続 29
二人が眠りについて、まもなく丸二日。王妃の居室には、身じろぎする微かな音も聞こえてしまう。けれど、その静けさは安らぎとはほど遠かった。
王妃は内心で何度も「まだなの!」と叫んでいた。だが、王族として身につけた作り笑いを絶やさず、その時を待つ。
王妃付きの侍女たちは、何も口に出さない主に倣うように、ただ沈黙を貫いていた。それでも緊張感が隠しきれていない。
十年ほど前まで王妃付きの侍女だったロクセーは、ベッドの傍の椅子に座り、ただただ眠る二人を見つめていた。
医師と薬師の四人は落ち着いた様子に見えるが、その中で本当に落ち着いていたのはミリネリンヌだけだった。
今回の被験者のうちの一人は王族だ。「もし」「万が一」……そのことが思い浮かばないのは絶対の自信がある者だけ。
「そろそろですね」
窓から太陽の位置を確認していたミリネリンヌが声をかけた。
「王妃陛下、私とロイスカー様は一度退出いたします。処置は女性である二人が確実に行いますので、ご安心ください。私たちは扉の外で待機しておりますので、処置が終わり次第、あらためてお声掛けください」
そう言って頭を下げた後、同僚のマロイッチの肩をポンと叩く。それ以上は何も口に出すことはなく、ロイスカーと二人、部屋を後にした。
残されたマロイッチとエレッチェは、黙々と鞄から用意しておいた注射器を二本取り出した。
王妃に頭を下げてから、ベッドに近寄った。ロクセーは椅子から立ち上がり、二人に場所を譲る。
注射を刺すのはエレッチェ、被験者の身体を支えるのがマロイッチと、役割は決めていた。
その注射器を見れば、誰もが息を飲む。あんな太い針で刺されることを考えると身震いしてくる。注射など一般的ではないこの世界で、それは拷問具と思わせるほど凶悪な印象を与える器具だった。
自分でなくて良かった、二人が寝ていて良かったと共感した瞬間だった。
エルネシアの身体を支えるマロイッチの横で、ロクセーがエルネシアの手を握った。祈るように。常であれば不敬と言われかねない行為だが、事前に王妃の許可を得て、ロクセーは高貴な方の手を両手で包み込む。
処置そのものは、何人もの被験者で練習してきた作業のため、滞りなく進んでいく。この日のために、女性王族への対応として選ばれた二人は、練習通りの動きをすることができた。緊張による発汗は本人たちにしかわからなかった。
注射が終わり、乱れた寝間着を直されてから、扉の外で待つ者に声がかけられた。
すると、男性二人が部屋に入ってきた。一人はいつもと変わらぬ表情で、もう一人はこわばった面持ちでベッドに近づき、横たわったエルネシアとエイリンを観察した。
脈はすでにエレッチェが確認していた。動きがないと。
エレッチェが王女の瞼を上げ、魔道具の灯りを左右に振った。瞳孔に変化はないことを医師も薬師も確認した。
侍女たちは内心「もう亡くなっているのではないか」と思っていたが、それを口にすることはなかった。
「あと一日です。明日にはきっとお目覚めになるでしょう」
ミリネリンヌがはっきりとした声で告げた。
王妃はそれを信じるしかなかった。
「あと一日」
この二日も長かった。息もせず体温も感じない娘の姿は死んでいるようにしか見えない。
それが恐ろしかった。
秘薬の効果は知っていたが、見るのは初めてだ。だが、これほど恐ろしいとは思わなかった。
エルネシアを救うためとはいえ、こんな状態になることを決断した自分の行いがおぞましかった。
だが、娘を信じられなかった自分への罰だと飲み込むしかない。最後まで見届ける義務がある。
そして娘のことだからと自分に任せ、この場にいない夫が、その時だけはとても憎らしかった。
子どもたちはみなかわいい。だが自分は王妃であり、子どもたちはそれぞれ王子であり、王女で、皆王族としての役割がある。普通の家族ではいられない。その覚悟を持って嫁いできたし、矜持もある。
だが、今はそれが恨めしい。
ただ、この子の母親だけでありたいと願ってしまった。
ここまで読んでくれて、あちがとうございます。
次回は、明日更新します。




