成人の儀
王都の中央広場には、朝から大勢の人々が集まっていた。
貴族、騎士、商人、冒険者。
身分を問わず、誰もが今日という日を見届けようとしている。
成人の儀。
十二歳を迎えた子どもたちが初めて封魔環を外し、自らの魔法を授かる神聖な儀式だ。
僕は家族と別れ、儀式を受ける子どもたちの列へ並んだ。
「よう、ノア。」
聞き慣れた声が横から飛んでくる。
振り向くと、金色の短髪を揺らした少年が腕を組んで立っていた。
アレン・ライゼル。
ライゼル伯爵家の長男。
幼い頃から王城で共に育ち、何度も剣を交えたライバルだ。
「おはよう、アレン。」
「眠れたか?」
「少しだけ。」
「俺もだ。」
二人で苦笑する。
ぼくとアレンは何度勝負しても決着がつかなかった。
木剣を握れば互角。
体術でも互角。
騎士団長からは、
「どちらも負けず嫌いだな。」
と何度笑われたことか。
アレンは肩を回しながら笑う。
「今日で勝負が決まるな。魔法は剣と違って努力だけじゃ埋まらないから。」
その言葉に僕も苦笑する。
「まだ何も分からないよ。」
「分かるさ。」
アレンは迷いなく言った。
「俺はお前に負ける気はない。でも、お前にも負けてほしくない。」
それがアレンらしかった。
勝ちたい。
でも、相手にも強くあってほしい。
そんな真っ直ぐな性格だった。
「相変わらずね。」
穏やかな声が響く。
僕たちが振り返ると、護衛騎士を従えた少女が歩いてきた。
透き通るような青い髪。
澄んだ蒼い瞳。
ヴァルハルト王国第一王女。
リリア・ヴァルハルト。
「また勝負の話?」
彼女は呆れたように笑う。
「二人とも本当に変わらないわね。」
「勝負じゃないよ。」
僕は笑う。
「ただ話していただけ。」
「そういうことにしておいてやる。」
アレンが肩をすくめた。
リリアは小さく笑い、ぼくの左手首へ視線を向ける。
封魔環。
銀色に輝くその腕輪は、僕たち全員が生まれた時から身につけているものだ。
「緊張してる?」
そう聞かれ、僕は少しだけ考えた。
「……してる。」
「期待されてるから?」
「うん。」
隠しても仕方がない。
「もし期待に応えられなかったらって。」
リリアは少しだけ目を細めた。
「期待に応えることばかり考えないで。」
「あなたは十分努力してきたもの。」
優しい声だった。
王族なのに、昔から誰よりも人の気持ちを考える人だ。
だから王城のみんなから慕われている。
「ありがとう。」
僕が頭を下げると、
「……甘いな。」
冷たい声が会話を遮った。
振り返る。
一人の少年がこちらへ歩いてくる。
黒い髪。
鋭い眼差し。
侯爵家の紋章を胸につけた礼装。
ゼノ・アークライト。
保守派貴族の中心であるアークライト侯爵家の嫡男だ。
「努力で国は救えない。」
僕を見ながら言う。
「英雄とは、生まれ持った才能を持つ者だけを指す。」
周囲の空気が少し張り詰める。
「ゼノ。」
リリアが静かに名前を呼ぶ。
「今日は成人の儀よ。」
「承知しております、王女殿下。」
口調は丁寧だ。
だが視線だけは逸らさない。
「私はただ、不安なのです。」
その声には怒りではなく、確かな信念があった。
「王家は十二年間、一人の少年へ莫大な時間と資源を費やしました。もし、その期待が間違いだったなら。その損失は誰が責任を取るのでしょう。」
アレンが眉をひそめる。
「ノアはまだ何もしてないだろ。」
「だからだ。」
ゼノは即座に返した。
「何もしていない者へ国運を託した。それが問題だと言っている。」
僕は何も言えなかった。
ゼノの言葉は厳しい。
でも、それが保守派貴族の考え方だということも知っていた。
王城で暮らし始めてから、何度も耳にしてきた言葉だからだ。
「それに……。」
ゼノは少しだけ声を落とした。
「もし闇属性だったら、どうするつもりだったのですか。」
その一言で、周囲の空気が凍りつく。
闇属性。
人類の歴史で、確認されたのはたった一人。
王都で大罪を犯し追放されたとされている。
その名を口にする者は少ない。
「闇は災厄です。そんな可能性を持つ者を王城で育てるなど……。」
「ゼノ。」
今度はリリアの声が少しだけ強くなる。
「それ以上はやめなさい。」
ゼノは一礼した。
「失礼しました。」
そう言いながらも、その瞳は僕を見据えたままだった。
「私は国を守りたいだけです。それだけは、ご理解ください。」
そう言い残し、彼は列の先へ歩いていく。
その背中を見送りながら、アレンが舌打ちした。
「嫌な奴だ。」
「……でも。」
僕は小さく息を吐く。
「間違ったことは言ってない。」
「ノア。」
アレンは真っ直ぐぼくを見る。
「結果で黙らせればいい。」
僕は笑った。
「そうだね。」
その瞬間――。
ゴォォォン……。
広場中に鐘の音が響いた。
ざわめきが止み、人々の視線が祭壇へ集まる。
純白の法衣をまとった大神官が、一歩前へ進み出た。
「これより、ヴァルハルト王国、成人の儀を執り行う。」
静寂が広場を包む。
僕は無意識に左手首の封魔環を握りしめた。
