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異世界2日目の朝(3)『突然の来訪者』

着替えを終え、部屋を出ようと扉のノブに手をかけようとすると銀髪の少女に手を掴まれ止められた。


「まだ他に準備しないといけない事でもあるの?」


銀髪の少女は首を横に振り、金髪の少女は呆れ顔になった。


「その扉はノブの角度によって、つながる場所が違うのよ。

 あなたに任せて外に出たら、一生賢者様の元にはたどり着けないわ」


「・・・そんな仕掛けが...」


「この屋敷はエルフの賢者様の貴重な書物や知識が詰まってるもの。

 それぐらい当たり前でしょ。

 

 この部屋はあなたに合わせて、

 物理的な仕様にわざわざ変更してあるけど、

 他の部屋は精霊の力を借りないと、

 開けても全く別のところに行ってしまうから

 あなたは開けない事ね」


「・・・了解」


金髪の少女の敵意むき出しの説明を聞いていると、若干頭が痛くなる。

この世界に来てまだ2日目だけど、何か悪い事したか?


銀髪の少女がドアのノブに手をかけ、ドアを開く。


「はっ・・・?」


ドアの向こうには、本来あるべき廊下ではなく草原が広がっている。

草の長さも綺麗に整えられているようで、一歩踏み出すとまるでクッションのような踏み心地の良い芝生だ。


「なんで、ドアを開いたらいきなりお外なんですかぁ?

 デスクさん、ご説明をお願いします」


「今日の朝食は外でとりましょうっていう賢者様のご配慮よ」


金髪の少女は冷たく突き放すように自分に言い放ち、銀髪の少女と一緒に自分を置き去りに進んでいく。

賢者様の姿は見えない。

雲1つない真っ青な空。ぱっと周りを見渡しても山はなく地平線が広がる。

屋敷の周辺は山で囲われていた事を考えると、ここは屋敷とはかなり離れた場所なのだろう。

後ろを見ると、ドアとドアの枠のみが存在し、開いたドアの向こう側にはさっきまで自分が寝ていた部屋が見える。

あの部屋のドアはどうやらどこでもドアと同じような機能を持っていたらしい。


「デスクさん、チェアさん、これ一体どこまで歩き続けるの?

 賢者様はどこにいるの?」


「もう少し歩けば、賢者様がお待ちになられてますよ。

 こうやって歩くのも身体に慣れてもらう為の賢者様の配慮だと思ってください」


銀髪の少女が振り返って、優しく微笑みながら説明をしてくれる。


すべては自分が身体になれる為かぁ

この身体になれた先に一体何があるのだろうか?

自分はこの世界に翻訳をしに来ただけなのだから、

運動もする必要もないだろうし。



「君が新しい賢者の弟子かい?」


「はい?」


考え事をしていたところに後ろから不意に声をかけられ、気の抜けた返事を返す。


「賢者にのみ許された賢者だけの世界に不純物が紛れ込んでいるのは、僕としては見逃せないなぁ」


声の主は敵意を隠そうともしていない。

ぱっと振り返って、声の主がどんな奴なのか確認しようと思ったが、身体が硬直してしまって一切動けない。


「大精霊様、そうもうされてもこれはエルフの賢者様がお決めになった事ですので」


金髪の少女が振り返って、声の主に説明する。

・・・大精霊?


「そう、それが問題なんだよ。

 賢者である立場の物が、異物を持ち込むというのは、

 我々にとっては大きな問題なんだよ。


 どんなに綺麗な物でも、

 たった1つの曇りが全てを台無しにしてしまう事もある。


 僕はね。

 それが許せないのさ」


自分の背中に敵意ならぬ、何か異様な空気の流れを感じる。

まるで尖った棒か何かで背中を何度も刺されているようだ。


「君はこの子が使い物になると思うかい?

 そうは思ってないよね。

 使い物にならない。

 そんな人間は早い段階で消してしまった方が、

 世界のためになるんじゃないかな?」


・・・なにこれ、俺まだ何もしてないのに、嫌われすぎじゃね?


