・・・
オーガとリックのにらみ合いはまだ続いている。
オーガは完全に余裕という感じだ。
リックが動くの待っているのか、遊んでいるのか...
芝生の上に、剣が無造作に置かれている。
剣の形状は若干違っていて、長さや重さが違うようだ。
剣を1本手にとって振ってみると、いがいと重い。
家にあった竹刀と比べるとかなり重い。
視線がリックにむく。
・・・リック、こんなのを片手で持って振り回すって無理っていうより無謀だろっ・・・
自分の筋力にあった重さの剣を探す。
片刃の片手剣、片方が切れるようになっており、もう片方は強度を上げる為に、厚くなっている剣だ。
両刃の剣もあるが、両刃の剣は相手の攻撃を受けきれなかった場合に、自分の身を傷つける事になる。
オーガの一撃を受けきるような腕力は自分にはない。
オーガのあの筋力で剣の押し合いをして、自分の剣が自分に刺さるなんてのは、正直見たくもないし、経験もしたくない。
なので片刃だ、剣の押し合いになっても片刃だったら、自分の身体で支えられる。骨は折れるかもしれないが、自分の体を切ってしまう危険はない。
後は、短剣...ただ、短剣をしまう場所がない。
ズボンのお尻のポケット...確実に穴をあける事になるが仕方がないか。
正攻法でいって、オーガに勝てる気はしない。
それにこの剣術訓練の勝敗は、剣士同士が戦って勝つ事じゃない。
魔法士に一撃入れた方が勝ちだ。
短剣をお尻のポケットに入れる。
案の定剣先が半分も入らない。
短剣を押し込みもう少し奥まで入れる。
ビリビリとズボンのポケットが破れる音がする。
こんな事でズボンのポケットに穴を開けるとは...我ながらなんて馬鹿な事してんだろ。
リックとオーガの様子を見る。
2人はずっと動かずにいる。
多分リックは、剣が重くて動けないのだろう。
オーガは何を考えているのか全くわからない。
とっとと終わらせれば良い物を。
オーガから少し離れた所にいるエルフの賢者を見る。
腕を組み暇そうにしている。
なんとも緊張感のない顔だ。
完全に遊んでやがるな。
選んだ剣を持ち、小人の弟子が座っている場所に向かう。
途中でハルが片手を上げてきたので、
片手でその手を軽くはたく。
こんなタッチとか今までした事なかったな...
思わず鼻で笑ってしまった。
小人の弟子と目があい、剣を上げて合図を送る。
準備は完了。
後は、小人の弟子がどれだけ協力してくれるかだけど、あいつ背後から俺を襲ってくるとかしないよなぁ...




