第4話 永代供養墓なんて。お墓戦争ハカハカハカ。
「お前、あの頑固親父の何を知っているんだッ!」
新政寺の本堂に、僕の叫びが虚しく響き渡った。目の前に座っているのは、きつい香水の匂いを漂わせた、金髪に派手なメイクの若い女性だ。お腹はまだそれほど目立たないが、確かにふっくらとし始めているように見える。
「だからぁ、言ったじゃん。義正の子どもを身ごもってるって」
女性はネイルを施した爪でスマホをいじりながら、だるそうに言った。横で母の芳子が「まあまあ、雅英、落ち着いて……」と泡を食っている。
落ち着いてなんかいられるか。
先代住職の隠し子発覚なんて、寺のブランドイメージ(信頼度)の失墜どころか、2億円の借金を抱える我が寺にとって致命的なスキャンダルだ。
「おい、ふざけるなよ。親父は62歳で死んだんだぞ。失礼だが、君はいくつだ」
「22歳だけど?」
「22歳!?ほぼトリプルスコアじゃないか!なんでお前がうちの父の子供を授かってるんだ!」
「はぁ?何いってんの?義正は、うちの実家で飼ってる3歳のオスのゴールデンレトリバーよ」
「……は?」
バカな。言葉の意味が脳の処理をすり抜けていった。
「ちょっと待て。犬の名前が『義正』?」
「そう。お父さんが『新政寺の住職さんみたいに立派で優しい犬に育つように』って、勝手に住職さんの名前をもらってつけちゃって。で、その義正が近所のサクラちゃんとデキちゃって、サクラちゃんが今、義正の子を身ごもってるわけ」
女性は悪びれもせずに続けた。
「でね、うちのお父さんが『住職さんに名前の報告と、安産祈願のお守りをもらってこい』ってうるさいから、わざわざ東京から来たの。あ、私、大貫の孫のミカです」
大貫。
その名前に、僕の脳内アラートが最大音量で鳴り響いた。あの筆頭総代の、頑固な長老檀家の大貫さんか!
「おい、ミカさんと言ったか。君のせいで僕の寿命が3年縮んだぞ。あと、主語を省略して喋るな!ビジネスなら即座にコンペ落ちだ!」
「えー、お坊さん、ウケる。超ハカハカしてんじゃん」
ミカはケラケラと笑いながら、安産のお守りを受け取って帰っていった。
「ハカハカってなんだよ……」
僕は激しい頭痛を覚えながら、こめかみを押さえた。だが、本当の「ハカハカ(墓墓)」するような地獄は、その日の午後にやってきた。
「おい!新米住職!出てこい!」
「新政寺をこれ以上、お前の金儲けの道具にされてたまるか!」
突然、境内に怒号が響き渡った。本堂の扉が乱暴に開け放たれ、入ってきたのは、筆頭総代の大貫さんを先頭にした、10人以上の老人たちだった。全員がこの地域の有力者であり、新政寺を何十年も支えてきた長老檀家たちだ。
「これはこれは、皆様お揃いで。事前のアポイントもなしに、どうされたんですか?」
僕は営業スマイルを張り付かせて迎えたが、彼らの目は本気だった。
「とぼけるな!高橋のところの墓じまいを勝手に手伝ったそうだな!しかも、遺骨をあんなチャラチャラした樹木葬とやらに納めおって!」
70代後半の檀家が、杖で畳を激しく叩く。
「それだけじゃない!うわさに聞いたが、今度は『永代供養墓』の計画を進めているそうじゃないか!墓石も建てず、他人の骨と一緒に一つの穴に放り込むような非人道的なものを、この由緒ある新政寺に造るなど断じて許さん!」
大貫さんが一歩前に出て、僕を睨みつけた。
なるほど。僕が密かに進めていた第2のプロジェクト「マンション型永代供養墓の建設」が、どこからか漏れたらしい。
樹木葬【木漏れ日の詩】は好評だが、やはり区画数には限りがある。借金2億円を早期にターンアラウンドするためには、新たなバリュエーションとして別の永代供養墓が必要不可欠だったのだ。
「静かにしてください」
小さな声でそうなだめようとしたが、彼らはおさまらない。
多勢に無勢。普通の新米住職なら、この迫力に気圧されて謝罪していただろう。
だが、西新宿でしのぎを削った頑固者で頭でっかちな僕は違った。過去にもやったことのない、大博打に打って出る。
「うるさーーーーーい!!!!静かにしろっていってんだろーーーー!!!!」
僕は低く、しかし本堂の隅々まで通る声で言った。その冷徹なトゲのある声に、老人たちが一瞬、静まり返る。
「これは戦争の始まりだ。トラトラトラ、いや違う。お墓戦争、ハカハカハカだっ!」
「ハカハカハカ!?」
あっけにとられるクレーマーをよそに、僕は本堂の大型モニターの電源を入れ、1枚のスライドを映し出した。
「皆様、勘違いしないでいただきたい。僕は金儲けのために永代供養墓を造るわけではありません。皆様を、そして皆様のお子さんや、お孫さんたちを『救う』ために造るんです」
