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異世界初日(8)

「君、大丈夫ぅ?


 変な事ばかり考えてないでぇ。

 もっと楽しみなさいよぉ」


頭の中で、賢者の声が聞こえる。心の声ってやつだ。


ーーそんな余裕あるわけねぇだろっ!痛いっ空気が痛い!


「あらぁ。これがあなたたちの世界でいう空を飛ぶって事でしょぉ?

 高いところを飛べば、もちろん空気は冷たくなって、寒いし凍傷になってりするしぃ。

 早い速度で飛べば、空気が壁になって身体を襲うのよぉ」


ーーはいはい。わかります。今それ実際に体験してます。あれただの物語、空想の世界の産物だから!


自分たちの世界の物語にはよくヒーローや主人公が空を飛ぶというのがある。

生身の人間が空を飛ぶという事は確かにこういう事なんだろう。


ーー無理。無理。こんなの絶対無理。頼むから止まって。マジで無理。


もう自分たちの世界のアニメ、漫画文化を全否定。

こんな風になるなんて聞いてない。

漫画やアニメだって、

持ち上げられる時に、脱臼するとか、

空気の壁がこんなにすごい事も、

空がこんなに寒い事も書いてない。


何より、冷たい空気がもの凄い勢いで身体に刺さってきて、とにかく痛い。


こんな辛いのを笑顔で飛んでいくアニメの世界の主人公たち。

おまえら絶対におかしいだろ。


現実とアニメとのギャップ。


アニメの中では、こんな空気の壁の中で、となりの人としゃべってたりする。

おまえそれ、絶対に無理だから。


こんな強い空気の流れの中で、空気の振動である声で会話なんて絶対無理。


どへぇぇぇ・・・・


「仕方がないなぁ」


背中に、太ももに暖かい感触を感じる。


自分の頭に突き刺さっていた空気が変わる。

聞こえていたうるさい空気の切り裂く音が小さくなる。

呼吸ができる。


ゆっくりと目をあけると、賢者の顔が見える。


ーーデジャブ?


ついさっき、賢者の家を出る前にもこんな事があったような気がする。


「お姫様抱っこって奴だねぇ

 君、今とっても面白い顔をしているよぉ」


ーーはい?。


賢者の顔が近い。

顔が赤くなるのがわかる。

賢者の顔を見ていられない。

ここは空、下ろしてくれとは頼めない。

それに、さっきと同じ思いをするのはごめんだ。


「ほら、自分の顔をこれで見てみなよぉ」


目の前には鏡が浮かんでいる。

鏡に映っているのは自分の顔だ。


髪の毛は凍っているのか白くなっている。

眉毛も、まつげも。

そして、いつできたのか、鼻の穴からつららができている。

眉毛もまつげも髪の毛も凍っている為に白くみえる。

もうおじいちゃんの顔だ。


北極や南極の写真をネットで見たことがあるが、

本当にそんな感じだ。


「初めての空の旅は楽しかったかなぁ?」


ーーもう2度とごめんだ。


賢者は笑みを浮かべる。


「後少しで世界の境界線も超えるしぃ、

 みんなが暮らしてる世界につくからぁ、

 もう少し我慢してねぇ」


賢者は視線を進行方向に向け、笑みが消える。

速度がもう一段あがったのがなんとなくわかる。

目をつむると、賢者の体温を感じる。


いつのまにか、左の手の感覚もしっかりしている。

左手の指先までばっちり動く。

自分が知らない間に治してくれたのか。


ったく、もの凄い嫌な奴。

恨みたくても、恨めない。

怒りたくても怒れない。

魔女めっ。


スーパーマンに抱えられたヒロインの様に自分は今空を飛んでいる。

このまま異世界の街にデビューするのだと思うと、

あのポルターガイストの部屋でもいいから帰りたい。


「みんな最初は同じだからぁ、

 気にしなくていいよぉ。


 ほらぁ。見えてきたよぉ」


賢者の声に反応して目を開ける。


・・・えっ?!なんか空に大きな大陸?が浮かんでるんですけど。

いや、大地がない。

上も下も空が広がっていて、真ん中に大きな大陸が浮かんでいるようにみえる。


「もしかして、あの浮かんでるあれ?」


「そうだよぉ

 あれが今向かってる場所ぉ

 君がこれから翻訳の仕事をする場所よぉ」




空に浮かぶ大陸。

さすが異世界。自分達の世界ではありえない。

物語と空想の世界には確かに出てくるが、

実際にこの目で見ると、笑わずにはいられない。



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