基礎から始める魔法研修(4)『賢者の弟子 vs 研修生』
賢者の弟子は走る。
土の魔法で作られた鎧を身にまとい、迫り来る風の斬撃を避け走る。
・・・なんで、俺こうなった?なんでこんな事になってんの?
これは少し前の話。
賢者の弟子はびしょびしょになった服を乾かすのが、小人の弟子の風魔法の練習にちょうど良いという話になり、練習台になった。
小人の弟子は風をおこして賢者の弟子の服を乾かす。
しかし、これが難しい。
一番最初は風はふくけど、賢者の弟子まで届かず。
それから何回も続けるうちに、少しずつ強くなり、途中からは草原へ賢者の弟子を吹き飛ばすようになった。
時々、服を切り裂くようなかまいたちが起き、賢者の弟子の頬や首から血がにじみでる。
風の魔法、一歩間違えれば確実に相手を即死させてしまう魔法。
広い場所で練習が必要だという事を賢者の弟子は少し納得していた。
エルフの賢者は、土の魔法で鎧を作り、賢者の弟子に着させる。
「これで、思いっきりやっても大丈夫よ」
エルフの賢者は、小人の弟子に笑みをこぼして全力でやるように話す。
思い返すと、この時点で風の魔法の練習を脱線しはじめていた。
エルフの賢者は練習をしている他の組にも声をかけ、1対5の風魔法の的当てゲームがスタートした。
土魔法の鎧で、風魔法が当たっても痛くはない。
おそらくは死ぬこともないだろう。
だが、まさか同じ世界の人間に追いかけ回され、魔法の的にされるとは、賢者の弟子も思っていなかった。
いや、なんで異世界まできて、俺はみんなに追いかけまわされてんだよ!
確かに俺は魔法が使えないから、あっち側はできないけど、俺ばっかじゃん!
そして、賢者の弟子を追いかける役がどんどん増えていく。
研修生全員が土魔法の鎧を着た賢者の弟子を追いかけ、風魔法を放つ。
賢者の弟子は必死にそれを避け、草原をかける。
漫画やアニメなどで、異世界に行った主人公が亜人や魔物から追われる事はよくある話。
ただ、これは違う。
異世界で、同じ世界から来た人間に練習台として追いかけられている。
これをもし元の世界でやったら完全にいじめ認定されてるはずだ。
ただ、ここは異世界。
そんなルールも無ければ、「いじめだ」と叫ぶ者もいない。
「うわっ!」
誰かの放った風魔法が、賢者の弟子の背中に当たる。
賢者の弟子は風魔法の勢いで吹き飛び、再度泥の中にダイブする。
「ぐっ・・・また泥の中かよ!」
賢者の弟子は拳を握りしめ泥を叩く。
泥まみれの賢者の弟子めがけて、風魔法がいくつも放たれ、泥が飛び散り賢者の弟子を襲う。
「ちょっ、たんま、たんま」
賢者の弟子は叫ぶがみんなに届かない。
次々に繰り出される風魔法。
ドロドロの地面は泥を跳ね上げ、賢者の弟子を襲う。
賢者の弟子は足場の悪い泥の中、必死に逃げるが何度も転ぶ。
・・・くそっ、俺も魔法さえ使えればっ
ってか、なんでこんな泥が多いんだよ。
確か、綺麗になってたはずだろ!
賢者の弟子はエルフの賢者を睨みつけると、エルフの賢者は顔をそむけて目をあわそうとはしない。
あいつ・・・この泥はあいつが原因かぁぁぁぁ!
賢者の弟子は、この泥がエルフの賢者の仕掛けたトラップだとわかり、エルフの賢者に向かって腕を伸ばして中指を立てる。
・・・どうせ意味わかってねぇだろうけどなっ
心の中で捨て台詞を吐いている最中にも、研修生たちの攻撃の手はとまらない。
風魔法で飛び散った泥が顔面にあたる。
「うべっ、口ん中入った。
この泥の足場と風魔法って相性よすぎだろ!」
体力は、水の精霊により常時回復される。
誰かが終了の声を上げるまでのエンドレスの的当てゲーム。
走る賢者の弟子。それを追う研修中の人間。
それを見て、笑みを浮かべるのはエルフの賢者。
「くそっ、終わりが見えねぇ。
これいったいどうなったら終わりなんだよ!」
賢者の弟子は泥を逃れて草原を走る。
前方にはハルが見える。
「ハル!頼むから見逃してくれ!」
賢者の弟子は、ハルに向かってジャンピング土下座をしようとしたが勢い余って止まれず前転。
ハルはその賢者の弟子の行動を見て、固まっている。
賢者の弟子は、すぐに立ち上がって何もなかったかのようにハルの横を駆け抜けていく。
超はずい。
賢者の弟子の顔は泥で汚れていて見えづらくなっていたが、耳は真っ赤になっていた。
もうなんだよこの状況、おかしすぎんだろ!
