第7話 始まりのセレナーデ
「天蓋付きベッド! いつか寝てみたいと思ってたんだー! 薄ピンクの壁もきれい! あ、ここに描いてある紋章は何ですか?」
愛莉は壁に金色で描かれた絵のような紋章を指さす。
「あちらは王族『フリチラリア』の紋章でございます。王族の象徴であるユリを模っているのですよ」
その紋章は、部屋の壁に一列に、ずらっと並んでいた。
(フリチラリアって、確か私の苗字だったような…王族は、みんなこの苗字なのかな)
愛莉は誇り高いような、でも少し恥ずかしいような、不思議な気持ちになった。
「聖女様、クローゼットの中もご覧ください。並んでいるドレス全て、特上ものでございます」
クローゼットの扉、というよりは部屋のドアのような扉を開けると、円形の部屋があった。壁は全て衣装だなになっていて、ずーっと上まで続いている。脇には螺旋階段が付いていて、ぐるぐる、ぐるぐると六周ぐらいしていた。そして、その部屋のどこから見渡しても目に入ってくる色とりどりの、ドレス、ドレス、ドレス。愛莉はピンクのドレスを手に取って、鏡の前で合わせてみる。
「とてもお似合いでございます。お似合いなんですが、本日のパーティーでは、聖女様はこちらのドレスを着ることがしきたりとなっております。実は、王族の行事の服装は、しきたりにより厳しく決められていることが多いんです…申し訳ありませんが、本日はこちらのドレスのご着用をお願いいたします」
「ええーっ! せっかくのパーティーなのに、好きなドレスが着れないんですか!?」
モモが持っているドレスは、真っ白で、ふわふわで、きらきらとしたダイアモンドがちりばめられていてるとってもかわいいドレスだったのだが、愛莉は自分が着たかったピンクのドレスと見比べるとうらめしそうに頬を膨らませる。
「ふふふっ、聖女様はとってもおしゃれさんなんですね。明日は予定がありませんので、じっくりおしゃれを堪能できることと思います。聖女様には申し訳ありませんが、本日はこちらをお召しください。」
申し訳なさそうなモモの顔に、愛莉はあわてて首をふる。
「すみません、私ドレス見たらちょっと興奮しちゃって……分かりました! 着ます! 着がえます!」
愛莉はモモから白いドレスを受け取ると、すぐ更衣室に飛び込んだ。
「お手伝いしましょうか?」
モモさんは占めたカーテンの隙間からひょっこりと顔を出して聞いてきた。
「ひゃっ、いや、大丈夫です!」
愛莉はドレスを頭からかぶり、手と頭の出口を探す。
「あ、そういえばモモさん、パーティーってどんな感じなんですか?」
ドレスの中の愛莉がはつらつとした声で聞いた。
「本日のパーティーは、毎月とり行われる『月例会』と呼ばれるものです。しかし今夜は聖女様が返ってきた特別な夜! きっと素敵なものになることと思います!」
モモの興奮した声が聞こえてくる。
「具体的にどういうことをするんですか?」
「はい、まず、聖女様が返ってきて下さったということで、特別な儀式がとり行われます。とても大切な儀式なのですが、聖女様は指示に従っているだけで大丈夫ですので、何も心配なさらないでください」
「ああ、それは良かった…良かったんですけど、ちょっとたいへんなことに……」
「あら?」
モモがカーテンを開けると、そこでは愛莉がドレスと奮闘していた。
「何とか着ようとしたんですけど、肩がつっかえちゃって。私肩幅大きいかな……」
「落ち着いてください! 私がお手伝いいたしますから!」
モモはそそくさとドレスを脱がせる。
「へ、なんで……」
「ドレスをお召しになる前に、パニエをはいてください。それと、ドレスは頭からではなく足から……」
そんなふうに、モモのドレスレクチャーがつ続くこと十五分。愛莉はやっと着がえを済ませ、くつとティアラを選び、おまけにモモに化粧とヘアメイクを施してもらっていた。
「モモさんは本当に何でもできるんですね!」
「そう言っていただけると嬉しいです」
モモはニコリと微笑み、愛莉に手を差し出した。愛莉はその手を取り、ぐいっと立ち上がる。
「それにしても、これすっごく動きにくいですね! なんというか、重いです……」
「聖女様は姫ですから、それほど動き回られることもないと思います。それに、『おしゃれに不便はつきもの』ですよ、聖女様」
