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第三章 温泉旅行編(到着〜外への誘い)

旅行当日。

駅の改札前。

みさとは、何度も時計を見ていた。

(遅い……)

約束の時間は、もう過ぎている。

あの子が遅れるなんて、今まで一度もなかった。

嫌な予感が、じわじわと広がる。

その時、スマートフォンが震える。

表示されたのは、親友の母親の名前。

胸が、ざわりと鳴る。

「……はい」

耳に当てた瞬間。

世界が一瞬、遠のく。

『さっき、家を出てすぐに……事故で……』

言葉が、断片的にしか入ってこない。

「……どこですか」

気づけば、そう聞いていた。

『今、病院に――』

「すぐ行きます」

通話を切る。

みさとは、踵を返す。

だが――

「待ってください」

宗平の声。

振り向く。

その顔は、驚くほど落ち着いている。

「行かないと」

「ええ」

宗平は頷く。

「でも、このまま行っていいんですか?」

その一言で、足が止まる。

「……どういう意味ですか」

「あなたが行って、できることは?」

言葉が詰まる。

「それより」

時計を見る。

「もうすぐ電車が出ます」

みさとの手が、わずかに震える。

「でも……」

「今すぐ駆けつけるのと、後で行くのと」

一拍。

「結果、変わりますか」

冷たい言葉。

だが、否定できない。

みさとは、目を閉じる。

(……どうすればいい)

数秒。

そして。

ゆっくりと、息を吐く。

「……行きます」

その声は、小さかった。

宗平は何も言わず、改札へ向かう。

みさとは、その背中を追う。

■電車の中

窓の外の景色が、流れていく。

都会が、少しずつ遠くなる。

だが、みさとの中は、ほどけない。

沈黙が続く。

その空気を破ったのは、宗平だった。

「これから行く旅館、結構古いんですよ」

唐突な話題。

みさとは、少しだけ顔を上げる。

「江戸の終わり頃から続いてるらしくて」

「……そうなんですか」

「料理もいいです」

間髪入れずに続ける。

「川魚と山菜。あと、出汁がやたら上手い」

みさとは、ぼんやりと聞いている。

宗平は止まらない。

「近くに吊橋があって」

「吊橋?」

「ええ。結構揺れるらしいです」

少しだけ笑う。

「あと、使われてない展望台があって。そこからの景色が――」

話は、どんどん続く。

まるで、止める気がない。

みさとは、ふと気づく。

(……この人)

無神経なのか。

それとも――

(……わざと?)

自分の思考が、事故のことだけに沈まないように。

無理やり、別の景色を見せている。

胸の奥の重さが、ほんの少しだけ緩む。

「……詳しいですね」

小さく言う。

宗平は、軽く肩をすくめた。

「昔、来たことがあるだけです」

それ以上は語らない。

みさとも、聞かない。

だが、さっきより呼吸がしやすくなっているのは確かだった。


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