振り返って何か一言言ってやりたいとは思ったが、

身体がすくんでしまって動けない。

背後からの威圧で息苦しい。


「賢者様に与えられたこの世界のすべてのことは、

 賢者様が決定権をもっておられます。


 大精霊様こそ、

 ご自身の立場と世界のルールをお忘れではありませんか?」


身動きの取れない自分とは裏腹に、金髪の少女は大精霊に対しても一歩も引くことなく、言葉で応戦する。

精霊と大精霊、立場としては圧倒的に大精霊の方が上にあたるはずなのにだ。


「君はあいかわらずだねぇ。

 エルフの賢者と契約をして、

 前より一層口が悪くなったんじゃないかなぁ」


大精霊の言葉を聞き、金髪の少女の表情が怒りの表情に変わる。

銀髪の少女もまた大精霊の言葉を聞き、手を力強く握りしめている。

二人の変化を大精霊も気づいたようで、自分に向けられていた敵意が薄れ、2人に向いているように思えた。しかし、いまだに身体が動かない。

振り返ろう。あの2人の背後に逃げよう。

頭の中ではいろいろ思い浮かぶのだが身体が自分の意思どおりに動いてくれない。


・・・これちょっとやばい奴じゃね。


自分を中心に、背後には大精霊、前方にはエルフの賢者と契約をしている金髪の少女と、銀髪の少女。

もし、この3人で戦うとかなったら、中心にいる自分は間違いなく巻き込まれる。

なにより、背後にいる大精霊の目的は2人を倒す事ではなく、自分を消す事だ。


エルフの賢者を呼ぶために叫ぼうと思ったが、身体がまったく動かない。

今の自分は何もできない、ただの木偶の坊だ。


ーー大丈夫。心配する必要はないわよ。そこでは戦闘はおこらないーー


賢者の声でもなく、どこかで聞いた事のある優しい声。

その声は、耳から入ったのではなく、頭の中に直接入ってきた。


ーー風の大精霊も創造主様が作った決まりを破るような事はしないわーー


・・・風の大精霊。自分の背後に立っている大精霊は風なのか。


頭の中に直接語りかけてくる声により、背後に立っている大精霊の正体が判明。判明したところで自分には何もできないが、それでも相手の正体ぐらいは知っておいてよいだろう。

そして、その風の大精霊が戦闘をおこなわない理由。

創造主が作った決まり・・・そんな決まりがあるのであれば、なぜ今自分たちを襲うようにあらわれた。そしてなぜこんなにまで敵意を持っている?

いくつか頭の中に疑問が生まれたが、その答えは本人に聞くしか、いや本人はもうすでに話してくれている。

・・・賢者のみに許された世界、それは創造主によって作り出された物だろう。そして、その場所に何も知らない自分のような人間が入っている。


頭の中に直接語りかけてくる声の正体も気になるが、今はこの状況にどう対応すれば良いのか、それを考えなければならない。


ーー大丈夫。もうじき彼女が来るわーー


・・・彼女が来る?


この場所で誰かが来るとしたら、それはきっとエルフの賢者以外ありえない。

でも、この頭の中に直接語りかけてくるこの声の主はなぜそんな事がわかる?

しかも確実に自分の心の声が聞こえている。


自分の頬を冷たい汗が流れ落ちるのを感じる。

ついさっきまでは、背後からくる敵意と威圧で身体の神経が麻痺したかのように何も感じなかったのに、今ははっきりと身体が感覚を取り戻そうとしている。


金髪の少女が風の大精霊の意識を奪い、銀髪の少女が少しずつ自分との距離を詰めているのがわかる。一歩でも自分が踏み出す事ができれば、銀髪の少女は自分の腕を掴んで自分を守ってくれるだろう。

