第10話 完璧メイドは何でも出来る
「聖女様、申し訳ありません!全て、儀式の内容を鮮明にお伝えせず、聖女様を動揺させてしまった私の責任です」
愛莉の前で深く頭を下げる、モモ。オースティンに乗って帰ってきた愛莉は、目を丸くした。
「え、そんな、とんでもないです! どう考えても私が悪いですから。大切な儀式だったのに、自分勝手な行動をしてしまって、ごめんなさい!」
愛莉も、モモと同様、深々と頭を下げる。
「そんな、聖女様が悪いなんてこと、絶対にありません! 頭を上げて下さいませ!」
「いいえ、モモさんこそ、全く謝る必要はないですよ!!」
ちょっとした口論になっている二人を、真宏が冷ややかな目で眺めていた。何で謝っているだけで口論になるのか、真宏には全く理解出来ない。
「……よく分かんないけど、どっちも謝っているんだから和解でいいんじゃないの?」
その言葉に顔を上げた愛莉は、ぱっと顔を明るくした。
「そうだよね! 和解しましょう! モモさんは全然悪くないですけど」
しつこく認めない愛莉に、とうとうモモも吹き出してしまい、それでやっと、二人の言い合いは終了したのだ。
「で、一番迷惑をかけたエレクサンドラ君のところには行かなくていいわけ?」
愛莉とモモの言い合いが終わるなり、これまでのどうでも良さそうな態度と一変、嫌みを言うように聞いてきた。
「うん……なんか顔合わせづらいなって、ちょっと思っちゃって……。本当に申し訳ないことしちゃったから。でも、今から行くつもりだよ。モモさん、エルって、今どこにいますか?」
さっき吹き出してしまったことを気にかけているのか、モモはなんとかいつもの営業スマイルを保ちながらも、顔を赤く染めていた。
「は、はい。エレクサンドラ様でしたら、只今剣術の練習中でございます。よろしければ、練習場にご案内いたしますよ」
「お願いします‼」
笑ったときにキランと光るピンク色の瞳は、やっぱりいつどんな時も可憐だ。
そして、モモさん抜きでは迷子になってしまいそうな廊下と階段を抜け、これまた大きなドアを開ける。
「お邪魔しまーす…」
剣の弾き合う、キン、キンという音が響く練習場に、愛莉、真宏、そしてモモはそっと忍び込んだ。
練習場では、五十人くらいの男の人達がペアになって練習していたのだが、その中でもエレクサンドラは、圧倒的な存在感を放っていた。受羽式で着ていたような白い王子様風の服に、照明に照らされて輝く剣が、かっこよすぎて、眩しい。
ひっそりと入ってきたにも関わらず、ほとんどの人達が愛莉達の存在に気づいたようだ。練習場が、ざわざわし始める。
遅れて愛莉達の視線に気づいたエレクサンドラは、恥ずかしそうに白い歯を見せた。
その瞬間、騎手長が力強く指笛を吹き、剣の弾き合う音が止んだ。
「どうやら、アイリス様とキース様が見学にお越しくださったようだ。アーサー、お茶を入れてくれ」
「了解です、サー!」
ふかふかのソファに案内されると、愛莉はアーサーと呼ばれる男の子人が持ってきてくれた紅茶をすすった。
「わぁ、アールグレイですね! 私、これが一番好きなんです。すっごく美味しいですよね‼」
「おっ、恐れいります」
愛莉の純粋な笑顔に、周りの騎手達は思わず顔を赤らめる。
「ところでキース様、アイリス様、本日は騎士団に何かご用件がおありでしょうか」
すっかり営業スマイルモードの騎士長に、真宏は無表情で答える。
「アイリスがエレクサンドラ君に用があるって」
「あ、いや、練習が終わった後で良いですよ‼ お邪魔しちゃうのも悪いですし、せっかく紅茶も用意してもらったので……」
王女と王子が見学している中での練習など、騎士達も気が気でないことは愛莉も分かっていたが、練習を中断させるのは申し訳なさすぎる。それに、エレクサンドラの騎手姿をもっと見ていたい、と思ったのも確かだ。
「では、せっかくお二人もいらっしゃったということで、エレクサンドラ様、モモとまた一戦交えてみては?」
「え‼」
「はい……」
「分かりました」
動揺する愛莉をよそに、モモは剣を握り、エレクサンドラの前に立ちはだかった。
「では……始めっ‼」
スタートと同時に、エレクサンドラとモモの剣が勢い良くぶつかり合う。