十二年間、待ち続けた瞬間が、いよいよ始まろうとしていた。
大神官が祭壇の中央へ立つと、広場を包んでいたざわめきが静かに消えていった。
染みひとつない真っ白な法衣が風に揺れる。
その背後には、王都の遥か彼方にそびえるノルディア山が見えていた。
「ヴァルハルト王国の民よ。」
静かな声が広場全体へ響く。
「我ら人類は、千年もの間、世界樹の加護によって生きてきた。」
誰もが黙って耳を傾ける。
「世界樹は尽きることのない魔力を大地へ流し続けている。その魔力は草木を育み、命を巡らせ、人の暮らしを支えている。」
大神官はゆっくりと右手を掲げた。
その手には、小さな紫色の結晶が乗っていた。
「そして、この世界で唯一の資源。魔核である。」
子どもたちの視線が一斉に集まる。
「魔核は魔物の体内で生まれ、世界樹の魔力を蓄える。」
「これを加工することで灯りとなり、暖炉となり、水を浄化し、魔道具を動かす力となる。」
「人々の暮らしは、すべてこの魔核によって支えられている。」
僕は何度も授業で聞いた話を思い出す。
鍛冶屋の炉。
街灯。
結界。
王城の水路。
どれも魔核なしでは動かない。
「だからこそ、冒険者は命を懸けてノルディア山へ挑む。」
大神官の視線が山へ向く。
「世界樹を守るため。」
「そして、人々の暮らしを支える資源を持ち帰るため。」
貴族は魔物から街を守る。
冒険者は山へ挑む。
役目は違っても、世界を守るという目的だけは同じだった。
大神官は再び子どもたちへ向き直る。
「では、魔法について改めて説明しよう。」
広場の中央へ、人の背丈ほどもある巨大な水晶が運び込まれる。
水晶には七つの紋章が刻まれていた。
火。
水。
土。
風。
雷。
光。
闇。
「人は皆、生まれながらに八本の魔脈を持つ。」
広場が静まり返る。
「その八本がどの属性へ流れているかによって、生まれ持った才能が決まる。」
「火七、風一。」
「水四、土四。」
「雷六、風二。」
「このように、一つの属性へ魔脈が集中するほど、その力は強大となる。」
僕は自然と左手首の封魔環へ触れた。
この中には、僕自身も知らない八本の魔脈が眠っている。
「魔力量と魔力操作は努力によって磨くことができる。しかし、魔脈の流れだけは生涯変わることはない。同じ属性を六本持つ者は、一国を支える英雄候補。七本持つ者は、歴史に名を残す英雄。」
広場の空気が一気に張り詰めた。
「これより成人の儀を執り行う。」
最初の少年が祭壇へ上がる。
封魔環が外される。
淡い光が水晶へ流れ込む。
「火三。」
赤い紋章が光る。
「土三。」
「風二。」
大神官が静かに告げた。
「火三・土三・風二。」
八本。
観客席から拍手が起こる。
その後も次々と名前が呼ばれていった。
「水五・風三。」
「火四・雷四。」
「雷五・風二・土一。」
歓声が上がるたび、広場は熱気を増していく。
「ゼノ・アークライト。」
ゼノが静かに祭壇へ歩き出た。
封魔環が外される。
巨大な水晶が深い緑色に染まった。
「風六。」
どよめきが起こる。
さらに黄色が淡く光る。
「雷二。」
「風六・雷二。」
広場から感嘆の声が漏れる。
「さすが侯爵家だ。」
「六本か……。」
ゼノは当然と言わんばかりに祭壇を降りた。
僕と目が合う。
その瞳には揺るぎない自信だけが宿っていた。
続いて。
「リリア・ヴァルハルト。」
王女がゆっくりと前へ進む。
封魔環が外れた瞬間。
水晶が透き通る青へ染まった。
「水七。」
誰かが息を呑む。
そして。
「風一。」
一瞬の静寂。
次の瞬間、広場が歓声に包まれた。
「水七だ!」
「王家に英雄が!」
「さすが王女殿下!」
リリアは驚いたように水晶を見つめ、それから深く一礼した。
歓声の中でも、その表情はどこまでも落ち着いていた。
僕は自然と笑みがこぼれる。
(やっぱり、すごいな。)
「アレン・ライゼル。」
アレンが振り返る。
「先に行く。」
「うん。」
祭壇へ上がるその背中は、いつも通り堂々としていた。
封魔環が外れる。
次の瞬間――
バチィッ!!
雷鳴のような音が広場へ響いた。
黄金色の閃光が水晶全体を包み込む。
「雷七。」
広場が静まり返る。
続いて緑の紋章が淡く輝く。
「風一。」
大神官が高らかに宣言した。
「雷七・風一。」
その瞬間。
王都全体が揺れるほどの歓声が上がった。
「英雄だ!」
「雷七!」
「ライゼル家に新たな英雄が誕生した!」
騎士たちまで拳を掲げている。
国王も静かに頷き、満足そうに笑っていた。
アレンは祭壇を降りる前に、僕の方を見る。
そしてニッと笑った。
「待ってるぞ。」
その笑顔に、ぼくも笑い返した。
(負けない。)
剣では互角だった。
なら、魔法でも。
胸の鼓動が早くなる。
そして大神官は、最後に残った名簿へ目を落とした。
広場の誰もが、その名前を待っている。
歴史上でも数例しか存在しない、五属性すべてに反応しなかった少年。
光か。
闇か。
大神官がゆっくりと口を開く。
「ノア・ヴァイス。」
僕は静かに息を吸い、祭壇への一歩を踏み出した。




