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第八章 華燭の宴

あの日の帰り道、宗平は何も言わなかった。

ただ、みさとの隣を歩いた。

それだけで、何かが決まった気がした。


町にクリスマスソングが流れ始めるころ。

街路樹に灯る電飾が夜をやわらかく染め、人々の足取りがどこか

浮き立つ季節。

そんな喧騒とは裏腹に、宗平の十二月は驚くほど静かだった。

着信履歴だけが増えていき、手帳の予定は白いままだった。

悪友たちの誘いはすべて断り、例年のように花から花へと舞う

こともない。

仕事を終え、まっすぐ帰る。

部屋の灯りがついている。

その灯りの中に、みさとがいる。

何気ない仕草や言葉、声。

それだけでよかった。

みさとがいない夜も、考えるのはみさとのことばかりだった。



婚約指輪とマリッジリングを同時に選ぶという、

人生で一度きりの買い物。

「忘れていた」わけではない。ただ、本当に似合うものをと

思っただけだ。  だがこれが想像以上に骨が折れる。

宝石店を巡り、デザインを見比べ、指にはめ、外し、また悩む。

「一生に一度ですから」

「その台詞、今日三回目だよ」と宗平。二人はさらに店を回る。

「もう五軒目ですよ」とみさと。

「一生物だからね」と宗平。

衣装合わせも同じだった。

楽しい。だが、少し疲れる。

それでも隣で真剣に悩むみさとの横顔を見ていると、

宗平は不思議な幸福を覚えた。


年が明ける。

「来年からは忙しくなる。今年はご両親と最後の正月を

ゆっくり過ごして」

宗平のそんな心遣いに、みさとは礼を言いながら、

ほんの少しだけ寂しさを覚える。

電話を切ったあと、しばらく受話器を握ったままだった。


もうすぐ、人生が変わるのだと、静かに実感する正月だった。


やがて世間が日常を取り戻した頃。

喜美子のたっての願いで、式は仏式と決まった。

慣れない羽織袴に身を包んだ宗平は、どこか落ち着かない。

一方のみさとは赤引きの白無垢。

白い襟元の奥にのぞく赤襟。

その赤が、綿帽子の内側でやわらかく反射し、

そこにみさとの顔が浮かび上がる。 思わず、息を呑む。


本堂では、両家の親族が向かい合って正座していた。

読経が静かに響き、住職の語る言葉がゆっくりと場を満たす。

小僧さんが三々九度の盃を運ぶ。

宗平は心の中で、

(なんだかなぁ)と小さく呟いていた。

形ばかりが進んでいき、心だけが置いていかれる気がした。

だが隣に座るみさとの横顔を見ると、

その違和感は不思議と溶けていく。


本堂を出ると、冬の光が眩しい。

記念撮影の合間、加奈子がやけに熱心にみさとを写している。

誰よりも嬉しそうな顔で、シャッターを切っていた。

笑い声が絶えない。

披露宴は近くのホテル。

本当に近しい者だけを招いた、あたたかな宴。

その中に、涼子の姿もあった。

一瞬、宗平の胸がざわつく。

だが今日の涼子は違っていた。

どこか憑き物が落ちたような、穏やかな微笑みを浮かべている。

宗平は、その笑みにだけ少し胸が痛んだ。

みさとは純白のウエディングドレスに身を包み、

長いレースのベールを揺らして現れる。

胸元のラインに、思わず宗平の目が吸い寄せられる。

その腕を、みさとがきゅっとつねる。

「痛っ」

小さな声に、周囲からくすくすと笑いがこぼれた。

宗平はその仕草が、もう当たり前のものになっていることに気づく。


祝辞が続き、ケーキカット、

キャンドルサービスでは、二人で並んで灯して回った。


みさとは涼子の微笑みを見た。

何も言えなかった。

ただ、目だけで、小さく頭を下げた。

両親への花束贈呈。

涙と笑顔が入り混じる。

華やかな時間は、やがて静かに幕を下ろしていった。

視線が合い、言葉より先に、ふたりだけが笑った。



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