続 24
馬車が止まると、そこはもう塔の入り口だった。
一人で降り、階段をとぼとぼ上がる。
何度も上り下りしてきた螺旋の石段。もう辛くはない。
扉を開け、鉄格子をくぐり、カギを閉める。
いつもの手順。習慣のようになった動作。
あー、やっぱり私にとってはここが一番落ち着く場所だ。
こんな鉄格子付きだけど、それでも今では慣れ親しんだ場所となっている。私にとっては。
でもエルネシアにとっては違うよね。
うん、やっぱりエルネシアにこの体を戻してあげることを考えなくちゃ。
私は裸になって、お風呂にどっぼーん。
脱ぎ散らかしたドレスは、明日にでもエイリンさんたちに片付けてもらおう。だらしないけど、今日はもう疲れちゃった。
明日から、エイリンさんとロクセーさんの二人は、また下働きの服で来るんだろうな。侍女服姿を見た後だから、ちょっと申し訳なくなるよ。
お風呂につかりながら、考える。
どうして私がこの世界に来て、エルネシアの体の中にいたのか。それを一つの問題として考えるのがいけなかったんだよね。
どうして私がこの世界にきたのかは、とりあえず置いておく。だって、私、死んだ記憶ないし、神様に呼ばれた記憶もない。
そこを考えるとぐるぐる堂々巡りするだけ。
今はまだね。
だから、どうして私がエルネシアの体にいるのかを考えた。考えてきた。
いつから? なぜエルネシアに?
どう考えても、『強欲』が怪しい。言葉はキモいけど、とりあえずこいつが原因だとしか思えなかった。
どうしてって?
だって、エルネシアの記憶の中のどこにも『強欲』なんていないんだもん。
最初は単にエルネシアが気づいていなかっただけかと思ってたけど、それおかしくない?
ファティセイロさんから聞いた話だと、権能や術って、先天的とは限らないというのが最近の説らしい。十代になって権能に気づいた人の場合、以前は先天的に授かったものをたまたまその年齢になった時に自覚したんだろうと考えられていたけど、最近はその瞬間、または直前に新たに授かったのではないかという考え方が優勢みたい。そして、どうやらヴァルネさんの『癒し』もそのパターンらしい。
何がきっかけなのか、どうしてその人間になのかはまだまだ研究中。
そして『相良愛子』と『強欲』が、同時に別々の存在としてエルネシアに宿ったなんて、可能性が低いはず。
ということは、『相良愛子』と『強欲』はセットなんだよね。
……はあ。
ファティセイロさんから話を聞いた時に、そうじゃないかという考えがずっと頭にこびりついていたけど、ヴァルネさんに触れあって、確信できたよ。
私はヴァルネさんの中にいたことがある。
『相良愛子』としての自我はまだ目覚めていなかったけど、確かに彼女の中には知っている気配があった。あれは魔力なのかな。
私と『強欲』の関係は保留。『強欲』が何であるかも。
だって、それを考え始めると、仮説と推測と妄想がこんがらがるからね。
とりあえずみんな『強欲』のせいにしちゃうけど、結果から判断すると、『強欲』は移動可能。たぶん人間どうしなら。
物や動物にもいけるかは検証したくないし。
どうやってかは、多分だけど、接触でしょう。やだな、バイ菌みたいで。それとも寄生虫? ゲーッ。
でも、エルネシアの記憶ではヴァルネさんと直接触れ合ったことはない。
エルネシアがヴァルネさんとちゃんと会ったのは二回。
ヴァルネさんに『癒し』の権能が発現してから初めて王城に来た時、王族の一人として対面したのが最初。二回目はクズ婚約者のレイスベルク公爵家がヴァルネさんを庇護することに決まった、その報告の時。
どちらも彼女とは接触などしていない。
その後、何度かパーティーにクズと参加した時、クズが私の側を離れた隙に、彼女が嬉しそうに奴に近寄るのを遠目に見たくらい。
エルネシアが参加しないパーティーで、クズは彼女をエスコートしたらしいけど、それを聞いてエルネシアが嫉妬したのは、まあ、うん、擁護はできません。
今はどうか知らないけど、その頃のエルネシアもヴァルネさんも、好きな男に振り向いてほしかっただけの女の子なんだよね。恋愛脳に浸食されていなければ、彼女だって決して悪い子じゃなさそう。少なくても私はそう感じちゃった。
よくわからない権能のせいで、自分の立場が急変して戸惑うのは当然だし、大人の思惑はどうあれ、庇護してくれる相手に、なんでもしますって……まあ、依存かもしれないけどさ。けなげで、真面目で、一生懸命で。いいじゃん、女の子っぽくて。それだけ聞いたらヒロインだよ。
ああー、意識が逸れちゃった。
どういう理由かは別にして、『強欲』はヴァルネさんの中にいたのに、誰かに移動した。多分、あいつ!
でも、ただ接触しただけでは移動しないと思う。『強欲』自身の意志か、それとも肉体の主の願いか。
推測ではあるけど、ヴァルネさんからあのクズ男、そしてエルネシアへと移動したと考えてる。
嫉妬したエルネシアがあの男をなじったのは、侍女が亡くなる二か月くらい前のこと。
全然力のないこぶしで、ポコポコあいつを叩くのを、我慢しきれずエルネシアの手を取り、何かを言っていた。エルネシアは半泣きだったから、何を言われていたのか全く覚えていなかったが、手を握られた――いや、掴まれたと言った方が正しいか――記憶がある。
私がぼんやりと自覚し始めたのが、そのしばらく後。『相良愛子』が覚醒するにも、それなりに時間がかかるんだと思う。
クズ男と触れ合えば、もっとはっきりするだろうけど、私はイヤ。エルネシアに触れさせたくない。
だから検証はここまでで十分。
このことを私自身が消化して、もう大丈夫って先に進めるようになるまで、ちょっとだけ待って。
ごめん、エルネシア。
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