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第七章 痣 (前編)

帰りの新幹線の中、みさとはずっと窓の外を見ていた。

景色は見ていなかった。

宗平は隣で眠っていた。その寝顔を、みさとは一度だけ見た。

見て、また窓の外に戻した。

何かが、取り返しのつかない形で、動いた気がした。


旅行から戻って以来、みさとは宗平に呼び出されることが増えた。

今回は「これからの二人の生活に何が必要か」を一緒に

考えたいという。ついでに、家のリフォームが必要か

どうかも見てほしいから、実際に泊まりに来てほしいと。

それが本音なのかどうか、みさとは少しだけ首をかしげながらも

、その誘いに応じた。

夕食を外で済ませてから向かった宗平の住まいは、

マンションという言葉では足りない、邸宅のような空間だった。

一階は広々とした対面キッチンとリビングがひとつに溶け合っている。

リビングの端、間仕切りのような壁の向こう側を、みさとが尋ねる。

「ここ、何?」

宗平は板張りの壁を、まるでアコーディオンカーテンのように横へ開く。

現れたのは天井の高い、ひらけた空間。奥の左隅にはピアノが置かれている。

「もともと会社の接待スペースだったんだ。

そこに住んでいるってわけさ。今でも客を呼んで、パーティーや

ミニコンサートを開くこともある」

だから寝室は二階のゲストルームのひとつを使っている、と宗平は笑った。

キッチンまわりは一通り揃っている。

「あとは、専用の食器くらいかな」

螺旋階段を上がり、寝室へ。

「今は広いほうがいいからダブルベッドだけど、

クイーンにする? それとも別々にする? 両側に

ウォークインクローゼットがあるから、タンスは

いらないと思うけど……ドレッサーはいるね」

階下に降りて、

リビングのソファに腰掛けると、宗平はワインセラーから

赤ワインを取り出し、みさとのグラスに注ぐ。

自分のグラスには、デキャンタに入った赤ワインを注ぐ。

「珍しいね、赤ワイン飲むの?」

「一口飲んでみる?」

差し出されたグラスの中身は、ほんのり甘く、柔らかな味だ。

「これ、何のワイン?」

「それと同じだよ。ただ、そのワインに赤玉ポートワイン

を少し足して、水で割って、デキャンタで振って半日置くと

この味になる。そうすれば、僕にも赤ワインが飲める」

みさとは、なるほど、と小さく笑う。

その夜のベッド

「男の人ってどうしてこんなにも女性を求めるの」

「イブってさぁアダムの肋骨から造られただろう

だから欠けた部分を取り戻したいんだってさ

友人の受け売りだけど」

(ふうん)みさとは何か違う気がしながら相槌を打つ。

「ジグソーパズルの最後の1枚を探す感じかな」

「ロマンチックに言うね」

「でも人によってはそのピースが1枚じゃ無いらしい」

みさとが宗平の腕を思いきりつねる。

「人の受け売りだって言ったよね?」


翌朝、隣にみさとの姿がないことに気づく。

そのとき電話が鳴る。

「朝食できたから、下へ降りてきて」

テーブルにはベーコンエッグ、トースト、コーヒー。

「勝手にあるもの使ったよ」とみさと。

自分は紅茶をいれている。

「来客用のアールグレイがあったから使わせてもらった、

私コーヒーより紅茶のほうが好きなの」

「じゃあ、ティーサイフォンの小さいの買わないとだね」


百貨店の店内

ドレッサーを注文し、ティーカップやティーサイフォンを見て

いると、背後から声がした。  

「どうした宗平」

兄の高志だった。隣には義姉の多香美。

「こちらが議員をしている兄の高志、義姉の多香美さん」

「そしてこちらが僕の婚約者のみさとさん」

いつもの癖で名刺を出そうとする高志に、宗平が言う。

「こんなところで選挙活動かい?」

高志は苦笑し、手を止めた。

「こちらがみさとさんかい。母から聞いている。たまには実家に

顔を出せよ」そう言って二人は去っていった。

「お兄さん、背の高い方ね」とみさと。

「いくらも変わらないさ。バーのカウンターに座れば高さは一緒。

立つと違うけど」いつもの自虐に、みさとは小さく笑う。

「それって、宗平の足が短いってことじゃない」

「そこは不思議ねぇと言ってほしい所なんだけど」

「私はお水じゃないからね」

宗平は肩をすくめた。

一方、高志は去りながら思っていた。

いつもの彼女とは違う。亡くなった妹の麻美に似た女性を

連れ歩いていた宗平が、まったく雰囲気の違うみさとと並んでいる。

ほっと胸をなでおろしながらも、どこかに麻美に似た

空気を感じている自分を、思い違いだと打ち消した。



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