なんで俺がこんな辱めまで受けなきゃいけないんだよ!
草原の中には隠れられるようなところはない。
もし隠れられるとしたら、振り切って地平線の彼方まで走るしかない。
賢者の弟子は逃げる。
背後から飛んでくる風魔法。
研修生が放つ風魔法はまだ熟練度が低いのか、距離が離れるにつれ風は拡散し勢いが弱まる。
賢者の弟子を襲う風の数は徐々に減っていく。
魔法になれてきた研修生たちは徐々に大振りになり大きな風を放つようになっていた。大きな風は魔力の消費も多い、徐々に魔力の供給が追いつかなくなり、魔力切れになっていく。
風の魔法は、まず利用する空気の空間を作る。
そして、その空間の空気を動かす。
慣れてきた研修生は、動かす事に多大な魔力を消費する事を考慮せず、賢者の弟子に少しでも当てようと最初に大きな空間を作り出していた。
ハルが最初に魔力切れでダウンして、芝生の上に倒れ込む。
魔力切れは、水の精霊でもどうする事もできない。
精霊の道から送られてくる精霊の力で回復するしか方法がない。
次はオレンジ、その次には黒髪が倒れる。
的当てゲームが始まって12時間程度で、
賢者の弟子を追いかけるのは、ミエと小人の弟子の2人になった。
ミエはノヴァの指導と魔力のセンスにより、賢者の弟子にうまくヒットさせる。
大きくて遅い風と細かく早い風を組み合わせて、賢者の弟子の逃げ道をふさぐ。
小人の弟子は、手数は少ないが賢者の弟子の動きが止まる一瞬を狙いヒットさせる。
エルフの賢者は2人の魔法のセンスを見て、笑みを浮かべた。
「ちっ、厄介そうなのが2人残ってんのかよ」
研修生全員を巻き込んだ的当てゲームは、2対1になっている。
体力的に賢者の弟子が不利だと思われていた的当てゲームが、
水の精霊による永続的な体力回復のおかげで、
奇跡的に賢者の弟子が逃げ続けている。
ただ、この的当てゲームは、もともとエルフの賢者の思いつきで始めたゲームだ。ルールが決まっていない。
追いかける2人はどうしたら勝ちなのか、賢者の弟子はどうしたら勝ちなのか、まったく決めずに初めてしまったゲームだ。
賢者様が終わりだって言ってくれればこれは終わるはずなんだけどぉ。
賢者様は止めるような事は言ってくれないだろうなぁ。
どうやってこのおいかっけを終わらせる?
考えろ俺!こういう時ってどうやって終わらせるんだ?
太陽が落ちる事もないし、水の精霊のおかげで体力もバッチリ。
魔法使ってるあいつらが疲れて魔法が使えなくなるまで逃げるしかないのか?
いや、待てよ。
これはルールがまったく決まっていないはず。
なら、俺が勝手にルールを決めて勝利宣言すれば終わるんじゃね。
もともと、これを始めた時には小人の弟子しかいなかったし、
ミエはエルフの賢者に言われて混ざっただけ。
小人の弟子が参ったって言えば、終わらせられる。
賢者の弟子がそう考えた時、小人の弟子も同じ結論に至った。
『どちらかが勝敗を決める決定的な瞬間を作り出すしかない』
賢者の弟子の土の鎧は泥に何度もはまった事で、水分を含んでしまいヒビが入り始めている。
エルフの城で土の壁が水で崩れるところを見ていた賢者の弟子は、泥の中に転んだ時から、この事は覚悟していた。
今の2人の攻撃は生身で受けるのは、かなりきつい。
間違いなく怪我をするレベルだ。
怪我は水の精霊のおかげですぐに治るけど、
痛い。ものすごく痛い。
風で切りつけられた傷は、紙で指先を切った時のような痛さだ。
だけど、負けるのも嫌だ。
痛い思いをするのも絶対やだ。
どう考えても、自分はこの世界で主人公にはなれない。
才能もなく、魔法も使えない。普通の人以下の存在だ。
なら、、、少しくらい卑怯な手を使ってもいいだろ?
女の子2人が相手だけど、ここは男女平等主義を貫く!
ぬぉぉぉぉぉぉぉ...
賢者の弟子は葛藤していた。
女の子を相手に、卑怯な手を使う。
でも痛いのは嫌だ。
みんなならどうする?
