続 26
※ 誤字修正しました。
いよいよその日が来た。
三、四日は眠り込むだろうと想定して、場所は王妃様の居室になりました。
さすがにこの塔でそれだけ眠り続けたとき、看護も警護も何かあった時の対処も難しいとの意見に、私も同意した。
だからアドレーヌとは、今日で最後。無事成功したら、だけどね。
成功すると信じているから、ちゃんとお別れを言っておきたい。王妃様の部屋に兵士のアドレーヌは入れないもん。
後宮に向かうのは、午後遅くから。
今日だけ特別に、アドレーヌをこの部屋に招き、一緒に食事をすることにした。
何度も断られて、最後は私のわがままに付き合う感じで渋々了承したから、本当にこれは私の勝手な思いだ。
私とアドレーヌが向かい合って座り、元侍女さんたちがお皿を並べていく。
料理を全部並べる方式ね。
そして、並べ終えると、部屋から出ていった。
「冷めているけど、おいしいわよ。マナーは気にしないでいいからね」
私はサラダをパクっと口に入れる。
アドレーヌはぎこちなさそうにフォークとナイフを握り、オドオドした様子で料理を食べ始める。
自分の姿は見れないけど、たぶん私の所作はきれいなんじゃないかな。だって王女様が身につけてきたものなんだし。だからアドレーヌも緊張しているんだと思う。でもさ、食べている時の私の表情は豊かだと思うよ。お澄ましじゃないもん。
食事中の会話は控えめ。食べることに集中するのがこの国でのマナーらしい。
「これ美味しい」「この材料はなんだろう」「食べてみて」など料理の内容や味を話す程度で済ませるんだって。
アドレーヌも最初は緊張していたけど食が進むうちに、パクパク食べ始めたよ。
食事そのものは早く終わった。会話が少ないとそんなものだよね。
新しいお茶は私が淹れる。電熱の魔道具があるから、お湯もきちんと熱いままだ。
「アドレーヌさん、今までありがとうございました」
私が頭を下げるとあわててアドレーヌが立ち上がる。
「そんな、やめてください。頭をお上げください。それに呼び捨てでお願いします」
予想通りの反応に、ふふっと笑ってしまった。
アドレーヌが再び座るのを待って、話し始める。
「エルネシアの魂が戻ったら、たぶん、アドレーヌのことは覚えていないと思うの」
「私にとっては、今も、それにこの先も、王女殿下であることは変わりません」
生真面目で不器用な彼らしい言葉に、胸の奥が少しあたたかくなった。
あの時のことは嫌な思い出だけど、アドレーヌと知り合えたことだけは心から良かったと思う。
この世界を嫌いにならなかったのは、たぶんあなたのおかげ。
「私の感謝を示すために、エルネシアの物を下賜することはできないから、これをあなたに贈ります」
私は白いハンカチをアドレーヌの前に差し出す。元侍女さんたちに頼んで用意してもらった無地のハンカチに、私が刺繍したものだ。
片膝をついたアドレーヌは、恭しくハンカチを受け取る。
つい、笑ってしまいそうになるのをなんとか堪えたよ。
ハンカチに縫われた刺繍を見て、彼は首をひねる。
「それは私の前世の名前。異世界の文字で『相良愛子』って読むの。こっちの世界では誰にも読めない文字だから、気にしなくていいわ」
「サガラ、アイコ……」
呟くように私の名を呼んでくれた。
この世界で聞く自分の名前は、思っていたより胸に響いた。
その後、二言三言、言葉を交わして、彼は部屋を出ていった。代わりに、侍女たちがドレスへの着替えを手伝うために入ってくる。
今日は塔から後宮まで馬車での移動だ。
私はちゃんと笑えていたかな。
泣くのはまだ早い。本番はこれからなんだから。
短編として書き上げたつもりでいた作品を、再開しようと決めたとき、必ず書こうと思ったシーンです。
でも、思い入れでだらだら長くしたくはなかったので、あっさりとした印象でしょうが、いかがでしたでしょうか。
気に入っていただければ、嬉しいです。




