第6話 言葉にならない困惑
「ほら、私の隣にいらっしゃい。力をぬいて、くつろいでくださいね」
『ソファ』というよりは、『カウチ』と言いたい雰囲気の長いすにセリーヌと並んで座り、愛莉は用意された紅茶を飲む。セリーヌが置いてあったティーポットから注いでくれた紅茶は、出来立てのように暖かい。最初はびっくりして声も上手く出なかった愛莉も、なんとか落ち着きを取り戻す。その様子を見守るセリーヌのまなざしは、暖かいような、けれど寂しいような、複雑なものだった。そんな彼女の金色の目で見られると、何だかすごく緊張してしまい、愛莉はもう一口、紅茶をすする。もしかすると、エレクサンドラがお城に来る前に固くなっていたのも、それがあったのかもしれない。
「あの、人違いされてるんじゃないですか…? 私は『愛莉』で、『アイリス』はただのあだ名なんですが…」
愛莉の困った顔に、セリーヌは桃色のほっぺを上げて微笑む。
「落ち着いてきいてちょうだいね。一つずつ説明していくから。まず、あなたももう気づいているとは思うけど、ここはあなたが住んでいた世界とは全く別次元にある世界……魔法が存在する世界、ルべリア王国なの。もちろん王国にはアイリスが住んでいた世界にはいない動物がたくさんいるのだけれど、この国を支配しているのは大きく分けて三種類の生物、『妖精』、『人間』、そして『天使』よ。この三種類の種族が役割を分担して、この国を治めているの。」
「ええっ!? 天使さんまでいるなんて…ここは天国なんですか?」
天国といえば、天使。妖精がいるというのは聞いたことがないが、なにしろ天国がどうなっているかなど知る由も無いので、一概には言えない。愛莉は、実は自分も穴に落ちて死んでしまったんじゃないかと、あわてて自分の体に触れる。……よかった、触れた。
「いいえ、もちろんここには死者はいないわ。うーん、そうね、もしかしたらここは夢の世界みたいなものかもしれないわ。あなたが考えてるみたいに、ね」
愛莉はごくんと息を飲み込み、またセリーヌの話に聞き入る。
「そうね……それでさっきの話の続きだけれど、この世界は『妖精』、『人間』、『天使』が支配していて、それぞれの種族の頂点に立っているのが私の三人の子供達。『エイダン』、『キース』、そしてあなた、『アイリス』よ」
「――――」
『冗談でしょ』とか、そんなことを言おうとしたのかもしれない。そう、確かに何か言おうとしたのだが、うまく言葉が出てこず、口から息だけが漏れる。
「ええ——。信じられないかもしれないけれど、本当なの。あなたは私の娘で、妖精たちを治めるもの…聖女と呼ばれる役割を担う、ルべリア王国の三本柱の一人なのよ」
「ええと…」
いきなりそんなこと言われたって、困る。それが愛莉の、正直な感想だった。国のトップである女王がわざわざ愛莉に嘘をつくとも思えないが、もちろん愛莉だって、女王の言ったことを素直に受け入れられるわけがない。
「私もう、その…私が住んでいた世界にも家族がいるんですけど、セリーヌさんが私の母親、というのはどういうことでしょうか」
そういわれると、セリーヌは気まずそうにうつむいた。
「ええ……実はあなた達がまだ幼いころに、魔王軍が襲ってきたの」
「魔王! 魔王がいるんですか!」
愛莉は魔王という存在に少し驚く。魔王というとやはり、黒のローブにブーツをはいて、「悪は正義!」を掲げているのだろうか。ちょっと中二病っぽい。が、魔法の世界なのできっと問題ないのだろう。
「それで、あなたと、もう一人の兄弟のキースは魔王に連れ去られてしまったの。二人がどこにいるかは長年不明だったのだけれど、去年突然戻ってきたキースによって判明したのよ」
それからセリーヌは、キースも人間界にいたこと、もう一人の兄弟エイダンはセリーヌとここで暮らしてきたこと、そしてやっとアイリスを連れ戻すことが出来たのだということを告げた。
「それで、あなたの家族のことなのだけれど、あなたは養子にとられたのだと思うの。心当たりは、ないかしら…」
「………」