風で切られるって本当に痛いんだよ。
本当にいやだ。
卑怯と言われようがなんと言われようが、痛い思いをするのはやだ。
すべては、この世界が自分に優しくない事が原因だ。
元の世界でも、みんなとは差があったのに、この世界にきたら、その差はさらに広がった。
この世界にきて、初日に魔法の才能なしの烙印を押され、体力すら6歳程度と言われた自分。少しくらい卑怯な事しても文句いう奴はエルフの賢者に何度も殺されてから文句を言え!
賢者の弟子は必死に自分を説得する。
自分のする行動は卑怯だ。
その卑怯な行動を肯定するだけの理由を並べた。
ミエと小人の弟子の2人はこの短時間で、賢者の弟子を負傷させられるレベルに達している。その事は2人も気づいていた。
ターゲットである賢者の弟子の土の鎧のヒビや欠けをみて、大きな風を一撃いれれば、あの土の鎧を砕けるだろうと考えていた。
「ミエさん、ちょっといいですか?」
「なに、小人の弟子さん」
2人は走りながら、賢者の弟子に話しているのがばれないように話す。
「私はまだ、大きな風を放つ事ができません。
だから、ミエさんお願いしても良いですか?」
「いいわよ。
でも、大きな風は速度がでなくって」
「ミエさんは、彼に近づく事だけを考えて、
まっすぐ走ってください。
私が彼の足を止めます。
だから、近づいて足を止めた瞬間を狙ってください」
「わかったわ」
小人の弟子は、小さく早く、細かく、空間を作り切り裂く風の魔法で賢者の弟子の走る先を狙い逃げ道を奪う。
賢者の弟子は、目の前の芝生がはじけるのを見て、すぐさま走るルートを変更する。
小人の弟子により、次々と走るルートが消されていく。
賢者の弟子は、右へ左へ蛇行をしながら駆け抜ける。
ミエは、小人の弟子に言われた通り、賢者の弟子に向かってまっすぐ走る。
蛇行して走る賢者の弟子との距離はどんどん近づいて行く。
後少し、後少し近づけば、確実に当てられる。
ミエは、風の魔法の準備をする。
手を上に上げ、自分の頭上に大きな空気の詰まった空間を作る。
エルフの賢者は、2人の攻撃をさけて逃げる自分の弟子の姿を見て、満面の笑みをこぼしていた。
仮想空間でやった水から逃げる訓練が生きている。
確実に生きている。生き残る為の訓練が生きている。
なにより、賢者の弟子は確実に自分が生き残る為の場所に向かって走っている。
エルフの賢者は喜ばずにはいられない。
自分の弟子が今確実に成長をしている。
賢者の弟子は走る。
後で卑怯だと罵られようがもう関係ない。
もう後でなんとでも言ってくれ。
自分が狙うのただ1つ。
小人の弟子が、賢者の弟子の逃げる先になにがあるか、それに気づいた時にはもう手遅れだった。小人の弟子は賢者の弟子の走る方向にそれがあるのは分かっていた。でも、それを利用するなんて事は考えてなかった。
小人の弟子は、風の魔法を誰もいない所に放ち賢者の弟子を追いかける。
「なんて奴なの。あれでも本当に賢者様の弟子なの?」
怒りが収まらない。
「この卑怯者ーーー!!!」
小人の弟子の怒りの声が研修場に響く。
「あんな奴、絶対にもう妹とは会わせない」
ミエは、賢者の弟子に向かって魔法を放つ寸前で、賢者の弟子の進行方向に何があるか気がついた。
魔法を他の場所に放ち、地面に腰を下ろす。
賢者の弟子に今攻撃をすれば後ろにある物を巻き込んでしまう。
賢者の弟子は腕を組んで笑みを浮かべる。
これぞ勝利のポーズだと。
追いかけてきた2人に視線を送る。
「攻撃できるもんならしてこいや!
これで俺の勝ちだ!」
賢者の弟子は大きな声で勝利宣言をした。
賢者の弟子を的にした風魔法の訓練はこうして賢者の弟子の勝利という事で幕を閉じた。
ただし、それを認めるか否かは別の話ではあるが...
賢者の弟子は建物の近くにあった動物小屋に手をついて足を止めた。
ここにはうさぎやニワトリなど、
元の世界から持ち込まれた小動物が集まっている。
もし、ここに風の魔法を打とうものなら、ここにいる動物たちも巻き添えとなる。
土の鎧で守られている賢者の弟子は少し怪我をする程度で済むだろうが、ここにいる動物たちはきっと危険な事になってしまうだろう。
そう、これは小動物の盾だ。
奴らには絶対に攻撃する事ができない安全地帯に、賢者の弟子は入り込んだ。