エレクサンドラは攻めに入るが、モモに軽く弾き返された。
同じく次にモモが仕掛けた剣も、エレクサンドラに弾かれる。
「わぁ……すごい接戦ですね!」
愛莉はソファの側に目を輝かせて立っているアーサーに言った。
「はい! エレクサンドラ様は騎士団の中でも一番強いのに、まだモモさんには一度も勝てていないんです。でも、最近はかなり接戦になってきたんですよ‼」
キン、キンという金属音の中、モモのスカートが翻る。
エレクサンドラはモモに向かって思いっきり剣を振ったが、モモはもう既にそこにはいなかった。
カラン。
素早く背後を取ったモモが、エレクサンドラの手から剣を落とした。
あまりのスピードに、皆ただただ息をのむ。
「…………そこまでっ‼」
審判の言葉と同時に、その場にいる全員が二人に盛大な拍手を送った。
「モモさん、凄すぎ……」
「接戦でしたね、エレクサンドラ様。すごく惜しかったです‼」
試合がおわるなり、騎士達がエレクサンドラの周りにわらわらと集まってくる。
モモはエレクサンドラに一礼すると、すぐに人混みから抜け、愛莉達の元に戻ってきてくれた。
「モモさん、すっごくかっこよかったです‼ まだ胸がドキドキしてます!」
「まぁ、ありがとうございます、聖女様。さて、練習も終わったことですし、エレクサンドラ様の所に行ってみては?」
モモさんの言うとおり、エレクサンドラの周りに群れていた騎士達も雑談を始め、だんだんと散り始めていた。
「はい。行ってきます」
愛莉がソファを立って、エレクサンドラの方に歩き出した瞬間、部屋にいる全ての騎士が愛莉を凝視したのは言うまでもない。なんと言ったって、二人は将来結婚するのだから。
愛莉はエレクサンドラの前に立つと、深く頭を下げた。
和ましい風景を期待していた騎士達に動揺が走る。
「ごめんなさい。昨日、式を台無しにして、すごく迷惑かけちゃって……」
「……大丈夫だよ。愛莉のせいじゃない」
「エル……」
「その代わり、っていうわけでもないけど、これからアイリス僕が今までやってきた仕事を一緒にやってもらうことになると思うんだ」
これまで、聖女の愛莉と聖男のエレクサンドラが二人で妖精族を治めるところを、エレクサンドラは一人で治めてきたのだ。さっきのモモさんとの試合からも、妖精族を守るための努力がひしひしと伝わってきた。
「ありがとう、エル! 私頑張るね」
* * *
エレクサンドラと話終わった後、愛莉は自室に戻ろうとしていた。
「僭越ながら私は少し用事がございますので、何か困ったことがおありでしたら担当のレナとサナに聞いてくださいね」
「「お任せください!」」
レナとサナは息ぴったりに言うと、にっと笑った。
「それでは、また後程」
モモさんは優雅に一礼し、階段を下りていく。
「あの、モモさん!」
クリアな金髪が振り向くとともに翻り、ピンクの瞳が覗く。
「はい、どうかいたしましたか?」
「モモさん!私に…私に戦い方を教えてください!」
モモは「まあ!」という感じに口に手を当てて、それからにっこりと、あの営業スマイルを見せた。
「聖女さまが戦う必要は無いとは思いますが、聖女さまのご希望ならプロの講師をお付けいたしますよ」
「いえ、そうじゃなくて、モモさんに教えてもらいたいんです! エルとの試合を見て、本当に感動したんです! お仕事もあって大変なのは分かっていますが、それでもモモさんにお願いしたいんです!」
愛莉は速射砲のごとく早口で強弁する。さぞ聞き取りにくかっただろうが、鈍感少女愛莉はそれに気づかない。
「仕方ありませんね」
「え?」
ピンク色の瞳から光がこぼれるように、そんな風に微笑んで、モモはぴんと胸を張る。
「王宮メイド長、モモ。聖女さまのご要望とあれば、謹んでお受けいたしましょう」
モモはひざをぺこりと折って、優雅にお辞儀をした。スカートのレース、後ろのリボン、そして金色に輝く髪一本一本まで洗礼されていて、その心は、その姿は、お姫様でも女王様でもなく、まるで…まるで、
「…騎士さま…!」
ひっそりと影から見守っていた騎士達が全員吹き出したのは、言うまでもない。
次話投稿までは少し時間がかかりそうです。でも、一週間以内にはなんとか………