(ああ、私もついに本物の貴族の一味に仲間入りか…)
ふぅっと軽くため息をつきながらも、なぜだか顔がにやけてしまう愛莉。そんな愛莉を見て、モモは顔をほころばせる。
「それでは、私はパーティーの準備に行ってまいりますので、聖女様はゆっくりなさっていてください。時間になったら私がお伺いいたします」
そうしてモモが部屋を出ていくと、愛莉は重いからだを引きずるように歩き、ベッドに腰かけた。するとふと、手元に一冊の本が置いてあって。
「ストックの手書……え、これって!?」
そう。この世界に来る前に拾った本だ。なぜこれがここにあるのだろうか。
「えーっと確か、拾って、落ちて、原っぱに着いた頃には持っていなかったような……ということは、落ちてる途中で無くした?」
確かにあの垂直ジェットコースターでこの大きな本を落とさずにいるのは難しいだろう。恐怖からか、いまいち記憶がはっきりしないのだが。
魔法でもかかっているのか、表紙、背表紙と触ってみたが種も仕掛けもありそうになかった。そもそも物を自動的に動かす仕掛けなんて愛莉も知らないのだが、 やはり、何も見当たらないということは魔法がかかっていたのだろうか。
「そもそもこの世界って魔法あるのかな……今度モモさんに聞いてみよっと」
するとすぐに、トントントンと扉をたたく音が聞こえて。
(もしかして、モモさん!?)
ガチャ。
「聖女様――」
「モモさん! やっぱり! 本当にタイミング良かったです。実は聞きたいことがあって――――」
「落ち着いてください、聖女様。パーティーの準備はすでに整っているようなので、予定よりも少し早く開始するそうです。愛莉さまのご質問はホールに行く途中でお伺いいたしますので、もうホールに向かわれた方がよろしいかと。」
「あ、わかりました」
愛莉は『ストックの手書』を部屋の勉強机に置き、ドキドキ、ワクワクの気持ちを持って部屋を飛び出した。
* * *
「それでそれで、さっきの質問のことなんですけど!」
愛莉は持ち前のまんまるおめめと、おまけに白い歯を輝かせて、魔法は存在するのか否か、聞いてみた。
「ありますよ」
「ええっ‼ 本当ですか?」
うれしい答えをくれたモモだが、その顔はなぜだかちょっぴりうかない。
「はい。あることにはあるのですが、習得がすごく難しいので、使える人は本当に限られているんです。ほとんどの人にとって、未知の領域なんですよ。私が知っている方々で使えるのは、女王様とエレクサンドラ様だけです」
「へ、それだけなんですか!? エルってすごいんだなぁ…」
思い返してみれば、愛莉と手をつなぎながら飛んでいたのも魔法に違いない。あの生身で空を飛んだ忘れられない解放感から、愛莉は魔法のすごさを実感する。
「フフフッ、ありがとうございました! モモさんの説明、やっぱりわかりやすいです!」
「それは何よりです。それより、少し急ぎましょう。みなさんきっとお待ちですよ」
モモは不思議の国のアリスに出てくる三月ウサギが持っているような手持ち時計を確認して言った。
「え、急ぐんですか!?」
愛莉が着ているドレスはふんわりとして華やかだが、重たくて、すごく動きにくい。モモに急ごうと言われたにもかかわらず、そのドレスを着て、しかもかなりの運動オンチの愛莉は急ぐどころかどんどんバテていってしまう。
「モモさん、もうつかれま———」
「聖女さま、大丈夫ですか? よろしければ、引っ張って差し上げますよ」
モモは愛莉に手を差し伸べる。
「いいんですか! ありがとうございます‼ モモさんっって本当に———ひゃっ‼」
愛莉が手をとるやいなや、モモはロケットのように走り出した。否、彼女は歩いている———スーパー早歩きだ。
「すみません、遅れそうなので少し急いで行きますね!」
「え、少し!?」
一方で、もちろん愛莉がそんなスピードについて行けるはずもなく、なんと愛莉は足がついていなかった。そのため、うれしいことに愛莉はバテることもなく、ただただモモの手を強く、ぎゅっと、離さないように握っていたのだった。
(すごい! これはきっと、私の体力のことも考えたうえでの『スーパー早歩き』だよね‼)
