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新人研修(4)『無敵のチート』

エルフの賢者の元にたどりつくと、すぐさま抱き上げられ、みんなに見せつけるかのようにクルンと回る。


「あのぉ、これ超恥ずかしいんですけど、

 これってやらなきゃダメなの?」


「新しい人がいるんですもの。

 ちゃんと私の物に手を出さないように、

 牽制は必要なことよ」


「牽制って、誰も自分になんか手を出さないと思うんですけど...」


「あなたがそう思ってても、もしかしての可能性があるでしょ」


「もしかして...ですかぁ...」


俺にとって一番危険なのが、賢者様で次が小人の賢者で...海の賢者と空の賢者も...


賢者に抱き上げられた状態の賢者の弟子の裾を小人の賢者が掴む。


「おまえ、なんだよ?もしかして、俺に抱っこしろって言いたいのか?」


小人の賢者は賢者の弟子に声をかけられると、建物の方を指差す。

建物の方をみると、女の子たちが身を乗り出して、小人の賢者に手を振っている。


「どうやら、おまえも大変な事になりそうだなっ。

 さっき、俺をおいて逃げた事、俺は忘れちゃいないんだぜ」


ここは小人の賢者に仕返しをするチャンスだ。

ニヤつきそうになるのを必死に我慢して、小人の賢者の手を振りほどいた。


「おまえは研修生たちと一緒にくるんだな!」


小人の賢者はものすごく寂しそうな顔をするが、

ここで奴の術中にはまってはいけない。

今までここで、自分が折れてしまった事で、

どれだけ大変な思いをしたか...


「それじゃあ出発するわよ」


エルフの賢者は海の賢者と空の賢者の2人にそう告げると、小人の賢者を軽く蹴り飛ばして空に浮く。

そして、一気に指定された場所に飛びたった。


到着まではものの数秒、あまりにも流れる景色が早く賢者の弟子には、なにがなんなのかもよくわからなかった。


魔物たちが一望できる丘の上にエルフの賢者はおり、

賢者の弟子を降ろす。

丘からは、山を挟んで70万の魔物が半物ずつ分かれているようにみえる。

数が多すぎて、ただの黒いもじゃもじゃした物が見えるとしか言いようがない。

いや、これを詳しく言うと気持ちが悪い。


「なぁ、賢者様。

 ここって、命の大精霊の許可なしでは入れないはずなのに、

 なんで魔物なんかがいるんだよ?」


この世界に来て、魔物の存在をこの研修場に来て初めて聞いた。

賢者の弟子は、魔物なんてものはこの異世界には存在しない物だと思っていた。


「そう?魔物はどの世界にもいるわよ。

 君が今まであう事がなかっただけで」


「そなの?

 いや、魔物って言ったら街を攻めてきたり、

 普通の人?街の人を襲ったりとかさ、

 危ないってイメージしかなくて、

 そいつらがいない安全な世界なんだなって思ってた」


「あの魔物は、君が本なんかを読んで知ってる魔物とは

 ちょっと違うかもねちょっと違うかしら。

 

 魔物って訳されるのは、

 翻訳を担当した前任者が決めた呼び名だから」


「ああ、そういう事か。

 すべては翻訳魔法で単語を登録した奴次第なんだもんなぁ」


「ここで言う魔物ってのは、

 言葉や意思の疎通ができない者たちの事をいうわ。

 