だけど、身体は動かない。その一歩が踏み出せない。

身体が遠い。健康な身体のはずなのに、手足が遠く感じる。

戦闘にはならない。それがわかっているはずなのに、自分はなぜ一歩踏み出せない。身体が思い通りに動かない。


「こんなところで

 何をやってるのかしらぁ?」


沈黙のにらみ合いの中に空から割って入る声。

その声は今もっとも聞きたかった声。


「大精霊とはいえ、

 この世界に干渉する事は禁止されてるはずよねぇ」


自分の背中に刺さっていた敵意を遮るように、その声の主は地面に降り立つ。

すぐさま銀髪の少女に手を引かれ、銀髪の少女の後ろに立つ。

声を聞き安堵したのか、背中に刺さっていた敵意が消えて安堵したのか、どちらが原因かわからないが、今ははっきりと身体の感覚を取り戻し手を握る事もできる。


風の大精霊。

その姿を確認しようとしたが、声を発していただろう場所には誰もいない。

金髪の少女やエルフの賢者の視線の先に目をやってみても、なにもなく、ただ緑色の綺麗な草原と青い空が見えるだけだ。


・・・どういう事なんだ?誰もいない。いや確かにいたはずなのに、誰もいない。


「どうやらまた不純物が紛れ込んだみたいだから、

 その不純物を見にきただけさ」


その声が発生された場所に目を向けても、誰もいない。

視線を動かしても、自分から見えるのはエルフの賢者と金髪の少女と銀髪の少女のみ。風の大精霊とかいう奴はいない。


「だいたい君は頭がおかしいんじゃないかな?

 力を求めて、自ら滅びる事を選択した種族などになぜこだわる?

 挙句の果てに創造主様が新たな世界を作り、

 ほかの種族に脅かされないようにしたというのに、

 今度は同じ種族同士で殺し合う。


 僕はそんな存在が許せないんだよ」


「ふぅん

 だからなにぃ?

 過去の事なんてこの子には全く関係ないでしょぉ

 それをネチネチと、風はいつからそんなにねちっこくなったのかしらぁ」


エルフの賢者が何もない場所に向かって言い返す。

誰もいない場所から聞こえる声、そして誰もいない場所に向かって話す賢者。額から流れ落ちる汗を左手で拭いはらい、誰もいない場所を睨みつける。


「過去の事?

 時間という概念がない僕らに

 過去などという時間の定義を持ち出すとはね


 まぁいいさぁ、ここでの戦闘は禁止されてるし、

 今日は警告のつもりで来ただけだからね。


 それに、その不純物は僕の姿すら見る事が出来てないようだし」


・・・ぬはっ、見えてないのバレてんのかよ。


「僕はこれで帰るけど、

 他の世界では気をつけてね。


 他の世界では僕が手を出しても何も咎める物がないんだからね」


・・・なんだよそれ。大精霊からいきなり命狙われるとかマジ勘弁。


「私がそれを許すとでも思ってるのかしらぁ

 とっとと帰ってぇ、創造主様のご機嫌でもとったらぁ」


エルフの賢者が話をしている最中、突風が吹き自分は後方に吹き飛ばされた。銀髪の少女がすぐに背後に周りこみ。自分に抱きつくように支えてくれて、なんとか尻餅は付かずにすんだ。


「ちっ。この世界ではあんたの方がよっぽど不純物だってぇ」


エルフの賢者は空を見上げて話す。


「賢者様、よろしかったのですか?」


銀髪の少女が賢者に歩み寄り確認を取る。


「ええっ、今はそれ以上にやらなくちゃいけない事があるものぉ」

エルフの賢者の視線が自分に突き刺さる。


・・・俺何か悪い事した?


「確かにあれは許し難い。

 いえ早急に解決すべき問題ですね」


金髪の少女はまた汚物を見るような目でこちらを見てくる。

何が原因かはわからないが、とりあえずこの後の事は想像ができる。

多分相当痛い思いをするのだろう。


「そうねぇ

 可愛い女の子にぃ、

 背中に胸を当てられてぇ

 鼻の下を伸ばしてるお馬鹿さんにはぁ

 それなりに反省してもらわないとねぇ」


賢者の指がくるっと回ると、まるで世界がその方向に回ったかのように動く。下に見えるのは空。上に見えるのは綺麗な草原。


「ちょっ、不可抗力!これ完全に不可抗力だから!」


「ふぅん

 身体はしっかり反応してるみたいだけどぉ」


「なっ!」


賢者が指先をまっすぐ下にやる。

上下が逆様になっているがその指先は地面を指差している。


「んごっ」


地面に頭が突き刺さる。

まっすぐに突き刺さった状態の自分の腹部に金髪の少女が一撃を入れる。


「なっ、なんでっんごっ、俺ばっかっぐげっ」


また持ち上げられ、また地面に頭が突き刺さる。

それを何度も繰り返される。


逆様になった視点から金髪の少女と銀髪の少女の白いパンツが見えていた事は墓まで持って行こうと賢者の物は心に誓った。



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