小さいころの、おぼろげな記憶。暗い中、誰かに手を差し出された記憶。仮に、もしそれが母だとしたら、もしそうだったのなら、愛莉は養子に取られたのかもしれない。
でも……
「……分かりません」
認めたく、なかった。
そんな愛莉にセリーヌは、優しく愛莉の背中をさする。
「最初から全てを信じなくてもいいわ。ゆっくりでいいの。目に見えるものから実際に体験していくのが一番だと思うわ」
愛莉でさえも気づかないうちに、頬に一筋の涙が流れていた。ふと、愛莉ははっとして前を向く。さすられた背中が、暖かい。そうだ、心を強く持たなければ。
「そう……ですよね。そうだ、お城の散策に行きたいです」
「ええ、とってもいいと思うわ! 今日はあなたが返ってきたお祝いのちょっとしたパーティーがあるから、明日にでも行ったらいいんじゃないかしら。今日は着替えて、部屋でゆっくりしていて」
「わかりました。それでは、また後で」
愛莉は精一杯の笑顔で答えると、席を立った。
中学受験をひかえて、愛莉なりに一生懸命勉強してきた毎日。いつも、「めんどくさい」とか、「辛い」と思っていたけれど、このまま中途半端に終わってしまっていいのだろうか。麗美やお母さんにだって申し訳ない。おっちょこちょいの愛莉の面倒を見てくれていた、そして愛莉のことが大好きでいてくれた麗美に、少し変わっている愛莉をありのまま、世界一大きな愛で育ててくれた母に、もう二度と会えなくなってしまうのだろうか。
愛莉はドアを押し開け部屋を出ると、自分の頬をばしんと両手で乱暴に叩いた。
「…夢じゃ、無い」
欲しかった「それ」は得られず、ヒリヒリとした痛みだけが顔全体に広がって、消えていく。愛莉が今まで見ていた景色の方が幻だったのだろうか……どんどん、穴の深く深くに落ちていく心に愛莉はふるふるふるっと思いっきり首を振った。
「ノーモアネガティブ!」
愛莉は顔を上げ、思いっきり、ずんずんと歩き出す。
ノーモアネガティブ——、そうだ、何も、家族と二度と会えないと決まったわけでは無い。きっと偶然が重なって、ただ少しの間違いでこの世界に入り込んでしまって、たまたまエレクサンドラが愛莉をみつけだしただけのことだ。きっと気が向いたらすぐに元の世界に帰れるのだろう。そう信じたい。
「聖女様、女王様との対話お疲れさまでした。お部屋にご案内いたしますね」
曲がり角からひょこっと顔をだしたのは、メイド長のモモだ。
「モモさん! ここにいたんですね!!」
そういわれたモモは、気まずそうに苦笑いする。
「あ、いえ、どうやらお取り込み中だったようなので…」
お取込み中、その言葉が何を意味するのか、愛莉はすぐには分からなかった。が、少し前の事柄を思い出すと、すぐに心当たりを見つけた。そう、一人で「ノーモアネガティブ」と叫んだあれ——名付けて、『一人ノーモアネガティブ』だ。 愛莉の顔はゆでたタコのように真っ赤になり、まさに、『穴があったら入りたい』状態だ。
「あの、モモさん…」
「大丈夫ですよ。秘密は守りますから。ですから、どうぞお気を楽にしてくださいね」
モモとは会って間もないが、愛莉を見つめる彼女のくるんとした優しいピンクの瞳は十分信用に値する。愛莉は聞いてしまったのがモモさんでよかった、と、ほっと安堵の表情を見せた。
「モモさんは本当に優しいですね」
「そう言っていただけると光栄です。さあ、部屋はちょうど階段を降りたところですよ」
なんというか、モモは全ての動作が可憐だ。お辞儀や歩くときはもちろん、話し方笑うときに口角を上げる動作さえ上品で、誰もを魅了するような、まるで花のような魅力を持っている。まさにメイドにぴったりの逸材といえるだろう。
階段を下りながら、愛莉は小悪露の中で尊敬する人リストにしっかりとモモの名前を書き込んだ。そして、名前を書き終えるころには。
「聖女様、これからはここが聖女様のお部屋になります」
「わぁ――――――――!!」
モモが開いた扉の中には、これまたメルヘンな部屋が愛莉を待っていた。
投稿するたびに、活動報告をしております。更新状況だけでなく、作品を書いていて思ったことや、ちょっとした雑談なども書いておりますので、よかったら見てみてください!




