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幽閉王女は考える。「うん、これから考えよう」  作者: 池田ん


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30/32

続 30


深い、深い水底から浮き上がるように、微かな光が少しずつ大きくなり、空気が体内に入ってくる。

徐々に、鼻から、口から、空気が浸透し、肺が膨らんでいく。


「……さま」

音が聞こえる。囁くような、風のような。


「エルネシア様」

目を開けると、誰かの顔があった。

知らない顔だ。


その人は、すぐに離れ、他の人が触れてくる。触れられているのがわかる。


何かを言おうとしたが、何も言葉にできない。何を言えばいいかわからない。


腕も首も瞼も、鼻も触られ、一瞬「なんて失礼な人」と怒りたくなった。


誰か……男の人と目線が合う。

「ご自分が、誰か、わかりますか」


ゆっくりと話す人だ。もちろん、わかる。自分の事をわからない人などいないだろう。やはり失礼な人だ。


「私の、名、は、エルネ……エルネシア……エルネシア・アルフェリド」

三度目でようやく言えた。

そう、私はエルネシア・アルフェリド。リュゼンティア王国の第一王女。


ここはどこ? 自分の部屋ではないのはわかるが。

首を動かすと、お母さまが近寄ってきた。


「エルネシア――」

寝ている私にお母さまが泣きながら抱き着いてきた。

私は驚いて、ただ瞬きを繰り返す。だって、お母さまが抱きしめてくれるなんて、子どもの時以来ではないかしら。


ふと、左隣にも誰かが寝ていると気が付いた。

抱きしめるお母さまの腕を避けるように隣を見るが、知らない年配の女性だった。

その人も誰かに抱きしめられている。

あれっ、私、誰かと手を繋いでいる――いた。いつのまにか手の平は開き、ただ重なっているだけになり、やがて離れた。


それから急に時間が動き始めたようだ。

私はありもしない罪を責められ、塔に入れられたはず。

ここは塔なの?


「王妃陛下、少し落ち着かれますよう……」

声を掛けたのは、確かお医者さまよね。私、病気だったのかしら。


………………毒!


思い出した。そうだ、毒を!


私は半身を起こす。そこは塔の中ではない。あの恐ろしい鉄格子がない。

お母さまの部屋?

どうして?


「エルネシア王女殿下、何を思い出されましたか」

男の人――さっきの失礼な人が問いかけてきた。

私は少しむくれてしまった。王女らしくないと思うけど、今は取り繕えそうにない。


「あなたは誰ですか」

「失礼しました。私は、宮廷薬師のミリネリンヌと申します。今回王女殿下の主治医のような立場になった者です」

「主治医?」

「はい、王女殿下は、誤って、仮死毒――死んだようになり生き返る薬を飲まれたのですが、覚えていらっしゃいますか」

「あれは、その、死んだように、なる薬だったのですか」

「はい。決して本当に死ぬ毒ではありません。それを証拠に、今、ちゃんと息をして、こうして会話していらっしゃいます」


では、死ねなかったのですね。

胸が痛い。

私は死にたかった。死ななければならなかった。

もう生きる希望がないのだから。


嫌な記憶が蘇る。責める声、詰る言葉、突き放す表情。


「王女殿下、お聞きください。殿下は無実です。もう誰かに責められることなどありません。王妃陛下はもちろん国王陛下も、殿下のことを心から案じております」

「うそ、うそ、うそ――」

私は叫ぶ。

でも、どこか……私の記憶の誰かが、語り掛けてくる。


『でも、もう大丈夫だよ。

あなたの心配することは、もうないよ。

待っている人が、たくさんいるよ。

だから、もう起きようよ』


それは優しく、温かく、心地いい響き。だから信じたくなる。でも信じきれない。


「エルネシア、本当よ。あなたを信じきれずにごめんなさい。あなたを塔に入れ、一人にして、ごめんなさい。あなたを苦しませて、ごめんなさい。あなたを、愛しているわ」

お母さまが泣きながら、抱きしめてくれた。

そこで、堪えていたものが切れた。私も泣いた。

そして、お母さまの背に、手を伸ばし……抱きしめる。


どのくらい泣いただろう。

いつの間にか、お父さまもそばにいて、お母さまごと抱きしめてくれた。

苦しい。けれど、嬉しい。

涙と鼻水でひどい顔になっていると思うけど、でも、この幸せが続いてほしい。


お父さまの言葉は、聞き取れなかったけど、なんとなく優しい言葉だったと感じた。

本当に、信じていいのだろうか。

これが夢でないと、思っていいのだろうか。


涙と声が枯れるまで、さんざん泣いた私は、疲れて眠ってしまった。


目が覚めると、夜だった。

ベッドの中でもぞもぞしていると、灯りを持った誰かが近づいてきた。


ここはどこ? 誰?


静かでゆったりとした声を掛けられた。

「王女殿下、お目覚めでしょうか」


答えるべきかわからず黙っていると、その人影はベッドから数歩のところで止まり、部屋の明かりが点いた。魔道具の灯りは眩しかったが、部屋の様子がわかり安心した。

そして隣でお母さまが寝ていたことに、すごく驚いた。


「あら、起きたのかしら」

「お母さま、どうしてここに?」

「ふふふっ、あなたと離れたくなかったのよ」

穏やかに微笑むお母さまの顔は、髪が乱れているせいか、ずいぶんやつれたように見える。


「王女殿下、お水をお持ちしましょうか」

魔道具の灯りを持った侍女が声を掛けてくる。

言われると、確かに喉が渇いているし、少し……ほんの少しお腹も減っている。


「何か食べてきなさい。私も一緒にいたいけど、ごめんね、少し眠らせて」

「はい。お母さまは、どうぞゆっくりお休みください」

私が静かにベッドを降りると、お母さまはもう寝息を立て始めた。


侍女に上着を着せられ、促されるように進むと、テーブルには軽食が用意されていた。


「温かいスープをお持ちしますので、少々お待ちください」

お腹がすいていたけど、侍女の前ではしたない姿をさらすわけにはいかず、仕方なくコップの水を飲んで、喉を潤す。

すぐに空になった。

もう少し飲みたいな――と思った瞬間、水がコップに溜まり始めた。

驚いて落としそうになり、慌てて掴み直すと、もう水は増えなかった。


頭の中に疑問が湧いてくるが、その時はそれ以上考えることなく、その水を一口、口に含んだ。

ただの水だった。


不思議に思っていると、侍女が湯気の立つスープを持って戻ってきたので、コップはそのままテーブルにおいた。


お腹が空いていると思っていたけど、スープとパンひとつで、もうそれ以上は食べられなかった。

侍女が言うには、三日も何も食べていなかったので、すぐには体が受け付けず、量を食べることはできないとのことだ。

三日も食べていない? たったの三日? あれから三日しか過ぎていないの?

新しい疑問が浮かんでくるが、それをお母さま付きの侍女に聞くのはためらわれたので、黙っていた。


「お休みになられますか。それとも本でも読まれますか」

侍女に問われて眠ることにした。それほど眠気はないけれど、お母さまと同じベッドで眠れるなんて、子どもの時以来だ。

自分が幼子になったみたいで、おかしくなって、笑いが零れる。


お母さまの眠るベッドに静かに入り直す。

侍女は部屋の明かりを消していく。

暗くてお母さまのお顔は見えなくなったけど、温もりは感じる。

瞼を閉じると、いつの間にか眠りに落ちていった。


読んでいただき、ありがとうございました。

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