「ふん、詭弁を弄するな!」大貫さんが鼻で笑う。
「データを見てください」僕は画面を切り替えた。そこに映し出されたのは、痛烈な現実の数字だ。
「ここにいる皆様の平均年齢は76歳。そして、皆様のお子さん世代の84パーセントが、すでに常総市を離れ、東京や関東近郊にマイホームを建てて暮らしています。つまり、ここにある先祖代々の立派な墓石は、あと10年もすれば、誰もお参りに来られない『無縁仏』になる確率が極めて高いということです」
檀家たちが顔を見合わせ、ざわざわとし始める。
「立派な墓石を守るということは、残された子どもたちに『一生、遠方までの墓参りと管理費の負担を強いる』ということです。今の若い世代に、そんな余裕はありません。現に、高橋さんはその重圧に押しつぶされ、危うくご先祖様の遺骨を失うところまで追い詰められていた。それを救ったのが、当寺の樹木葬です」
僕は大貫さんをまっすぐに見据えた。
「大貫さん。あなたのお孫さんのミカさんは、今日も東京からわざわざ来られていました。彼女に、将来この新政寺の重い墓守の義務を、すべて背負わせるおつもりですか?」
「それは……」大貫さんが言葉を詰まらせる。
「お墓は、生きている人間のためにあります。時代が変われば、お墓の形が変わるのは当然です。管理の手間を無くし、お寺が責任を持って永代にわたり供養する。それこそが、後継者不足に悩む現代の家族に対する、お寺としての最大の『誠意』ではないですか?」
本堂を、沈黙が支配した。データと未来予測という圧倒的な現実を突きつけられ、長老たちは誰も反論できなかった。彼ら自身、心の底では「我が家の墓は、自分が死んだらどうなるんだろう」という不安を抱えていたからだ。
「……しかしだな」大貫さんが、震える声で言った。
「理屈は分かった。だが、先祖の骨を他人の骨と一緒に混ぜてしまうのは、どうしても寂しい。心が追いつかんのだよ」
それは、ロジックでは解決できない、人間の「感情」という名の最後の砦だった。
僕はフッと微笑み、モニターの画面をさらに切り替えた。そこには、僕が3Dキャドで設計した、新しい永代供養墓の完成予想図があった。
「ご安心ください。僕が計画しているのは、骨がごちゃまぜになってしまう大きな穴だけではありません。新政寺の伝統ある瓦をあしらった美しいデザインで、マンションのように個別に分かれたお部屋も用意しています。そして、このお部屋でも、ごちゃまぜでも、お一人お一人のお名前を刻む『墓誌』を残します。たとえ骨はごちゃまぜになっても、その生きた証と名前は、1人ずつ独立してこの新政寺に残り続けます」
僕は立ち上がり、長老たちに向かって深く一礼した。
「皆様がこれまでこの寺を守ってくださった伝統と想いは、僕が絶対に消させません。形を変えて、次の世代へ繋ぎます。ですから……僕に、これからの新政寺の未来を任せていただけませんか」
沈黙。
やがて、大貫さんが大きく息を吐き出し、ぽつりと言った。
「……義正さんに、そっくりだな」
「え?」
「あの男も、無茶苦茶なことばかり言っていたが、最後にはいつも、私たちの不安を全部背負い込んで笑っていた。……お前は合理主義の化け物かと思っていたが、中身はあの頑固親父以上の、お節介焼きの坊主だよ」
大貫さんは苦笑し、立ち上がった。
「墓誌の名前は、綺麗な書体で彫ってくれよ。私の名前も見栄えが良い方がいいからな」
「ええ、最高フォントを厳選しておきます」
僕が不敵に笑うと、他の長老たちからも、どっと笑い声が起きた。
こうして、新政寺を揺るがした「お墓戦争」は、僕の完全な勝利で幕を閉じたのだった。
その夜、本堂で1人、永代供養墓の契約書のテンプレートを作成していた。長老檀家たちの理解を得られた。これで永代供養墓のプロジェクトは一気に加速する。借金2億円の返済計画は、当初の予定よりも20パーセント以上前倒しできる計算だ。
「親父、見てるか。数字の力ってやつをさ」
誰もいない本堂の本尊に向かって呟いた時、客殿のインターホンが激しく鳴り響いた。
時計を見ると、夜の10時を回っている。こんな時間に一体誰だ。
扉を開けると、そこには、目元を真っ刻に腫らした、いかにも上品そうな50代の女性が立っていた。手には、1枚の紙が握られている。
「あの……夜分遅くに申し訳ありません。こちらのご住職にお話が……」
「はい、僕が住職の阿出川ですが。どうされましたか?」
女性は、震える手で持っていた紙を僕に差し出した。そこには『離婚届』の文字、そして、すでに夫の欄には記入がされていた。
「主人と……死別した後に、離婚したいんです。主人の家のお墓には、絶対に、1秒たりとも一緒に入りたくありません!」
「……はあ!?」




