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19/30

帰国後 涼子の一手(公開戦)

昼下がりの宗平の会社。

ガラス張りのフロアに、光が差し込んでいる。

みさとは、まだそこにいた。

帰るタイミングを、少しだけ失って。

(……もう行こう)

そう思って立ち上がろうとした、その時。

「お帰りなさい、専務」

その声に振り向く。

ドアの前に、

涼子の立ち姿が、妙に整っている。

まるで――

待っていたみたいに。

宗平が、足を止める。

「ただいま」

短く返す。

そのやり取り。

たったそれだけなのに。

(……何、この感じ)

空気が、違う。

仕事の距離。

でも、それだけじゃない。

涼子がまっすぐ歩く。

宗平の前まで来ると、

何も言わずに――

ネクタイに手を伸ばす。

「少し曲がってます」

さらっと自然に。

でも(……近い)

みさとの指先が、ぎゅっと固まる。

宗平は、動かない。止めない。

ほんの数秒。

その時間が、やけに長く感じる。

涼子は整え終わると、

少しだけ顔を近づけて、

小さく言う。

「お疲れさまでした」

声が、近い。

宗平の視線が、一瞬だけ揺れる。

(……今)

みさとは、見逃さない。

宗平はすぐに視線を戻す。

「報告は?」

仕事の声。

「後ほど」

涼子が微笑む。

そしてちらりと。

みさとの方を見る。

一瞬。

ほんの一瞬だけ。

口元が、わずかに上がる。

(……何それ)

意味が分からない。

嫌な感じだけが、残る。

「こちらの方は?」

涼子が言う。

わざとらしく。

確か、みさとさんでしたよね

空気が止まる。

宗平が、少しだけ眉を動かす。

「……そうです」

説明しないその短い返答。

(……何それ)

みさとの中で、何かが引っかかる。

涼子は一歩近づく。

みさとの前に立つ。

にこやかに。

「涼子です。先日のガーデンパーティー以来ですね」

丁寧な挨拶、完璧な笑顔。

でも。

目だけが違う。

(……見てる)

測られている、値踏みされてる。

「宇垣みさとです」

負けないように、

少しだけ顎を上げる。

その仕草に涼子の目が、わずかに細くなる。

「綺麗な方ですね」

さらっと言う。

でも、褒めてない。

どこか、試すような言い方。

「ありがとうございます」

言い返す。

一拍。

静かな火花。

その間に――

涼子が、ぽつりと落とす。

「専務、出張中も」

みさとを見る。

「よくお名前、出てましたよ」

心臓が、跳ねる。

「……え?」

思わず声が出る。

宗平が、わずかに目を細める。

「余計なことを」

低く言う。

しかし、完全には否定しない。

涼子は、くすっと笑う。

「嬉しくないですか?」

追い打ち。

みさとは、言葉を失う。

(……何それ)

嬉しいのか、

困るのか、

分からない。

その“揺れ”を、

涼子はちゃんと見ている。

(やっぱり)

そして――

最後に一歩、踏み込む。

宗平の横に並ぶ。

自然に。

当たり前みたいに。

「専務」

腕に、軽く触れる。

「この後の予定、調整済みです」

“そこに触れていい人間”の距離。

それが、はっきり分かる。

みさとの視線が、そこに落ちる。

(……何なの)

胸の奥が、

少しだけざわつく。

宗平が、ゆっくりと口を開く。

「……みさとさん」

名前を呼ぶ。

少しだけ、

いつもより低い声。

「また、連絡します」

でも、どこか、言い訳みたいに聞こえる。

涼子は何も言わない。

ただ、ほんのわずかに、

勝ったような目をする。

■余韻

エレベーターの扉が閉まる。

みさとは、一人残る。

静かなフロア。

さっきまでの空気が、まだ残っている。

(……何あれ)

理解できない。

でも。

一つだけ、はっきりしている。

(……嫌だ)

あの距離。

あの触れ方。

あの目。

胸の奥が、はっきりと反応する。

(……嫌だ)

それはもう、

“ただの契約”の感情じゃない。


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