モモの手をつかんでいるだけで、さっきまで前にあった景色もすぐに後ろに遠のいていき、大体五分位でホールに着いた。
「良かった———— 思ったより早く着きました!」
「フフフッ、ジェット早歩きのおかげです!」
「?」
不思議そうに首をかしげるモモに、愛莉は満天の笑みを送る。
「すみません、なんでもないです。それより、この扉を開けてくれませんか? 私メイドさんに、パーティーへの扉を開けてもらうの、夢だったんです!」
「素敵な夢をお持ちなんですね。はい、分かりました。どうぞ、お楽しみください」
さっきまで不思議そうな顔をしていたモモも思わず微笑んで、そして、パーティーへの扉をがちゃりとあけた。
「アイリス! 待ってたわ!」
中はただただだだっ広くて、中央には長いテーブル、そしてその周りには五十人位の王族達が座っていた。
入ってきた愛莉にいち早く気づいたセリーヌ女王は、愛莉を手招きし、自分の隣に座らせる。
「そのドレスもすごく似合ってるわ。ウフフ、さすが私の娘ね」
「ははは……」
セリーヌ女王に愛想をふりまきながら、ちらちらと座っている王族達を眺める。老若難所問わず、みんな会話を楽しんでいるようでだ。
(なぬほど、これが月例会なのか……)
それにしても、セリーヌ女王はすごく立派な玉座に座っている。その隣の愛莉の椅子も、明らかに他の人より立派なものだった。正直、すごく座り心地がいい。ここにいる全員に座ってもらいたいぐらいだ。
(でも、私が女王様の隣に座ってるってことは…)
愛莉は前のめりになって、女王の隣に誰が座っているのか確認してみる。するとそこには、愛莉の予想通り二人の男の子が、愛莉と同じ椅子に座っていた。
「やぁ、愛莉。久しぶり……っていうほどでもないか」
なじみのある顔に、高い鼻。間違いない、彼は……
「えええ‼ なんで真宏君がここにいるの!?」
兄弟がいるということは予想していたが、転校生の飛馬真宏がいるのは全くの心外だ。
「何でって、兄弟だからだよ。そんなことより、もうすぐ愛莉たちの指揮が始まるんじゃない?」
愛莉が唖然としているのをよそに、真宏はイケメン特有のかっこいい笑みを浮かべて含み笑いする。
「そんなことよりって、全然どうでもよくないよ! 私の兄弟って、本当? 本当なの? じゃあ、真宏君はセリーヌ女王の息子なのね?」
「うん、ホントだよ。もう、うたぐり深いなぁ。こっちはもう一人の兄弟、エイダンだよ。愛莉、僕、エイダンで三つ子なんだ」
エイダンは、王子様みたいなジャケットとローブを着ている、背の高い、緑の瞳の男の子だった。背中に白い天使の羽がついていて、クールで、かっこいい。愛莉がそんな第一印象を抱いたのもつかの間、エイダンの高い鼻に、愛莉は少し嫉妬してしまった。なぜ、母親も兄弟も鼻が高いのに、愛莉だけ低いのだろうか。真宏だってハーフ顔なのに、愛莉は完全なる日本人顔だ。
エイダンは、引き締まったその手を愛莉に向かって差し出す。愛莉は、不満に思いながらもその手を握った。
「アイリス・フリチラリア———。兄弟として、よろしく頼む」
「———‼」
その瞬間、会場の照明が消え、神聖な儀式が始まろうとしていた。
* * *
「行ってきて、愛莉」
暗闇の中で真宏に背中を押され、愛莉はあわてて何歩か前に出る。そしていきなり眩しい照明で照らされ、目の前にはエレクサンドラが———。
「え?」
「それでは、アイリス・フリチラリア姫とエレクサンドラ・タンジー様の受羽の儀を始めます。それではお二人方、こちらへどうぞ」
緑のローブを着た神父さんのような人に言われた通り、二人は小さな台の上に乗る。
「さて、本日は受羽の儀式にお越しくださいして、誠にありがとうございます。長い間行方不明であった聖女様が見つかり、早速このような式をとり行うことができることは、本当に喜ばしいことであり……」
ローブの男の人が話ている間に、エレクサンドラは愛莉に小さく、しかし感情的にささやく。
「今からすることは、本当に、僕の感情とは無関係だから。全然、気にしないでね」
「え、うん……」
緑ローブの人はスピーチを終えると元気よく愛莉たちの方を向き、言ったのだ。
「それでは、誓いのキスをお願いします!」
(えぇぇぇぇぇぇ!?)