 精神体が入ってないから仕方がないんだけど、

 あれは意思がない。

 ただ命の精霊の力を使って、あの身体を動かしているだけ」


賢者の弟子は、遠くに見える黒く魔物の集団をじっと見る。


「意思がない...かぁ

 ならなんであいつらは動いてるんだ?」


「ただの本能よ。

 身体という物質を手にした以上、

 それを動かす為のエネルギーは絶対に必要となってくる。


 だから意思がなくても、

 本能で食事を取ろうとする。


 そして、意思がないから口に入る物なら

 なんでも口の中にいれようとする」


「・・・なんか悲しい存在だよな。

 何も考えず、何も感じず、ただ食事して生きてるっていうのも」


「魔物はどの世界でもイレギュラーで誕生してしまう。

 命の大精霊が魔物を見つけると、この世界に魔物を閉じ込める。


 それを私たち賢者や、研修目的で間引くの」


・・・


「なぁ、あいつは死ぬって事、ちゃんと理解できてんのかね」


「あれはそれすら理解できないわよ。

 中身が空っぽなんだから、感情もないんだし」


「そっか・・・」


空の賢者が海の賢者を連れて、丘にやってくる。

空の賢者はすぐにまた空を舞い、黒い魔物の群れの上空で止まった。


「まだ研修生たちはきてないのかな?」


「そうね。

 少し時間がかかるかもね。


「これ、エンちゃんと私で半分こって事でいいかな?」


「私が全部やってもいいし、あなたが全部やってもいいし、

 半分ずつでも、別に構わないわ」


「ほら、賢者の弟子ちゃんって、

 私たちの力の事を、ほんの少しなめてるような気がするから、

 ここらでちゃんと力を見て、身の程をわきまえてほしくって」


海の賢者は笑みを浮かべたまま賢者の弟子をじろっと見てくる。


・・・いや、おまえの力は仮想世界でさんざん食らってよくわかってるよ。


しばらく丘の上で待っていると、白い飛行船のような物が飛んできて、賢者たちが立っている丘を越えて行く。


飛行船から、大きな声で、


「賢者様、もうしばらくお待ちください。

 目視できるポイントまで、移動しますので」


という声が大空に響きわたる。


「おいおい、あんな大きな音立てて大丈夫なのかよ?」


賢者の弟子は慌ててエルフの賢者に確認すると、エルフの賢者は少し悲しそうな表情を浮かべ、


「あれは中身がないって言ったでしょ。

 中身がないってのは、知識もないの」


と、賢者の弟子に悟すように話す。

賢者の弟子は、すぐに視線を黒い魔物の集団に向ける。


中身がないから知識がない。

だから死も記憶もない存在。


飛行船が豆粒ぐらいの大きさになった時、また大きな声が大空に響く。

声は拡散してしまって、賢者の弟子には何を言っているのかわからない。

何を言っているかわからないと、翻訳魔法もうまく作動してくれない。


「準備ができたみたいだから、さっさと終わらせるわよ」


「はぁい。なら私は左をいただくわねぇ」


海の賢者はエルフの賢者と目を一瞬合わせすぐに


「いただきまーす」


と大きく口を開ける。


黒い魔物の集団がどんどん白く変わって行く。

そして真っ黒だった場所が真っ白に変わり、


「ごちそうさまでした」


と海の賢者はペロっと舌なめずりしている。


「終わった?それなら私の方もやるわね」


エルフの賢者は海の賢者に確認をすると、そのまま右手を真横に降った。


・・・


・・・


・・・何も変わらないんだけど...


「ここからだと、君には見えないかしら」


エルフの賢者は、賢者の弟子の手を握って空を飛ぶ。

黒い魔物の集団がいた場所の近づくにつれ、鼻をさくような悪臭を感じる。

・・・なんなんだよ。この匂いは...


黒い魔物の集団の上空30メートルぐらいのところでエルフの賢者は停止し、賢者の弟子は下に広がる黒い魔物の集団をみた。

黒い魔物たちは全員地面に横たわっていて、虫がたかり、死んでからかなり時間が経っているように見える。


「海の賢者は、魔物の生命をドレインした。

 私は、この世界の記録を変えて、

 彼らが1ヶ月前にここで死んだ事にしたの」


・・・はい?!1ヶ月前に?なっ、なんだよそれ。。。


「空の賢者、掃除を頼むわ」


エルフの賢者は空の賢者を見上げて、つぶやく。

賢者の弟子には空の賢者の姿が小さくてよく見えなかったが、

空の賢者はうなずき、手を地面にかざしたように見えた。


・・・


賢者の弟子は息を飲んだ。


ついさっきまで、下に広がっていた黒い魔物の死体も、そこから発せられた悪臭も何もない。


「空の賢者の固有魔法は、空間を変えてしまう事。

 魔物たちの死体が存在していた空間を、

 そんな物は存在しなかった事に変えたのよ」


・・・


言葉で説明されても頭がおいついてこない。

海の賢者のドレインに対しては、仮想世界でなんとなくわかっていたけど、

30万以上いた魔物が一瞬で?


エルフの賢者なんか、1ヶ月前に魔物は死んだと記録を改竄?


あげくの果てに、空の賢者はその空間そのものを削除したり、変更したりできる?

おまえら賢者はどんだけチートなんだよ。


以前、指先1つで自分たちの世界を破壊できるとか言ってたけど、そりゃこんな力があったら、俺らの世界ではどうする事もできねぇよ。

記憶の改竄ができるならゲームは無敵とか思ってた自分が恥ずかしくなるレベルだ。


「どう、私たちの力について、少しは理解できたかしら?」


「・・・ああ、賢者様たちが絶対無敵のチート持ちだって事が十分わかったよ」


「そう。それはよかったわ。

 君も私たちと同じような力を持ってるって事、

 忘れないでね」


エルフの賢者は、優しく微笑みながら賢者の弟子を見つめる。

賢者の弟子は、その視線を避けるように下を向いた。


・・・それは、俺じゃなくて、俺を利用してる奴だろ・・・


上空の飛行線で賢者たちの固有魔法を見て、研修生たちが歓声をあげているのが聞こえる。

あの研修生たちは、目の前で起きている事の本質を理解できているのだろうか?

賢者たちの固有魔法をみる限りこの世界は賢者たちの思うがまま。

賢者たちが完全に世界の支配者だ。


・・・だから誰も賢者たちには逆らわない?

いや、エルフの王は・・・あれも賢者様の描いた未来だったのか...


「それをしないから私たちは賢者なのよ」


「えっ・・・」


「私利私欲で力を利用するものに、

 これだけの力が与えられると思う?


 私はそれだけ認められてるって事」


「いや、こう言ってはなんだけど、

 賢者様を認めた奴って相当頭いってるぞ...」


「君、自分も認めてもらって力を与えられてるって事、

 忘れてない?」


「・・・」


賢者の弟子は、エルフの賢者に手を引かれ地上に降りる。


さっきまでここには魔物と呼ばれる物たちが群衆でいた。

でも、エルフの賢者に1ヶ月前に死んだ事にされ、

空の賢者によってここには何もなかった事にされた。


頭の中で簡単にまとめてみたけど、とんでもない力だ。


はぁ。。。


賢者の弟子がため息をつき、上空を見上げると飛行船が地上に降りてくるのが見える。


「ああ、あいつらも実際にこの地上を見にくるのか」


「いえ、それが理由ではないわ」


エルフの賢者が眉間にしわを寄せて、飛行線をじっと見上げている。

エルフの賢者は、肩で大きなため息をつき、下をむいて首を横にふる。


「帰りは飛行船に乗って帰りなさい」


「えっ、なんで?」


「チビを保護してほしいのよ」


エルフの賢者はそういうと飛行船を見て、苦笑いを浮かべる。


「・・・了解」


エルフの賢者に見送られて、賢者の弟子は飛行船に向かって歩く。

目を細めて飛行船についたガラス窓を見てみると、女の子たちが小人の賢者をめぐって争っているのが見える。


・・・あいつの固有魔法は女の子が戦争を引き起こすって奴かな...

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